42.パメラ様の贈り物
大量に届いた荷物は、未だ片付かない。ここぞとばかりに足りないものを買い込んでしまったことを、お師匠は現在進行形で後悔していた。今は、ハーブや薬草と戦っている。
「だから加減をした方がいいって、言ったんですよ僕は」
「うぅ……」
今更何を言っても、購入して届けられたものはどうにもならない。ここに生ものが混入していない奇跡を、今はひっそりと祝うことにした。いやはや、本当にそれだけが救いだった。
大量の魔素を筆頭に、今回購入――というか通販したのは、乾燥したハーブやら薬草やらキノコやら肉やら。それからいくつかの鉱石に、この前落として割ってしまったガラス器具。
まぁ、ほとんどが触媒調合に使う、材料ばかりだ。
あとは気になった書物が少し、といったところだろうか。
結局、届いた日だけでは片付けが追いつかず、ついでに書庫や研究室なども片付けてしまおうということになって、軽く大掃除状態に陥っている。今日中には……何とかしたいと思う。
「弟子くん弟子くん、こっちは大体終わったよーぅ」
「じゃあ、残ったのは材料の整理ですかね」
「そだねー。ラベルも一部張りなおすから、弟子くんは手伝って」
お師匠はいくつかの瓶を抱えて、何度か僕の前と研究室隣の倉庫を往復する。あっという間にボロけて文字が読みにくくなった紙が張られた大量の瓶が、ずらりと目の前に並んだ。
思わず絶句していると、ラベルに使う紙と糊を手に、お師匠が戻ってくる。
「あれ?」
その視線が僕の傍らに向かい、僕も釣られてそっちを見た。そこにはブーツでも入っていそうなサイズの箱があって、どうやら忙しさの中で僕が片付け忘れてしまったものらしい。
けれど、届いたもののほとんどが、袋に入っていた。
振ってみると音は無く、そしてやたらと重量感がある。
箱の隅っこに、ぺたんと押されたスタンプを見て、お師匠は。
「……シェルシュタインの、紋章だね」
「ってことは、これってパメラさんから、ですかね?」
「だろうね。何が入っているのか、あんまり知りたくないなぁ」
パメラだもん、と心底嫌そうにお師匠は言う。
確かに僕が覚えている限り、あのパメラ・シェルシュタインという魔女は、一筋縄では行かない相手だと思う。その魔女からの贈り物――おそらく、ハルの一件の『お礼』だ。
ここに何が入っているのか、彼女をよく知らない僕でさえ恐ろしい。
とはいえ、開けないわけにもいかなかった。
僕は恐る恐る、箱のふたを固定している紐を解く。お師匠は、少しはなれたところで、僕の手元をじっと見ていた。……だんだんと離れていっているように見えるのは、気のせいだ。
紐を取り払い、ふたに手をかける。
お師匠は、リビングの入り口付近まで離れていた。
……いっそ逃げてください、と思う。
「じゃあ、開けますよ」
宣言してふたを上へ。かぽん、と箱の中に空気が入るような軽い音。僕は適当な場所にふたを置いてから、中に詰められたくしゃくしゃの紙を丁寧に撤去していった。やはり、こっちの世界でもこういう場合、こんな風にクッションのようなものを入れるんだなぁ、と思いつつ。
ある程度撤去が進むと、手紙らしきものが指先に触れた。
……いや、こういうのはもっと上に置くんじゃないだろうか。
とりあえずそれを、僕はお師匠に渡した。
いつの間にか、お師匠はすぐ傍まで戻ってきていた。
「んーと……これ、弟子くんあてのお手紙だね。読むよ?」
「はい」
「――セラの弟子へ。お前が違う世界から来たという話は知っているよ。んで、ちょっと手に入れたヘンテコな道具があるんだが、お前ならもしかしたら使える『かも』しれないね」
お師匠の音読を聞きつつ、僕は箱の中をさらに調べる。
すぐに、指先が冷たい、金属製らしき何かに触れた。
「――だから、それを改良したヤツを、礼としてお前にやろう。うまく使ってみるんだね」
だってさ、とお師匠が言ったまさにその瞬間。
僕は彼女が僕に送った物を、その手に握っていた。
「それなぁに?」
お師匠は無邪気に近寄って、指先でつんつんとそれに触れるけれど。僕は、よく知ってはいるけれど決して縁など無いはずだった――拳銃二丁を前に、言葉も出ずに呆然としていた。
それは確かに拳銃だった。よくドラマとかで、刑事が持っているタイプのヤツだ。ただしあれよりも少々装飾が激しいというか、かなり全体的にファンタジーな感じに改造されている。
「えっと、これは世界の隙間から拾ったんだって。黒色魔法式の触媒を、この部分に入れてここを引いて、最後にここを引くんだって。……んー、でもこれは【混色魔法式】っぽいなぁ」
手紙に書かれているらしい『取扱説明書』を見ながら、お師匠はうなる。
いや、いやいやいや。
仕組みとかどうでもいいですから。こんなの、男子高校生に送るとか、あの人は何を考えているんだ。たぶんこれが、殺傷能力のある武器だったことを、あの魔女は知っているはずだ。
これは人を殺傷しうる武器だ、弓みたいなものだ、とお師匠に伝えるも、お師匠はしばらくきょとんしただけで、怖がることも無ければかの魔女に憤ったりすることも無かった。
むしろ、この銃の弾となる触媒に、かなり興味津々のようで……。
「ねぇねぇ、弟子くんはこの道具を使うのヤなの?」
「いや……だけど」
「あのね、これを使ったら、もしかしたら弟子くん、魔法が使えるようになるかも」
お師匠は僕が手にしたままの銃を指差して。
「これは触媒を前に飛ばす道具、つまり触媒を矢にした弓みたいなもの、と思えばいいとセラは考えるの。それでね、対象に当たったら魔法式が発動する感じにすればいいかなって思う」
「えっと……つまり?」
「弟子くんの触媒は不安定。だからそれを利用するの。一瞬ペカっとする、そのたった一瞬だけの『ペカ』を、確実に相手の傍で、しかも高威力でペカっとさせられたら……どう?」
だんだん、お師匠が言いたいことが見えてきた。
つまり、この銃の弾丸として触媒を使い、対象にぶつかると同時に魔法式が展開されるように計算して使えばいい、ということだ。確かにそういう使い方なら、出来なくも無いだろう。
いや、おそらくパメラさんがそういう使い方を想定して、これを改良したはずだ。
何となくだけれど、そんな気がする。
あの魔女は……その程度の未来予測など、きっとあくびをするように行えるだろう。
「もちろん、いろいろ面倒だと思うよ。ただ、飛んで行く途中にペカっとしちゃう可能性だってあるからね。確実に対象に当たってからペカっとしてもらえるよう、触媒を作らなきゃ」
「そう……ですね、できるだけやってみます」
せっかくの贈り物とチャンスだ。
やらずにいるよりは、やってみるのも悪くは無い。
もちろん物騒な武器であることには代わりが無いわけだけど、じゃあ他に何かあるのかといわれたら僕には本当に何も無い。もし何かあった時、僕は我が身もお師匠も守れない。
そう、考え方を変えよう。
これが僕にとっての、俗に言う『魔法使いの杖』なんだ。