40.弟子のお仕事
荷物の整理もひと段落し、僕とお師匠は夕食をとっていた。
……のだが、お師匠は行儀悪く、届いた手紙をチェックしながら、だった。今日は前に手に入れたレシピ本を参考に作ったこの世界の料理で、あまり味に自信がない。
この料理は、初めて作ったものだった。
僕が食べたことが無い料理で、味はトマト――のようなものを使っているからか、そこはかとなくハヤシライスのような感じ、だろうか。程よく酸味があって、白米が少し恋しくなる。
塩漬けの肉を軽く水に浸して塩を抜き、その間にタマネギやらトマトやらを薄く細かく切り刻んでいく。オリーブオイルのような油でさっといためて、肉を入れて、水を入れて。
それから分量を守って調合したハーブを入れて、コトコトと煮込む料理。
沸騰するまでの時間で、芋といくつかの野菜を一口大に切る。さっき入れたトマトとタマネギは言うならば出汁のようなもので、最終的には全部溶けて消えてしまうからだ。
材料をすべて入れて、最後に取って置きの調味料をどばっと。どうやらこの世界のデミグラスソースのようなものらしく、これのせいでハヤシライスっぽいんだろうなぁ、と思う。
ここからはひたすら煮込むのが仕事で、その間に荷物を整理したわけだ。
部屋の中に満ちるいい香りは、非常に胃袋を刺激する。
なにぶん、初めての料理だったので、香りだけで僕の中で期待がぐんぐんと育った。
味見は最後に、さっと整えるだけになる。肉の塩気と野菜の甘みや酸味、ハーブやソースの風味で充分に味がついているからだ。ちょっとだけ塩コショウをして、完成となる。
途中からハヤシライスっぽいと思ったけど、食べてみると味もやっぱりそうだった。ハーブのせいかスパイシーというか、僕の知るハヤシライスとは異なる点もあるけど普通に美味だ。
とはいえ、それは僕の味覚の感想で、お師匠がどう受け取るかはわからない。
これはこの世界の料理で、レシピを見ているときに、食べたことがあるといっていた。
いくつか手元に無いハーブなどもあったから、辞典を片手に代わりになりそうなものを使ったのだけれど……それが、どういう方向に効果をもたらしたのか。
とりあえず、食べられないってコトはない……はずだ。
この世界の標準的な味覚と、僕が培った味覚にズレはない。
その僕が普通に食べられると判断できたなら、たぶん……きっと、大丈夫。
「あの、どうですか?」
「……」
「お師匠、あのですね、味の感想を」
ダメならダメ、と一思いにグッサリとください。
生殺しほど、辛く悲しい苦行はないんです。
しばらくモグモグしていたお師匠は、とろけるような笑みを浮かべた。
「弟子くんはさー、料理の腕がぐんぐん上がるよねぇ。セラ、大満足なんだよぅ。弟子くんが弟子で、セラはほんとーによかった! んー、おいしいおいしい。すっごくおいしいよぅ」
と、連呼される。
あんまりそんな風に言われると、だんだん恥ずかしくなってきた。
本気で僕を褒め殺す気なんだろうか、お師匠は。僕が赤面しているであろうことは、目の前にいるのだから絶対にわかっているはずなんだ。なのにお師匠は、絶えず褒め続けている。
「あの、そのですね……もう、いいですから」
「なんで? だってセラはほんとーにうれしいんだよ?」
お師匠はにっこりと笑って、そしてあっという間に完食してさらにおかわりを。小食なお師匠にはありえない行為に、僕は思わず絶句して……胸の奥が、ほっこりと暖かくなった。
早く早く、とせかすお師匠に、まだまだありますから、と返事をして立ち上がる。きれいに食べつくされたお皿を受け取って、少し量を加減しながらおかわりを注いだ。
「んー、おいしいなぁ。セラって幸せ者だよねっ」
明日にはもっとおいしくなってるよね、とお師匠はとてもご機嫌だ。
その笑顔の前に、僕はもうニヤニヤする表情を止めることなど、出来はしなかった。