4.掃除の後はお茶会をしよう
「世界を操る魔法の指輪ってのに、興味はあるかい?」
ある日、お師匠はそんなことを言い出した。
あぁ、いかにもゲームのアイテムみたいなのだなぁ、と思ったのは秘密。
「むかーしだけどね、そういうのを研究してるのがいたらしいんだよ。どうやらこれに、ただの指輪にそういう魔法を宿す何かが書かれているらしいんだよね。マユツバだけど」
お師匠は、珍しくヒトの姿をしていた。そして、鈍器のような厚さの本を抱えている。あまりに重そうにしているので、僕はお師匠が本を落としてしまう前にさっと受け取った。
中に書かれている文字は見事なまでに、読めない。
一応、この世界の文字は大体読めるようになった……のだけど。
「あ、それふるーいふるーい魔法文字だから。さすがのセラも読めないの」
「じゃあ何でこんなのを……」
「セラが買ったんじゃないよぅ。セラの師匠の蔵書なのー」
書庫の整理中なんだよ、とお師匠は腰に手を当てて得意げに胸をそらせた。
普通、小さいヒトが大きくなる場合、グラマラス……とはいかないでも、女性なら年頃というか妙齢といって差し支えない感じになるのが、よくある『お約束』だと思う。
しかしお師匠は、どこからどうみてもツルーンだ。
出るところは出ていない。へこむべきところはへこんでいる。
とてもスレンダー。
誰がどう見てもこう思うだろう。
――赤いランドセルがとっても似合いそうだね、と。
まぁ、それがいいんだけど。かわいいし。
「僕も手伝いましょうか?」
「いいよー、地下の書庫は危ないものー。弟子くんは……そうだ、お菓子作って」
「お菓子ですか?」
「うん。セラね、疲れちゃったから、もう少ししたらお茶したいの」
「……わかりました。でも、何かあったらすぐに僕を呼んでくださいよ」
「わかってるー。あのねあのね、セラ、今日はパンケーキがいいの!」
「了解です」
楽しみだなー、とお師匠は地下の書庫とやらに戻ろうとして。
「ねぇ、弟子くん。世界を操れたらどこに帰りたい?」
振り返って、そんなことを訊いてきた。少し、寂しそうに微笑んで。
僕はここではない違う世界からやってきた。それをお師匠が拾ってくれて、弟子としていろいろと教えてくれた。たぶん、その気になればもう一人で生きていけると思う。
お師匠は訊いた。どこに行きたいでもなく――帰りたい、と。
世界を操る力があれば、僕が元の世界に帰れるんじゃないかと……そう思っているのか。
ねぇ、お師匠。
うぬぼれてもいいんでしょうか。
あなたが寂しそうにしているのは、僕と離れたくないと思っているから。
仮に僕が帰りたいといっても、それを叶える知識を自分が持っていないから。
だから寂しそうなんだって、うぬぼれてもいいですか?
「僕が帰りたいのは、ここですよ」
指差すのは自分の足元だ。
「僕はここがいいんです。あなたのそばがいいんですよ、お師匠。元の世界に帰れる日が来ても僕はあなたのそばにいる。僕がいるべきは、あなたのそば以外には存在しない」
「……そっか」
「お菓子、たくさん用意しておきますからね」
今度は僕が背を向ける。
鼻をすする音が聞こえたのは、きっと気のせいだ。