39.魔法使いが嫌いな町
がざがざ、と二人係で荷物の梱包を解体していく。
夕食は煮込み料理にして、現在くつくつことことさせているところだ。もちろん、焦げ付かせたら大変なので、時々僕かお師匠のどちらかが、鍋の様子を見に行くことは忘れない。
「そろそろできそーな感じー」
「はい、わかりました。料理が出来たら、ひとまず休憩ですね」
そだねぇ、とお師匠は梱包の残骸に埋もれた荷物を、ひょいと運んでいった。
諸々の事情で体調が悪いと知らなかったミーネさんに、僕らは今回はいつになくたくさんの荷物を運ばせてしまっている。書物から、魔法式に使ういろんな材料。
中でも特に多いのは、最近不足気味だった魔素だった。
一番大きいペットボトルほどの高さで、底は四本ほどが余裕で収まるほどの大瓶。
それが各色三本ずつ、合計で十五本も並んでいる。
さすがにこれは僕でも運べない、というか運んでいたら数日寝込みそうで、お師匠はテキパキと魔法で浮かせて研究室へ運んでしまった。あれだけの量も、数ヶ月で使い切るんだとか。
「こればっかりは、まとめて買い込まないとね」
その方が割引されるし、とお師匠は笑う。
お師匠の分野上、実は触媒のほとんどは森の中で何とかなる。木の枝やハーブ、薬草。そういうのはいくらでも落ちているからだ。魔素の代わりとなる魔石も、手に入りやすい土地だ。
魔素でしか出来ないことは無いが、魔石でなければ出来ないことは結構多い。
けれど魔石ばかりでは、少々不都合もあるのだ。
魔素の代わりにするには、魔石はあまりにも貴重品過ぎる。特にお師匠のように、触媒を調合して売る場合、魔石を使ってしまうと売れないのだ。値段よりも、扱えないという意味で。
触媒に魔石を使えば、それだけ威力などが上がる。
逆に言えば、それだけ制御するのも難しくなってくる。
何より、魔石を扱えるようなレベルの魔法師や魔女となったら、わざわざ市販の触媒など購入することは無いという。彼らは、自身に合う配合で、オリジナルを作ってしまうから。
お師匠が作るのは、ごく普通の一般の人、あるいは見習いが使うようなものばかり。後は研究に使うけれど、いちいち調合するのも面倒という程度のもの。
そういうのには、魔石は使わないのだ。
「まぁ、でも魔石っていっても、大きいのじゃない場合はそう珍しくも無いんだよね」
「確かに、森に結構落ちてますしね」
「うん。それに手軽に手に入る方法もあるしね。あんまり好まれないから、そういうのをやってる人は……その、時々ね、場合によっては、後ろ指を差されたりもするんだけどさ。ま、どこにだって魔法使い嫌いってのはいるんだけどね。ランドールとか、完璧に鬼門だよぅ」
前にあそこで死にかけたよ、とお師匠はため息を一つ。
世界は、ノイン王国のように魔法式を重用する国や土地ばかりじゃない。
ノインの隣国にメルフェニカ王国という、ノインと同じくらい魔法を重視する国がある。この国のノイン側の国境沿いに、ランドール領と呼ばれる土地があるそうだ。
ここは以前――といっても相当昔、魔法使いのせいでひどいことになったらしく、あのメルフェニカにあって魔法式を徹底的に排除している、という、とても珍しい場所だという。
用事があってそのランドールに向かったお師匠は、人々に石やら何やら投げつけられ、もう少しで命さえ危なかったとか何とか。妖精種は見るからにそれとわかる容姿で、魔法式を使えるのが当然の種族ゆえに、そういう対処になったのだという。なんとも恐ろしい話だ……。
「まぁ、そのランドールもちょっとだけ変わってきた、とかミーネは言ってたよぅ」
「そんな簡単に変われるんですか?」
「んー、何かね、魔女が住んでるらしいんだよね。あの魔法嫌いのランドールの、領主の館がある町に。国で言うなら王都だよ? そこに魔女が住むとか、想像も出来ない感じー」
一番びっくりなのはね、とお師匠は僕の目の前にふわりと飛んでくる。
「その魔女、シェルシュタインの――パメラの弟子らしいんだよ。セラが会ったのは、メルフェニカで宮廷魔女をしてる、ミレアナって子なんだけど、その子の妹弟子なんだってさ」
「あのパメラさんの?」
「そそ。それでね、実はメルフェニカでしか手に入らないものもあるし、気が向いたらそのうち遊びに行っちゃおうかなって思ったりしてるんだよ。弟子くんに隠れれば問題ないし」
胸元にすっぽりとね、と半ば要求するようにコチラを見るお師匠。
僕としては……そんな町には、あまり近寄りたくはないんですけどね。だってお師匠は空に飛び上がれば逃げられるし、魔法式という奥の手もある。
僕、何かあっても何も出来ないんですけど。