38.成長
その日、ミーネさんの様子はどこかおかしかった。
熱が出ている感じというか、ぼんやりしているというか。これだ、という確証を僕は持っていないけれども、彼女は確かにいつもとは違う、様子がおかしい状態といえた。
とはいえ、ミーネさんは僕の感覚では思春期に入りかけた女の子。
僕から質問するわけにも行かず、それとなく気遣う程度にとどめていた。
「そーだ、ミーネはもーすぐなのかな? まだ早い?」
「あ、もう終わったんです。友達はみんなまだですから、たぶん一番乗りっす」
「そっかー。で、どっち?」
「今までどおりですよ。服を買いなおさなくてすむので楽っすね」
「人間種は面倒だよねぇ……」
そんな女子二人の会話を、僕は荷物を運びながら少し聞いた。
この世界、ありとあらゆる種族の後に必ず『種』をつけると気づいたのはいつだったか。てっきり人間とそれ以外の区別かと思ったけど、『人間種』という呼び方がされているし。
何か意味があるのか、と物思いに耽っているうちに、ミーネさんは去っていった。
最後、お師匠から何か……薬らしきものを、受け取ってから。
「ミーネさんに、何を渡していたんですか?」
「んーと、おなかいたいの何とかするお薬だよ」
「へぇ……」
「ミーネも女の子になったからね、これから大変だとセラが気を利かせたの。痛いときに飲んだらちょっとだけ楽になる、鎮痛作用のある魔法薬。人間種はダメな薬品がほとんど存在しないから楽チンだよぅ。セラみたいな妖精種やエルフ種は、ダメなのがいっぱいあるもん」
だからみんな、ある程度薬学の知識があったりするんだよぅ、とお師匠は笑う。
「でもよかったね。いきなりミーネが男の子になったら、大変だよ」
「……はい?」
思わず手にしていた荷物を落としかけ、慌てて抱えなおす。
「えっと、それってどういう……今までは、じゃあ」
「んと、ミーネは女の子予備軍だったの、仮決定。で、このたびめでたく、きちんとした女の子としての変化が始まったわけなの。これからもずっと、あの子は女の子なんだよ」
よかったね、とお師匠は笑顔でいうのだけれど、僕は何がなにやらサッパリわからない。そんな簡単に性別が変わっていいのか。彼女は間違いなく人間と呼ばれる種族で。
まさか、この世界の人間とは、そういう体質――のようなものを持った種族なのか。
「だいたいそんな感じかな。実際に変わることはあんまり無いけど」
その時の魂に合わせて換わっちゃうんだ、とお師匠は言う。
「じゃあ、ちょっと講義しよっか」
座って座って、と僕は言われるまま、リビングのソファーに腰掛ける。
テーブルの上にふわりと立ったお師匠は、こほん、と小さくせきをした。
「んとね、弟子くんの世界の『人間』と、こっちの『人間』は、ちょっと違うの」
「……そのようですね」
「こっちの人間はね、途中で性別が変わることがあるんだよ。一応、生活に支障があるせいなのか性別を持って生まれるけど、十五歳前後にね。まぁ、でもめったに変わらないんだよ」
そして、性別が変わる場合は本人も周囲もかなり大変なんだという。
何せ今までと、まったく違う性別になるわけだ。本人の魂――心の部分に沿って変化するので精神的にはそう戸惑いはないそうだが、問題は周囲の反応だ。
今まで男の子だったのに、女の子だったのに。
そんな戸惑いは、かなり大きくなるまで続くこともあるという。
そして変化の有無を問わず、彼らが味わうのは成長から与えられる痛みや苦しみだ。どうやらミーネさんも、いろいろと不調を抱えて、それでも仕事を続けているらしい。
まぁ、変わる場合は一週間は寝込むらしいので、それよりはマシらしいが。
「今から身体の中が、本格的に女の子になっちゃうから、それで痛いんだ。弟子くんにはなかったかなぁ。身長がぐぐっと伸びる時、節々が痛くなったりとか。あれと同じ感じなの」
「あぁ……確かに」
僕自身はそう痛みは無かったけれど、友人の中にはかなりキツかったやつもいた。つまり成長する痛みというものを、お師匠が渡していた薬で少し緩和する……ということなのだろう。
しかし身体の中が変わっていく、という言葉の意味はよくわからない。
あまり、気味のいい想像が出来ない、自分の頭が少し恨めしかった。
「まぁ、問題は性別が確定した後なんだよねぇ」
「後、ですか?」
「だって性別確定から二年以内が、人間にとっての適齢期みたいなものでね、こう、神様がまだその身体にいるから、いろいろとご利益がある的な感じでね、結婚してささっと子供を産んだりするんだよ。昔からの慣わし、かな? ミーネはまだ十三歳だし、大変だろうなぁ」
「えっと……ものすごいですね、それ」
「そだよね。大変だ」
いや、確かに今から二年以内に結婚出産をするべき、という慣わしも大変ですが、何よりもその人間の仕組みの方がよっぽど、僕にとっては衝撃的だったんですけど。
この世界……やっぱり、普通じゃないなぁ、と。
僕は久しぶりに、改めてかみ締めていた。




