36.はた迷惑なお裾分け
ある日、僕が二階の部屋からリビングにくると、お師匠が荷物を前に百面相をしていた。
神妙だったり、真っ赤になっていたり、ぶんぶんぶんと首を左右に振ったり。僕がいた位置からは背中しか見えないのだけれど、明らかに百面相しているとわかる仕草だった。
どうやら、僕が二階にいる間にミーネさんが、荷物を届けにきたらしい。
「……」
明らかにプレゼント、といった梱包の箱の前。
お師匠はその中身を手にとって、百面相をして、戻して、手にとって……を、ずっと繰り返していた。見ていてかなり面白いのだけど、いつまでも続けられてもそれなりに困る。
「お師匠」
「っびぎゃあああああ!」
ただ声をかけただけなのだが、お師匠はそれはそれはすさまじい悲鳴を上げた。
もはや何かの鳴き声のようなすごい声。
「でで、ででで……でで!」
お師匠はヒトが理解できる言語を失って、何かを必死に箱の中へ。慌てて隠されたそれは衣服らしい、ということしかわからない。まぁ……お師匠への贈り物だから、僕には無縁だ。
とりあえずは、その時間はそう思っていたんだけど。
「で、弟子くんはこういうの……嫌いなのかな」
などといいながら、お師匠はモジモジとしている。珍しく大きい姿をしているなぁ、と思っていた僕は、いきなり部屋に入ってきたお師匠の姿に言葉を失った。
時刻は夜中も近いころあい。
部屋の中には、魔法式で灯るランプの明かりだけ。
そのほのかにオレンジがかった明かりの中、お師匠はなぜか僕の前にいる。さぁ寝ようかとベッドに入ったところだった、僕の目の前。つまりベッドの上に。
お師匠が着ているのは、いつものジャージのようなパジャマではなかった。
丈の短い、ワンピースのような衣服。
すそにはレースが縫いつけられていて、黒というカラーもあって大人っぽい感じだ。びっくりするほど白い足が、より白く目の中にうつりこむ。これは何と言うか……妖艶、というか。
しかしいかんせん……お師匠は、あまりに幼い姿をしている。十歳前後には、その格好は少しムリがあるんじゃないかなぁとか、聞かれたら怒られそうな感想が真っ先に浮かんだ。
「何しにきたんですか……」
「え、えっと……その」
もじもじ、とお師匠は視線をそらす。
なんとなーく、あの百面相していた荷物の中身が、今来ているネグリジェなんだろうということは悟ることが出来た、しかし、どうしてお師匠がここにいるのか理解できない。
「ゼロがね……あ、知り合いの使い魔なんだけどさ。二着もらったから一着あげるねって送ってくれたんだよ。てっきりローブだと思ったらこんなのでさ、せっかくだから着たの」
「いや、そうじゃなくて」
「ねぇねぇ、かわいい? ほら、レースでひらひらだよぅ」
と、お師匠はただでさえ短いすそをつまみ上げる。
慌てて僕はその手を押さえて、中身の露出を阻止した。
誰か、誰でもいいから、どうしてお師匠にソッチ系の常識を教えなかったんだろう。僕だって健全な男子高校生だったわけで、こういうのはさすがにヤバいわけで、うん。
「弟子くん?」
などといって、小首をかしげるお師匠は、かなりの攻撃力があった。
とにかく今すぐに、ここから退却していただかなければ。
「とりあえず部屋に行ってさっさと寝てください今すぐに」
「……かわいくない?」
「かわいいです、かわいいですよ」
「じゃあ、添い寝していい?」
「どーぞどーぞご自由……え?」
流れるままに適当に返事をし、とんでもない選択肢をチョイスしたと気づいたのは、満面の笑みで僕に飛びついてくるお師匠の、その身体を受け止めてベッドに沈んだ瞬間だった。
……えぇ、次の日は寝不足ですとも。