35.異世界の渡り人
あれは、学校帰りだったと思う。
友人と別れて、一人でなれた道を進むだけの時間。
横断歩道を渡って、そうだコンビニにでも立ち寄ろうかと思ったのが、最後だったと思う。
その行きつけの店を視界に入れた瞬間、僕の記憶はバッサリと切り替わってしまった。
気づいたらとしかいえない状態で、詳しいことは記憶の向こう側だ。ともかく僕は、下校途中に気づいたら、目の前に明らかにおかしいものがふわりと浮かんでいたのだ。
「やぁ!」
す、と手を上げて挨拶するのは、手のひらに収まるほどの大きさの、ヒト。
背中には蝶のような、少し透けた羽がある。
妖精、という言葉が真っ先に浮かんだ。
「あの……あなた、は」
「セラはね、セラっていうんだよ。君はね、ちょっと迷子だったから引っ張り出したの」
迷子――その言葉の意味が理解できない。
そもそもここは、どこなんだろう。
森の中の崩れかけた遺跡。
そんなファンタジー全開の言葉が似合う場所だった。苔むした謎の石碑を背に、僕はしりもちをついた感じに座っていた。周りにはいろんな、真新しいと思われる残骸。
何かの、儀式をしていた?
「そだよ……セラ、儀式をしたの。あ、でも君を呼んだわけじゃないんだ。違う儀式をしてたら見つけて、迷子だったから拾ったんだよ。セラは善良な魔女さんなんだからね!」
魔女。
むしろ妖精じゃないのかな、という思いは、とりあえず言わずにいた。今は少しでも現状を把握したい。自分でも驚くぐらいに、僕はとても落ち着いていた。頭の中は大混乱だけど。
大混乱だからこそ押さえ込んで、表には落ち着いたところしか出てこないのか。
「ここはノインっていう王国の、森の中なの」
「ノイン……」
「異世界からやってくるヒトなんて、セラ初めてだよぅ。知り合いが聞いたらカイボーされるかもだから、とりあえずヒミツにしなきゃね。怪しいヒトとかについてかないでね」
「はぁ……はい、わかりました」
何やら物騒な単語が聞こえたけど、とりあえずスルーしておく。
それよりも、今はじろじろと僕を見ている、セラという名前の魔女の視線が気になった。
その目はものめずらしいものを見ている、というよりも――どこか不安そうに、観察しているような感じに僕には見えた。そう、理科や科学の実験の、経過を伺うような目線だ。
あまり心地よいとはいえない視線から逃れたくて、僕は立ち上がる。
足腰には、これという痛みは無い。
ケガもないようだし、服にもこれという乱れはなかった。
ただ――その服が、明らかにファンタジーなモノに変わっていること以外は。
「あー、えっと……かなりボロボロだったから、着替えさせたの。全部」
「え……」
「だだ、だいじょーぶ! セラはね、なーんにも見てないから!」
そういう問題じゃないけど、真っ赤になっている彼女を見ていて、言うのを止めた。っていうか全部って言ったし、たぶん下着の類も……そこまで考え、僕は頬が熱くなるのを感じた。
そこからの僕は、かなりの衝撃的な体験を連続で食らったと思う。
ドラゴンに乗って、あの場所から遠く離れた彼女のアトリエ――家に向かったり。次の日には町に出かけて僕の衣服などを買い込んだり。ついでに、初心者向けの書物を買ったり。
つまるところ、僕は彼女の――お師匠の弟子になったのだ。
お師匠曰く、迷子を引っ張り出しただけなので、戻す方法はわからない。だからこっちで暮らしていく覚悟が必要だよ、と。手っ取り早いのは【魔法式】を生業にすることだと。
確かに簡単に戻れるとは思わないので、その申し出はありがたかった。何かしらのスキルがあった方が、いろいろと生活しやすいだろう。ナントカに入ればってヤツだ。
こうして僕は、手乗りサイズの、かわいらしい魔女の弟子になった。