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手乗り魔女と異世界からきた弟子  作者: 若桜モドキ
森の中の生活編 -2-
32/74

32.お肉の美味しい食し方 食べ編

 どれくらい時間が経っただろうか。


 ただ、オーブンを見つめつつ、時々火加減を調節するだけだった時間。

 日々の菓子作りで、すっかり慣れた作業。


 外はすっかり薄暗く、身体はかすかとは言えない程度の空腹を訴える。

 そんな僕をあざ笑うように、家の中にはその香りが満ちていた。思わず、ごくりと唾を飲み込んでしまう。いつの間にか肩に乗っていたお師匠も、同じように目の前の物体を見つめた。


 そこには――こんがりと焼きあがった肉。

 絶妙な焦げ目をまとい、今もわずかに油が爆ぜている肉。


「……弟子くん」

 いつの間にか駆けつけていたお師匠が呟く。

「すごく……おいしそうだね」

「そうですね……」

「……お夕飯の準備、しよっか」

「了解です。サラダですか?」

「そだね……柑橘風味の、さっぱりしたドレッシングにしよう」

「じゃあ、早速もいできますね」

 後ろ髪を鷲掴みにされるような思いを振り切り、僕はその肉から視線をそらした。


 なんて……なんて目に毒なんだ。

 毒なんてモンじゃない。

 思わずかぶりつきたくなってしまう。

 お師匠がいなかったら、もしかしたら……。


 限りなく草食系だと思っていた自分の、隠された一面に僕は恐怖すら覚える。だけどあの肉に抗えるヒトは、きっとそういないはずだと思う。ましてや僕ぐらいの年齢だと……うん。

 とりあえず外に出た僕は、かすかに香る焼けたハーブなどの香りに愕然とした。


 ――逃げ場が、ない。


 さほどおなかはすいていないと思っていたけど、今は極限まで飢えた心地だ。

 精神的な空腹感が、人生初の、ヤバイ域に達しつつあった。


「弟子くうううん! はやくううううう!」

「はっ」


 家の中から聞こえる悲痛な声。

 そうだ、僕にはまだやらなければいけない仕事がある。

 食べごろの果実を一つもぎ、家の中に戻る。それから塩とコショウ、油と果汁で、シンプルなドレッシングをささっと作り、お師匠が用意していた野菜にかけてしっかり混ぜ合わせる。

 その間にお師匠は食卓の準備だ。

 二人分の皿を数枚に、フォークやナイフといった食器類。

 事前に作っておいたクリーム系のスープ。

 焼きたてのパン。

 そしてテーブルの中央に、あの肉を。


 僕とお師匠はしばらくセッティングされた食卓を眺め、最後に手をしっかりと洗って。

「いただきまーす!」

「いただきます」

 いつものように椅子に座って、食事を開始したのだった。



 あれほどに誘惑された香りは僕ら二人の身も心も満たしつくし、想像すらしたこともないような幸福感をもたらす。……まぁ、要するにびっくりするほどおいしかったわけで。

 決して食べる方ではない二人なのに、肉はあっという間に消えてしまった。


 ごちそうさまでした。


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