29.迷いの森
……さて。
僕は現在『迷子』だ。
ちょっと散歩のつもりで森に入ったのはいいんだけど、見事に迷った。周りは同じような木ばっかりだし、道らしい道もない。不用意といえば不用意なんだけど……うん。
でもこんなに迷いやすい場所だとは思わなかった。
お師匠はしょっちゅう、ここを散歩してるのにな……。
「上からだと、目印か何かがあるのかな」
などと呟きながら上をみるも、そこには覆い茂る木の葉っぱ。
とても違う景色が広がっているようには思えない。むしろ地上の方が、まだわかりやすいんじゃないかとさえ思う。むき出しの岩や、木の実がなっている茂みとかがあるから。
まぁ、そんなわけでしばらくは飢え死になんてことはない……と思う。
思いたい。
とりあえず僕は、茂みのそばに腰を下ろした。
僕の記憶が正しければ、こんな形の木の実をお師匠が持ち帰ったことがあった。つまりこの辺りはお師匠の『庭』の可能性がある。ヘタに動き回るよりは、それを期待する方がいい。
後できることといえば、耳を澄ますことだけだ。
獣という危険を察知するためでもあるし、お師匠の声やヒトの物音を聞き取らないと。
さて、後はどれくらいすぐに見つけてもらえるか――。
「あれあれ弟子くん、なにしてるの?」
……。
「お散歩なの? つかれた?」
「えぇ、まぁ……」
僕の目の前にはお師匠。
その向こうの向こう……木の葉の合間には、実に見覚えのある屋根。たぶん、全力で走れば十数秒でたどり着けそうな距離だ。いくら木の葉が合ったとはいえ、どうして……。
「もう大丈夫だと思うけどねー。念のために、えいえいっ」
と、お師匠は僕の頭上をくるくると旋回する。
それから、いつものように肩に座って。
「この森ねー、精霊とかいっぱいだから迷うっていうか、迷わされるんだよねー。すぐそこに目的地があっても、隠されて気づかなかったりね。ただの悪戯だから、遭難はしないけど」
「はぁ……」
「だから、お散歩するならセラと一緒にね。セラと一緒だと悪さされないから」
任せてよぅ、とお師匠は言ってくれるけど……。
たぶん、当分僕は森に行かないと思います。