24.おくりもの
朝になった。
これからハルは、ハル・シェルシュタインという名前で、メルフェニカの魔法学校に通うことになっている。元は歌姫でもあったわけで、魔法使いとしての才能は母親譲りなんだとか。
だから、それを生かす道が最適という判断からだ。
学校は学期の途中らしいけれど、ハルは才能があるから大丈夫、とのこと。
「学校はねー、きっと楽しいと思うよー」
お師匠は、さっきから念入りにハルの髪をいじっていた。
少しでも長く一緒にいたいのかもしれない。
だけど、長いころならともかくすっかり短くなってしまった髪は、そう長々と弄繰り回せるものでもなくて。しばらくするとお師匠は、名残惜しそうに作業を終わらせた。
「メルフェニカの魔法学校はいいトコだとセラが保障するよ。だって、セラが時々せんせーしてるトコだからね。何かあったらセラの名前を出すといいと思うよ」
「うん……ありがと、セラお姉ちゃん」
ぎゅうぎゅうと、子供のような大きさのお師匠と、子供のハルが抱きしめあう。僕はまとめられたハルの荷物を持って、それを見ている。ここは混ざるべきだろうけど、恥ずかしい。
「お兄ちゃんも、ありがと」
それからハルは僕に駆け寄ってきて、ぎゅうっと抱きついた。
まだ彼女の声を聞いてから数時間しか経っていないのに、その声はすっかり耳になじんでしまっている。だからこそ、声を聞いてしまったからこそ、寂しさはさらに募った。
もう、この声を聞く機会は当分ないんだと。
そう……わかっているから。
「セラさーん、そろそろ行きますよー」
外からはミーネさんの声。
彼女がメルフェニカの学校まで、ハルを送ってくれることになっている。なお、パメラさんはハルの髪を持って、夜のうちにここを去ってしまった。何というか……忙しい人だ。
僕は家の外に出て荷物をミーネさんに渡し、ハルの頭を撫でる。
言葉はない。
なくても問題ない。
――がんばっておいで。
ハルはにっこりと笑った。子供らしい、満面の笑みだ。
大丈夫。声にしなくたって、僕の思いはちゃんと届いている。
「じゃ、出発しまーす」
「気をつけてねー。なんかね、最近メルフェニカは気候崩れ気味らしいからー」
「了解っす」
確認するように、ミーネのドラゴンが羽を上下させる。
軽い上下の運動はだんだんと力を増し、ドラゴンの身体がわずかに浮き上がった。
「あの……!」
ミーネの腕の中にいるハルが、僕とお師匠を見る。
「わたし、がんばる。セラお姉ちゃんみたいな、パメラさんみたいな魔女に……」
なるから、と。
少し泣いているような声と笑顔を残し、ドラゴンは一気に空へと舞い上がった。下の僕らに挨拶するように何度か旋回し、一気に遠くへと飛び去っていく。
その姿はあっという間に見えなくなって、そして僕とお師匠だけが残された。
「なんか、寂しくなりますね」
「そだねー」
ふわふわと僕の隣に浮いているお師匠。吹き飛ばされないようヒトの姿だったけど、いつの間にか元に戻ったようだ。長時間ヒトの姿だったので疲れたのか、ふわりと僕の肩に座る。
「ハルからはねー、いろんなものをもらったような気がするんだよ」
「……そう、ですね」
「これからもがんばらなきゃねー」
ハルに負けてはいられないんだよぅ、と自らを鼓舞するお師匠。
確かにその通りだ。
幼い彼女が遠い異国でがんばるのだから、こっちも負けてはいられない。僕は彼女と違って才能が皆無のようだけど、せめて簡単な魔法だけでも使えるようになっておかないと。
……さて、まずは今日のおやつの準備からはじめようか。
腹が減っては戦はできぬ、というしね。




