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手乗り魔女と異世界からきた弟子  作者: 若桜モドキ
声を亡くした歌姫編
23/74

23.ハル

 パメラさんの来訪から少しして、『死の儀式』の準備は始まった。

 何でも特定の日の夜に、と決まっているらしい。


「名前は後々考えるとして、まずは髪だね」


 どこからか取り出されたのは、美しい装飾を施したハサミだった。

 聞けば、歌姫の死の儀式にのみ使うものらしい。本当は向こうの関係者が直々に尋ねる予定だったそうだけど、パメラさんが半ば奪うようにしてわざわざ預かってきたそうだ。

 それは、ここが知られてハーヴェルが連れ戻される、などの裏切りを警戒してのことなんだと僕は思うのだけど、逆に疑われたりはしなかったのだろうか。

「あぁ、それは心配ないよ。歌姫の血統は独特でね。偽者なんて通用しないさ」

 しょぎ、とパメラさんの手に握られたハサミが、ハーヴェルの髪を切り落とす。

 ハーヴェルはずっとうつむいたままだった。お師匠は傍らに立って、落ちた髪を丁寧に拾って集めている。僕はというと、ランプを手にパメラさんの手元を照らす係だ。

 本来なら厳かな神事で、お香を焚いた専用の部屋で行うらしい。

 遺体は神殿とやらの奥に安置し、切られた髪を人々に見せ歌姫の死を知らせ、その髪を通常の遺体として埋葬するという。だから歌姫は、その候補のころから髪を長く伸ばすそうだ。


 ……髪の毛ぐらいは、なんて言うことはできない。


 歌姫の象徴で、ハーヴェルだってそのために伸ばしてきたんだと思う。それを、命を救うためとはいえ、自由になるためとはいえ、こうして切り捨てなければいけないなんて。

 いずれ生きていれば伸びる、なんてくだらない説得は無意味。

 ただのほほんと生きてきただけの僕には、きっとわからないと思う。

 小さなハーヴェルが背負ってきたものの重さ。

 それらを失う苦しさ悲しさなんて。


「……さて、これで髪は終わったね」


 肩につく程度の長さに切りそろえられた、ハーヴェルの髪。

 これはこれでかわいらしい感じだ。

「次は名前だけど……自分で考えたかい?」

「――」

 こくん、とハーヴェルは返事をする。

 懐から出した紙には、少し歪んでいるけれどしっかりとした字で。


「ハル――いい名前じゃないか」


 パメラさんは少し誇らしげに笑ってから、ハーヴェルの喉にそっと触れた。少し伸ばしてつややかに整えられたつめの先が、ゆっくりと少女の首の黒いあざを撫でる。

 その瞬間だった。

 ハーヴェルの声を殺したそのあざが、うっすらと青く光り、まるで水に溶けていくようにじわりじわりと薄れていく。あれほどはっきり、そしてくっきりと刻まれていたものが。


「あ……」


 それがすべて消えたころ、小さな声が漏れた。

 それはかわいらしい声だった。

 澄んだ鉄琴のような、けれどやわらかいきれいな声だった。

 それがハーヴェルの――ハルの声だと最初は理解が追いつかなくて、誰もが無言で彼女の喉元を見つめる。あの、黒い刻印が消え去った、本来の白さをさらすその肌を。


「これはアタシからの贈り物さ。戻すなとは言われてないからねぇ」


 ククク、と肩を揺らしてパメラさんは笑って。

「あぁ、ちゃんとお礼は別に用意するから安心おし」

「いや……要らないよ。セラは何もしてないもの」

 これだけでいいよ、とお師匠は満足そうに笑っている。そしてハルにくっついて、グリグリと頬擦りした。ハルはくすぐったそうにして、少しだけ目じりに涙を浮かべて笑っている。

 そこに二つの、小さな笑い声があることに僕の視界は少し歪んだ。

「弟子にするのを諦めさせられたんだからねぇ……これくらいはしないと。アタシとしてはまだまだ連中を許さないっていうか、次こそは徹底的に叩き潰してやるつもりさ、ククク」

「パメラ……まさかこれが『はじめて』じゃない、とか?」

「魔女としての才能がある場合、歌姫としても優れるからねぇ」

 と、不気味かつ意味深に笑うパメラさん。



 僕は思った。

 この人にだけはケンカを売ってはいけないのだと。

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