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手乗り魔女と異世界からきた弟子  作者: 若桜モドキ
声を亡くした歌姫編
22/74

22.麗しき魔女の来訪

 その日はいつも通りだった。

 夜更かしをしたのか、寝起きが良くないハーヴェルに甘いココアを出し。

 セラも甘いのがいいよー、と喚きだした、さっきまでブラックのコーヒーを所望していたお師匠に、普通にコーヒーを出し。自分用にあっさりとした紅茶を入れて、パンをかじって。

 そんなびっくりするほど穏やかな朝に。


「失礼するよ」

 その人はやってきた。


 黒いドレスは、胸元があらわになってなまめかしく、左右にはかなりきわどいところにまで達しているスリット。どこの貴婦人だ、女王だ、と言わんばかりのいでたちの美女。

 その耳はエルフよろしく長く、少し垂れた感じだった。

 お師匠はあいた口をパクパクさせ、彼女を指差し。

「パメラ……!」

 何度か聞いた名前を口にした。


 ――パメラ・シェルシュタイン。


 世界的にかなり有名な魔法使いの一門に所属する、知らぬものがいない魔女。エルフ種という長命な種族の生まれで、ぱっと見は二十台前半だけどすでに数百年は生きているという。

 お師匠の古い友人であり、ハーヴェルをここに預けた張本人だ。

 黒髪を揺らし、パメラさんはリビングのソファーに腰掛ける。そこ、お師匠のお気に入りの場所と言うか定位置なんですけどね。ほら、お師匠がワナワナと震えだしてるし……。

 どうやってお師匠をなだめようか考える僕をよそに、事態は勝手に進行する。

 ハーヴェルは朝食もそのままに、パメラさんに向かって走っていった。

 そして、抱きつく。

「――」

「よしよし、元気だったかい?」

「――」

「そうかい……それはよかった」

 どことなくキツい印象を受けるその美麗な顔に、優しい笑みか浮かんだ。

 それを見ていたお師匠は、すっかり怒りなど引っ込んでしまったのか。

「それでさー、ハーヴェルに関する揉め事は収まったの?」

 元の大きさに戻って、ふわふわと友人の所に飛んでいく。僕はとりあえず紅茶を用意することにした。そもそもハーヴェルに関しては、お師匠が頼まれたことで僕は関係ない。


 ……気にならないわけではない。

 だから準備をしながらも、しっかりと聞き耳は立てている。


 おそらく、という言葉をつける必要はないんだろうけど、今回の一件について何か動きがあったんだと思う。でなければ、渦中の人である彼女がここに来る理由などないわけだし。

 問題はそれが吉報なのか、その逆なのか。あの様子からして悪い知らせではない……と思うけど、ハーヴェルの前だから、それらを見せないようにしているのかもしれない。

 ハーヴェルはもう充分なほど傷ついた。

 これ以上は、要らない。

「一応、話はついたよ」

 僕が用意したお茶を飲み、パメラさんが口を開く。

「ハーヴェルはもう自由さ……この子は、歌姫でも何でもない」

 その言葉に僕とお師匠は顔を見合わせ笑みを浮かべる。

 だけど次の言葉に、それは凍りついた。


「ただ、ハーヴェルには死んでもらうことになった」


 淡々とした、わずかに笑みすらこもったその一言で。

「この子の母親が有名な歌姫でね、その娘も以下略ってわけさ。……つまり、ハーヴェル・シルスという歌姫の娘に『歌姫になる』以外の未来なんて、誰も用意してなかったわけでね」

 歌姫以外のハーヴェル・シルスの存在は許さない、だそうだ、とパメラさんははき捨てるようなため息をこぼす。発言者に対し、心底あきれ果てているのがわかった。

 だけど、だからって死んでもらうって……。

「ハーヴェル、大丈夫?」

「――」


 パメラさんの隣にいるハーヴェルから、表情が失せていた。

 ぎゅっとひざの上で握った手は、力を入れすぎて白くなっている。その手を、ずっと小さな手で何度かなでながら、お師匠は心配そうにしていた。そして傍らのパメラさんを見上げて。


「どうするの?」

「実際に死なせるわけじゃない。歌姫には死の儀式があってね、まぁ、要するに一般で言うお葬式ってヤツなんだけども。それをするために必要なのを提供すれば命は問わない、とさ」

「その……必要なもの、とは?」

 僕は思わず問いかけていた。

 パメラさんは苦笑を浮かべて答える。



「ハーヴェルの『名前』と、その髪さ」

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