2.秘密の日記帳
特にやることも無いので、すっかり散らかった机を整理していたときだ。
「やぁやぁ弟子くん、何みてたのー? それなぁにー?」
びゅーん、とお師匠が飛んできた。
そのまま器用に身をひねりつつ速度を落とし、僕の右肩にちょこんと座る。
彼女は、僕が作業の手を止めて読みふけっていたものに興味津々のご様子だ。そういうところは子供のようでかわいいなぁ、と思いつつ、口や顔に出さぬよう心の中に片付ける。
「別に、ただの日記……っぽいものですよ」
「ふーん」
お師匠はあまりこういうのに興味はないらしい。
日々の実験などの記録は、それこそ重箱の隅に穴を開ける勢いで書くけれど、日記とか呼ばれるようなものは一切。普通は、こういうのは女の子ほどやりたがる気が、僕はするけど。
僕も元の世界ではそう興味はなかった。
ただ、なんとなく書き記したいから書いているだけ。この世界はいろいろと、元の世界と理屈が違っていることが多いから、そういうのを忘れないようにメモするためでもある。
それと、お師匠の前では『よくできた弟子』でありたいから、そういう地道な努力はあんまり見せたくなかったり。所詮、ただの『かっこつけ』というヤツだった。
「セラはね、そんなものを書かなくても平気なの。記憶力だけはばっちりーだもん」
ふふん、と自慢そうにいうお師匠。
実際にお師匠は、かなり優秀な魔女の一人だ。
時々、昔通っていた魔法学校で、教鞭までとっているらしい。確かメルフェニカという王国だった……と思う。世界でも有数の、魔法を重用している国なんだと聞いた。
ちなみにここはメルフェニカに接する隣国……らしい。
師匠はあまり国というものに興味がないのか、メルフェニカ以外の国の名前はさっぱりわからない、と言っていた。加えて家主が出歩かないこの家には地図もない。
そんなわけで僕は、自分が暮らす土地の名前も何も、実は知らなかったりするのだ。
「まぁいいや。それよりも今日はねー」
くるんくるん、と僕のすぐ前を旋回する。
彼女の薄青い長髪が、目の前で美しい残像を残した。
「シフォンケーキを作ったんだよ! セラのお手製なのさー」
「……あぁ、さっきから甘い香りしてましたね」
「お疲れの弟子くんに、ぴったりだと思うんだよね、セラは。それでね、せっかくだからおやつの時間にしようと思ってね、セラは弟子くんを呼びにきたわけだったりするんだよね」
早くおいでー、と飛び去っていくお師匠。
僕はノートを机のすみにおいて、キッチンに向かった。