18.言葉
朝起きて三人分の食事を用意し、家事をこなしつつハーヴェルの様子を伺い、お師匠の手伝いなどをし。昼食を作り、日替わりおやつも作り、夕食の準備をし、汗を流して眠る。
それを何度か繰り返していくうちに、僕はある問題に直面した。
――ハーヴェルだ。
彼女の首には、黒く禍々しいあざがある。一見するとそれはレースのようで、美しくすら見えるけれど、その黒いあざのせいでハーヴェルは声を出すことができないでいる。
声を出せない、というのは不便だ。
他のことをしながら問いかけ、それに対する質問を得る……とか、僕が日常で普通に使っていることができない。これで迷子にもなられたら、それこそ大騒ぎになってしまう。
何かしら、意思疎通する方法はないだろうか。
僕は何通りか手段を考え、ある日、夜中にお師匠に相談してみた。
「やっぱり筆談ですかね」
「んー、無難だよねー。問題は文字を教えなきゃいけないことだけどー」
「……そういうの教えないんですね、その神殿とやらの人たちは」
「必要がないからじゃないかなー」
お師匠がいうには、歌姫というものは崇められる存在なのだそうだ。
時々人前に出て崇められて、普段は歌をうたったり世話をされたりするだけの日々。必要のないことは何一つとしてさせずにいて、もしも『使えない』となったら捨てる。
だから歌姫は、ハーヴェルは基本的な知識がない。年齢もあるんだろうけれど、文字の読み書きもできないし簡単な計算もできない。たぶん、僕以上にこの世界を知らないと思う。
……いや、知らないように育ててきたんだ。
下手に知識をつけられたら、自分たちの言うことを聞かなくなると思って。これはまさに道具扱いだ。道具として使い勝手がいいように育て、そして捨てた連中への怒りがこみ上げる。
まぁ、そいつらを詰っても問題は解決しない。
殴りこむにしても水上都市は遠いし、前提条件である殴りこむだけの力もない。兵士か何かにバッサリ切られておしまいだ。それに長く続いた行為を、止めるだけの材料もないし。
歌姫がいなければ都市は終わってしまう。
都市に暮らす人は、きっとかなりの数いるのだろうから……彼らと歌姫を秤にかけて、そして選んだのが今のシステムなんだと思う。いや、そう思わないとやってられない。
もしもくだらない何かのために、ハーヴェルがこんな目にあったなら。
僕は……。
「とりあえず文字のお勉強だねー。セラ、メルフェニカの魔法学校で時々特別せんせーもするから、一応『人に何かを教える』のはそこそこ得意な方だと思うんだよぅ」
と、そこでなぜかお師匠は、にやりと僕を見て笑い。
「弟子くんも、文字は読めるけどあんまり書けないから、一緒におべんきょーだね。例の日記だってニホンゴってので書いてるでしょ? セラには読めないからわかるんだよー?」
「おっと僕には用事があるので失礼しますよお師匠」
僕はすばやくその場を離れた。