16.はじめてのお料理
トントントン、と野菜を切る。
とん、とん、と野菜が切られていく。
横目で様子を伺いながら、僕は夕食の準備をしていた。隣には、危なっかしい手つきで野菜を切っているハーヴェルがいる。……実に緊張した、こわばった表情だった。
「料理は初めて?」
「――」
こくり、と頷かれる。
質問してから、そういえば彼女は『歌姫』だと思い出した。なにせ町を一つ浮かし続けるために必要な存在なのだから、料理なんてするはずがない。というか必要が皆無だろう。
ケガでもされたら困るだろうし、何より召使がたくさんいただろうし。
そのわりに来ていた服は、シンプルで質素なものだった。もしかすると着替えさせたのかもしれない。あるいは、あの格好でどこかから追い出されたのだろうか。
ハーヴェルとの出会いから数日。
ミーネさんを通じて僕らが知ったのは、彼女が受けたひどい仕打ちだった。
類まれな力を持つ歌姫を母に持ち、しかしそれに似合う力がなかったハーヴェル。
たったそれだけの理由で、彼女は居場所をなくした。
――その『声』すらも殺されて。
挙句、向こうの都合次第では連れ戻される可能性があるという。実に腹立たしいことだ。今ほど自分に戦う力がないことを、恨んだ時はない。戦えたら、どれだけ安心できるか。
誰が来ても追い返すと、怯える彼女に約束できない自分が情けない。
本当に、情けない話だった。
「――」
「ん?」
くんくん、と服を引っ張られる。
ハーヴェルはどこか自慢げな表情で、彼女用のまな板を指差した。全部切れた、ということらしい。きれいにさいの目きりされた野菜が、まな板の真ん中にちょこんと山になっていた。
多少は大きさにばらつきはあるけれど、充分に許容範囲。
少なくともお師匠よりは、ずっとずーっとマシだ。
あの人、魔女としては天才なんだろうけれども、いかんせん、こういうことがまったくできない。させるだけムダとは、まさにお師匠のための言葉なんだと僕は常々思う。
元々僕だって、料理とかはそうできる方じゃない。
ゆで卵とかぐらいなら作れる、という感じだ。繕い物なんてしたこともない。むしろ掃除以外の何もかもを、こっちに来てから本格的に触れてみたと言ってもいい。
それもこれもお師匠が何もできないせいだ。
そして――僕がそれ以外に何もできないせいでもある。
「よくできました。じゃあ、向こうで休んでていいよ。あとは僕がやるから」
「――」
しかしハーヴェルは動かない。
鍋に野菜を入れる僕を、じっと見ているようだ。……調理を見学したい、ということなんだろうか、これは。キッチンは結構広いから、邪魔にはならないけれど、少し緊張する。
とりあえず、僕は鍋に油を入れて野菜を炒めはじめる。
今日は野菜たっぷり具沢山スープだ。焦がさないように具をかき混ぜる僕の手を、ハーヴェルはじっと見ている。彼女はどこからか椅子を持ってきて、その上に立っていた。
視界の端に、ふんだんにあしらわれたフリルが入る。
ハーヴェルが着ている服の装飾だ。
たまにテレビで紹介されていた、ロリータなるジャンルの服に近い感じがした。まさにお人形と言った感じの、かわいらしい洋服だ。……ちなみに、お師匠の余所行き用衣装の一つ。
普段は装飾のカケラもないワンピースだけど、それなりの場所に行くときには、やはりそれなりの格好をするらしい。僕は一度も見たことがないけど。シンプルなのが好みだそうだ。
でもお師匠にも絶対に似合うから、普段から着ればいいのに。そう言ったら、それじゃ余所行きの意味がないんだよぅ、とお師匠に怒られてしまった。
……乙女心はよくわからない。