13.嵐の前に
嵐が来るかもね、とお師匠はつぶやいた。
「……この辺、そんなに荒れるんですか?」
「時期によったらねー、結構雨とか風とか、すごいんだよぅ」
「へえ……」
雨とか風……まるで台風だ。
まぁ、こうして家があり続けるということは、家にダメージがあるほどは荒れないんだろうと思うけれど。でも屋根の修理ぐらいは覚悟した方が、後でガックリしないですむだろうか。
「そだねー、準備しないとね」
「食料とか買い溜めするんですか?」
「それもあるけど……うーん」
お師匠は窓の外を見ながら、煮え切らない様子だった。
「なんかねー、精霊がざわざわしてるんだよね」
「……精霊?」
「そ。この世界にいる、基本的に目には見えない存在、あるいは現象。彼らが踊った後に残されるのが魔石でね、魔素はそれの代用品として開発されたんだ。魔石は珍しいから」
窓際の定位置にかき集めたクッションの海に、お師匠はダイブする。
「そのせいなんだろうねけどねー、昔の魔法は精霊との結びつきが強かったんだよ」
その言葉に、僕は自然と作業用のテーブルにおいてある大瓶を見た。中には無色透明の小石がごろごろと入っている。全部、お師匠の頼まれて森の中で拾ってきたものだ。
時々、あれを材料と一緒に砕いて混ぜ合わせることがある。最初はてっきり何かの触媒になる、ただの石だと思っていたのだけど、貴重なものなんだと聞かされた時はびっくりした。
確かに抱きかかえやすいサイズの大瓶に半分溜めるまで、結構時間がかかったし。
魔素という便利なものが作られるのも、よくわかる。
「ここは精霊が多いからねぇ……もしかすると『精霊女王』が生まれるのかもね」
「女王、なんですか」
「彼らに性別はないというけど、見目は女性らしいから女王なんだってさー」
昔からの定説だよぅ、と寝返りを打ちつつお師匠は言う。
だけど精霊そのものを使役するとかいう類はない、とのことだ。人によってはまさに神のごとく崇め奉っているらしく、冗談でもそんなことを言ったらぶん殴られるとのこと。
「でも、目に見えないのによくそこまで崇められる……というか、信じられますね」
「基本的に、だからねー。魔法使いとしての才能が高いと、彼らを見ることができる。特に女王になるような力を持つ精霊なんかは、魔法使いじゃなくたって見れるよー」
セラも時々みかけるのー、とお師匠はにこにこしていた。
どうやら、精霊を見ると幸運が招かれる、という言い伝えがあるそうだ。お師匠の師がここにアトリエを構えたのも、この森が精霊が多く漂う――来訪するスポットだからとのこと。
「だって魔石高いんだもーん、拾う方がお得だよぅ」
と、今にも眠そうな声で言いながら、お師匠はごろんごろんと転がった。あぁ、完全に睡魔にさらわれる直前といった感じだ。そんな無駄に抗ってないで、寝てしまえばいいのに……。
というか、服のすそがきわどいのでやめてください。
目と精神に対する劇毒物です。
「うー、ねるー」
しばらくして、お師匠は仰向けになった。
やっぱり嵐かもね、とお師匠はつぶやいて、目を閉じる。
外は、惚れ惚れするほどの青空だった。まだ言ってる、と半分疑いつつも、僕は静かに庭に出て洗濯物を回収する。そしてそれから一時間もしないころに、外は真っ黒になって。
――豪雨と風が、世界を飲み込んでいった。