12.水上都市の歌姫
いつものように朝ごはんを作って、いつものように昼食とおやつの準備をして。お師匠は気ままに読書をしたり、時間のかかる実験の経過を伺ったり。そんな、他愛ない日常に。
「こんちゃーっす!」
聞きなれた少女の声と、周囲の木々を揺らす羽ばたきの音が追加された。
窓から空を見ると、細身の青黒いうろこを持つドラゴンが降下してくるのが見える。
友人が持っていたゲームに、ドラゴンに乗って戦っているキャラクターがいたけれど、彼らが乗っていたドラゴンと似ているように思う。飛ぶことに特化した、身軽な感じだ。
ゆっくりと降下したドラゴンの背には、毎度おなじみの彼女がいる。
「毎度おなじみ『魔女宅配』でーす」
「ごくろーさまー」
一階にいたお師匠が、ヒトの姿になって近寄る。
あぁ、ドラゴンの羽ばたきに吹っ飛ばされたからな、前に……。
僕も慌てて一階へ向かい、外に出た。いくらヒトの姿になっても、そのヒトが非力なことこの上ないお師匠だから、荷物の類は基本的に僕が持ち運ぶことになっている。
もちろん魔法を使えば簡単なんだけど、お師匠はそういうのは人力を好んだ。世の中には身の回りのすべてを魔法でまかない、料理さえも魔法で仕上げるものぐさがいるそうだ。
で、そのものぐさな魔法使いとお師匠は仲が悪いのか、自力でできることを魔法でやるのを極端なほどに嫌う。なのでお師匠が作るのは、ランプなど生活必需品に使うものだけ。
「いつもご苦労様です、ミーネさん」
「いえいえー」
ひょい、とドラゴンから降りた魔女――ミーネ。
ゆるく結われた三つ編みが、身体の動きにあわせて揺れた。
「さてさて、いろいろ仕入れてきたんですけどどうっす?」
「……君は宅配業者なのか、商人なのかはっきりしたらどうかな」
「ふふ、ウチは副業オッケーですしねー。これで顧客もゲットできるですしー」
さぁさぁさぁ、とミーネさんはいつものようにスティックを駆使し、魔法で繋がる特殊な空間からモノを目の前に出現させる。それは、僕が今まで見たことがない不思議なものだった。
水面のように、自然ときらめく宝石か何かの原石。
青のグラデーションが美しい布。
後は見たことがあるようでないような、果物や野菜など。
イカや魚もあった。特殊な空間はイコール冷蔵庫というわけではないらしく、魚介類はカラカラの干物になっていた。これはこれでおいしそうで、思わず頭の中のレシピ帳をめくる。
「んー、これってさ、やっぱりあの水上都市から?」
「そうっす。ちょうど臨時で手伝いに行ってたんですよね。ちょうどお祭りの時期で、噂の歌姫さんを空からジーっと眺めさせていただきました。いやぁ、キレイだった」
「水上都市と……歌姫?」
「はいはいはーい、説明はこのミーネさまにお任せを!」
言葉と共にポポンという感じの破裂音がし、見ればミーネさんが謎の本を手にしていた。
なぜか、メガネなんてオプションまで。
「水上都市っていうのは、文字通り水の上の都市。歌姫も以下同文です」
海の上にあるその都市には歌と、霧が満ちている。海路の重要拠点であると同時に、そこは現存する【古魔法】の一つを管理し、現代にも伝えている一族が収める国。
都市全体で守り伝えてきた【古魔法】は、声を触媒にする魔法。使い手は主に女性で、ゆえに魔女ではなく歌姫と呼ばれる彼女らは、国民にとても慕われている。
――と、説明はされたものの、にわかには信じがたい。
「そんなこと、できるんですか?」
「一応はね。何たら魔法式ーっていうのも、その名残らしいし。ただね、声が届く範囲じゃないと魔法の効果はないし、魔石っていうレアなアイテムが必須になるから面倒なんだよー」
「だから廃れた、と」
「さすがセラさんのお弟子さん、飲み込み早いっす」
さてさて、とミーネさんはにやりと笑った。
「ここにありますは、その神秘の都市の名産品! さぁさぁ、早いもん勝ちっすよー」
「んー、どうするー?」
「……じゃあ、干物を各種、三つずつ。それからこの布を少し」
「まいどー! ……ところで布は何に?」
「お師匠が盛大に破ったカーテンの補修に」
「あー、大変ですね、ガンバっすよ」
商品とお金を交換すると、ミーネさんは颯爽とドラゴンにまたがり、飛び去っていく。この辺は範囲は広いのだが、人手が足りないらしく、彼女はいつも忙しそうにしている。
家の上空で挨拶するように数回くるくると回り、彼女は次の場所へ飛び去っていった。
荷物を抱えて家に戻りつつ、僕はミーネさんと交わした言葉を思い出す。
海の上に浮かんだ、歌姫に守られた霧の都市。森の中に住んでいるから忘れそうになってしまうけれど、この世界にもそれなりに海が存在していて、そこに都市まで浮かんでいる。
その噂の水上都市に……少しだけ、行ってみたい気がした。