10.抜き打ちテスト
僕は基本的に、お師匠のアシスタントというか、雑用係だ。
お師匠が求める触媒の材料を倉庫から引っ張り出したり、毎日の食事を栄養面もそれなりに考えつつ作り、求められたら即座に甘味物も作りお茶の相手をする。
で、そのついでに魔女の弟子らしく、魔法のお勉強というのもこなす。
とはいえ、触媒を作るところまではできるのだけれど、いざ魔法にするとなるとまったく感覚がわからない。マンガよろしく唸ればいいのか、長々と呪文でも唱えればいいのか。
ちなみにお師匠はシンプルに一言。
「――【黒色魔法式】展開」
ぐらいだった。一般的にはそんな感じらしい。唱えなくても使えるらしいけれど、唱える方が意識がより集中するのだそうだ。掛け声のようなものなんだと思う。
あと魔法によっては長々と、呪文を唱えたりするそうだ。
もっとも、そこまでいくと魔法というより祈祷、もしくは儀式の範疇らしく、あんまり魔法は関係なくなるのだという。……どうやら、そういうのと魔法は別の何からしい。
さて、お師匠の手の中には黒い結晶が転がっている。大きさとしては、ちょっと飲み込むのは無理だなぁって感じの大きさ。つやつやとした、ガラスのような光沢がある。
これはさっきお師匠が使った魔法で作られた結晶だ。
微弱な魔力で光り続ける効果がある。
「というわけで、弟子くんには『ランプの火』を作ってもらおっか」
お師匠はトレイに材料を載せ、僕の前に置いた。
ついでに使い込んだ秤も。
「レシピは教えたよね?」
「えぇ、まぁ」
「じゃあよろしくね! これは試験なんだよー。もし大丈夫そうなら、イイトコにセラが連れて行ってあげるー。ダメなら連れて行くけど、イイトコにはならないからね」
「はぁ……」
よくわからないけれど、抜き打ちテストのようなものらしい。だが、それでいいのかと言いたくなるほどかなり簡単だ。ちゃんと材料を計って、全部をきれいに混ぜればいいだけ。
モノによっては順番やタイミングも重要だそうけど、これは関係ない。
その代わりに分量が重要だ。
ランプの火とは、これぞまさに乾電池と呼んでいい代物。
触媒を別の物質――この場合は黒い結晶に再加工したもので、特定の器具の中もしくはそばに行くと自動で魔法式が展開され続けるという代物だ。どう見てもこの世界版乾電池。
ランプだと、通常なら電球やロウソクを置く場所に結晶の台座がある。ランプによっては光の強弱も調節できて、結晶は基本的に熱を持たないから必要ない時ははずすことができた。
……と言っても長持ちするものじゃないから、適度な需要がある。
大きいものだといい値になるので、お師匠も特大のを中心によく作っていた。まぁ、ハイリターンが期待されるものは、だいたい材料もいい値なのでボロ儲けにはならないんだけど。
大きいものはそれ相応の材料が必要とされ、今、僕の目の前にある手のひらに乗る程度の結晶を作るような材料じゃ、たぶん一瞬で燃え尽きてしまうような不良品にしかならない。
科学が元の世界を発展させたように、この世界は魔法で発展してきた。
あの火種が作られてから、街中は夜でも明るくなったという。ロウソクは日常生活から何かの儀式的な用途へと持ち場を移したらしい。礼拝とか、そういう感じの。
あと結晶の寿命はパっと見ではわからないから、念のために常備もされているらしい。
……やっぱり電池だよなぁ。
「じゃ、セラは向こうでお仕事するからねー。できたら持ってきてー」
お師匠はひらりと小さくなり、そしてふわふわと飛んでいった。
仕事じゃなくて昼寝ですよねとは言えない小心者の僕は、おとなしく材料や秤とのにらめっこを開始する。基本的に赤魔法の応用なので、材料もそれによく使われるものが多い。
火薬とか、赤い石とか。
それを黒く染め上げるのは黒の魔素――魔法を、魔法とするためのもの。
一般的に【五色魔法式】と呼ばれている中で、まだ研究が進んでいないのが黒だ。というよりも安全な魔法式――レシピが作られた数が、圧倒的に少ないとも言う。
それだけ不明瞭なところが多い、という感じなのだそうだ。
で、その数少ないちゃんとした魔法式の代表が、ランプの火というわけで。
「さぁてと……まずはこれから計るか」
鉱物が多いので、乳鉢でしっかりとゴリゴリしなければいけない。
そうしなければムラができて、いい商品にならないからだ。基本的に、触媒として用いる材料はすべてキレイに混ぜ合わせなければいけない。それが別物への再加工ならなおのこと。
僕は袖をまくって、作業に取り掛かった。