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君の世界から僕が消えても、また君に会いに行く

作者: 平沢いま
掲載日:2026/04/10

「写真、撮ってもいいかな」

あの桜の木の下で誰にも気づかれることなく、ひっそりと読書をしていた私の日常は、ある日突然、変わってしまった。

レンズの大きい、重そうなカメラを手にしたその人は私にその人懐っこい笑顔を向けた。

私は、一度、いや、なんども断った。

昔から友達が出来ない私は、他人と話すのが苦手で、段々関わることすら嫌になっていて、誰とも関わらず大学生活を終えるつもりだった。

だから、彼の誘いを断った。

なのに。

なのに彼は懲りずに何度も何度も私を誘ってきた。

先に折れてしまったのは、私だった。

「一枚だけだよ」


ふと、大学の中庭を見る。

満開の桜が僕らを応援してくれている気がする。

そんなことを考えていたら、やっぱり撮りたくなって、中庭へ走る。

カメラをはじめたのは高校の部活動がきっかけだ。

何か部活動をしようとは思っていたけれど、きついのは嫌だった。

それで楽っていうのが売りの写真部に入った。

はじめは、本当に適当に、何も考えずに撮っていた。

その中で、一枚だけ、すごくきれいに撮れたものがあった。

夜空の写真。

ずっと見ていたいと思えた。

そこから、僕の中に何かが芽生えた。

自分のフォルダは、こんな写真でいっぱいにしたいって、そう思った。


風が吹き、花びらが散る。

あの桜の木が、別世界への入口みたいに、輝いて見えた。

嘘じゃない。

本当に、この世のものとは思えないほど、美しかった。

桜、もきれいだけど、その桜の木の幹にもたれて読書をしている女性に、引き込まれた。

美しい、としか表現する方法がない。

あのときとよく似た衝撃が僕に走る。

この人を、撮りたいと思った。

気づけば僕は、彼女に声をかけていた。


「今まで通りにしていて。勝手に撮るから」

何をすればいいのか問うと、彼はそう答えた。

でも、撮られるとわかっていていつも通りに出来る人なんて、いるのだろうか。

沈黙に耐えられず、彼に色んな質問をする。

「学科は?」

「どこに住んでるの?」

「高校はどこ?」

彼はその質問の一つ一つに律儀に、でもどこかつまらなそうに答えた。

「どうしてカメラをしてるの?」

多分、その質問が彼の全てだった。

一生懸命、答えていた。

それだけで彼のすべてが分かったんじゃないかって思った。


撮影の許可を得た。

というか彼女が先にあきらめた。

一度でも撮りたいと思ってしまったら、絶対に撮る。

そう決めている。

彼女の「普段の姿」が撮りたかったけれど、さすがに最近会ったばかりの奴と二人きりの沈黙に耐えられる人はいないらしい。

彼女の口から社交辞令のような質問が次々と飛び出す。

だけど、最後の質問は、どうしても興奮気味に答えてしまった。

言い終えてから、正気に戻る。

やってしまった。

ヤバい奴だと思われたに違いない。


昼休み。

大学の中庭にある桜の木の下で一人寂しく読書をしていた少女に、カメラを持った一人の少年が声をかける。

段々と二人でその桜の木の下に集まることが日課になっていき、笑顔が絶えない時間となる。

だが、ある日突然、少女はまた、一人になる。


「どこいっちゃったんだろ」

ひとりでいることが普通であった時間が、一度でも誰かと一緒に過ごす時間に変わってしまうと、

そう簡単に前みたいには過ごせないようで、昼休みになるとあの桜の木の下で、つい彼を探してしまう。

一カ月ほど前、彼は突然、この場所に来なくなった。

はじめは何か用事があるのかと思っていたけれど、二週間ほどでなんだかもどかしくなってしまい、彼の友達であろう人に声をかけた。

「え?成瀬?…そんな奴いたっけ」

「す、すみません。人違いかも、です」

誰も、仲がよさそうだった人でさえも「成瀬真」という人物を知らなかった。

私だけが、彼が存在すると思っているみたいだった。


カメラの中の彼女をみる。

「え、誰それ。土産話で全部話すって約束したじゃん!俺その人知らないんですけど」

この男は大浜葉月。

幼なじみであり、同居人だ。

「運命感じて毎日写真撮らせてもらった」

「え、ちょっと待って。全然理解できない」

ひとりであーだこーだ言っている葉月をスルーして僕は思う。

「もう一回。もう一回だけでいいから、会いたい」


運命というのは変えられない。だから僕は十二年待った。


「こっちの世界、久しぶりだな!」

僕はそう思った。

だけど実際に口に出したのは葉月だ。

「なんで葉月も一緒なんだよ」

「えー?真だって一緒に来れてうれしいくせに」

大学で過ごしたあの季節から十二年がたった。

だから彼女に会えるとは限らない。

「だって〈運命の人〉に会えなかったら、真ひとりぼっちだよ?寂しい季節になっちゃうでしょ」

というのが葉月の考えらしい。

でも申し訳ないけど、絶対に僕と彼女はもう一度会える。

そういう運命だって、信じてる。


こっちの世界の十二年というのは、とても長い時間のようで、人間は、大分老いるようだから、彼女の容姿が同じとは限らない。

だから、もしすれ違ったとしても気づくことが出来ないかもしれない。

僕の容姿はほとんど変わっていないけれど、彼女は僕のことを覚えていないのだから、僕が彼女を見つけるしかない。

でも、それはやっぱり、随分と難しいことみたいで、刻々とこっちの世界にいられる時間は過ぎていくのに、何の手掛かりもつかめていなかった。

もう、だめかもしれない。

諦めて、僕も彼女のことを忘れたら、楽かもしれない。


そう思っていたのに。

「成瀬、くん?」

なつかしい、声がした。

心臓が、どくどくと、今にも僕の体から飛び出してしまいそうなくらい激しく鳴っている。

声がした方向に顔を向ける。

見覚えのある、でもどこか大人びた女性が、そこにいた。

彼女だった。

そこに、ずっと探し求めていた、彼女がいた。

あのころと変わらない美しさに引き込まれる。

「成瀬君、だよね?」

はっと我に返る。

「う、うん。あれ、覚えてたの?」

「私の大学生活を180度変えたのに、急にいなくなった人のこと、忘れられるわけないでしょ」

その言葉に、ごめんね、と苦笑いする。

彼女は今日、仕事が休みらしく、二人で色々と話すことになった。

彼女にあっちの世界の事情は話せないけれど、それでも、とても充実した時間だった。

「成瀬君、またね」

それはいつか、僕が彼女にかけていた言葉。

「またね、ふみさん」


「おかえり、真。ん、なんかいいことあった?」

「見つかった。運命の人に」

「おー!よかったじゃん!」

葉月はそういってから、ん?と首を傾げた。

「彼女が、見つかったの?」

「彼女に、見つかったの」

僕の言葉を聞いて、葉月はもう一度首を傾げる。

「え、彼女が覚えてたってこと?真のことを」

「ま、そゆこと」

んん?と眉と眉がくっついてしまいそうなくらい眉間にしわをよせた葉月を置いて、僕は幸せをかみしめるように布団にもぐった。

心臓の音がうるさくて、すぐには寝付けなかった。


十二年越しに大学時代、少しの間だけだけど仲が良かった彼に再開した。

見た目がちっとも変わっていないので、思わず声をかけてしまった。

連絡先を交換した私たちは、物凄い頻度で会っていた。

まるで十二年の空白を埋めるかのように。


俺は真のことをよく知っている。

真は昔から、大事なことをよく忘れる。

真が〈運命の人〉と再開したあの日から、ずっと考えていた。

なぜ「彼女」は真を覚えていたのか。

まさかとは思うが、辻褄が合う答えを見つけた。

多分、真は、「さよなら」を伝え忘れた。


俺たちの住む世界、いわゆる「あっちの世界」と「彼女」が住む「こっちの世界」を俺たちは行き来することができる。でも、それにはもちろん「きまり」がある。

1「こっちの世界」に来れるのは十二年に一度だけ。

2「こっちの世界」に滞在できるのは、春、夏、秋、冬、いずれかの季節がはじまってから、終わるまで。

3「こっちの世界」から帰ると、自分の存在は関わった全ての人から消える。

そして、真が忘れていたのは、多分最後のきまり。

4「こっちの世界」で一番深く関わった人物には、必ず「あっちの世界」に戻る前に「さよなら」を言わなければならない。

なぜだか知らないが、一番深く関わった人物は、その他の人と違って、「さよなら」がないと俺たちの記憶は消えないらしい。

でも、消さないと何か問題が起こるかもしれない。


だから真には、このことをきちんと伝えなければ。

きちんとお別れを、してもらわなければ。


季節が変わる、それがいつなのか、はっきりと決まっているわけじゃない。僕たちは「あっちの世界」と「こっちの世界」をとある汽車に乗って行き来する。その汽車を運用している会社がいつ季節が変わるかを、律儀に手紙で知らせてくる。その手紙が、届いた。

「あと、四日?」

気まぐれな業者は、手紙を一カ月前に届けたり、二週間前に届けたり、ひどいときは当日に届けるそうだ。

「真、もう今日にでも帰らないか」

葉月が少し困ったような顔でそう言った。

「は?帰りたいなら先に帰れよ」

「でも、真は」

「僕は、最終日までここにいるから」

「真は、自分のことを忘れてしまう人と一緒にいると辛くなるんじゃないかって思うから」

「普通ならね?普通なら忘れられるよ?でも、でも彼女は覚えていてくれたんだ。だからきっと、十二年後も覚えてくれてる。また、再会できる。それなら、辛くないでしょ?」

するとまた、葉月が困った顔をする。

「それは、十二年前は、真がきまりを忘れていたから」

「え?」

「一番深く関わった人物には、さよならを言わなければならないっていう最後のきまり。十二年前、真は彼女にさよならって言ったの?」

十二年前、彼女と最後にあった日を思い出す。

僕は最後、彼女になんと言った?確か僕があのとき放った言葉は

「またねって、言った」

ああ、だからか。

だから彼女は僕を覚えていたんだ。

「じゃあもう一回。今回もさよならなんて言わなきゃいいじゃん」

「真、」

「きまりなんて、もう一回破ってしまえばいいんだ」

葉月はまた、「真」と僕の名前を呼ぶ。

「そうすれば、彼女は僕のこと、また覚えていてくれるんでしょ?何も、問題なんて起きないよ」

「真」

少し強い口調で葉月が僕を呼ぶ。

でも、僕は口を動かし続けた。

「大丈夫だって!だって」

「真!」

僕の肩を、葉月の両手がつかんだ。

葉月の瞳は透き通っていて、僕の目をまっすぐ見つめている。

「嫌だよ。忘れられたくない。忘れてほしくない。忘れさせたくないよ」

気が付けば、僕は泣いていた。

子供のように、泣きじゃくっていた。

そんな僕の背中を、葉月はいつまでもさすっていた。


この季節が終わるまで、あと三日。最後の三日くらい、ずっと一緒に居たかったのだけど、運が悪いことに、彼女は最終日以外は仕事が入っていた。

少し、神様が嫌いになった。


今日は、彼と会う約束をしている。

大学の時と同じで、彼はいつも楽しそうで、カメラを持ってくる。

そして、私の写真を撮る。

でも、なんだか今日は違う。

ずっと、元気なフリをしている気がする。


彼女はいつも通りだった。

当然だ。

特別な日だと思っているのは僕だけなのだから。

撮り納め、と言ったら怒られるだろうか。

だけど、撮っておきたかった。

僕を覚えている彼女を。

彼女は不思議そうな顔をしていた。

いつもと違う僕に戸惑っているのだろう。

「大丈夫?」

心配そうに彼女が僕に呼びかける。

でもその優しさが、今の僕には苦痛だった。

だんだんと、視界がぼやける。

手が震えて、嗚咽がもれる。

カメラのピントを上手く合わせられない。

それでも僕は、撮り続けた。

全部失敗作だったけれど、撮り続けた。


刻々と時間が過ぎていく。

彼女は何も深く聞いてこなかった。

彼女なりに、気を遣ってくれたのだろう。

やっと落ち着いた僕は、ごめん、と一言つぶやいた。

彼女は、大丈夫だよ、と優しく微笑んだ。

そして、いつものように何気ない話をした。

このまま、時間が止まってほしいと思った。

そうすれば、さよなら、なんて言わなくてもいいのに。

だけど、もう、別れの時間が迫ってきている。

「じゃあ、またね、成瀬君」

そう言った彼女に、「うん、またね」と返せたら、どれだけ幸せだろう。

だけど僕は、心を決めた。

「ふみさん、」

心を決めたはずなのに、いざとなると胸が苦しくなった。心臓が痛い。

忘れさせたくないと、思ってしまう。

だから、僕はまた、泣いてしまったのだ。

でも、今度は静かに、涙を流すだけ。

手の震えを抑えるように、ぎゅっと拳を握り締めた。

「さよなら、ふみさん」

涙が、とまらなかった。


神様、お願いです。

何かの手違いでも、なんでもいい。

彼女が僕のことを覚えていますように。


もう一度、会えますように。


そう願いながら汽車に揺らされて、十二年ぶりにこっちの世界に降り立った。

高いビルが建ちならび、町はまた一段と発展していた。

たくさんの人が行き来している。

それをぼーっと眺める。


その中に、一人だけ。

輝いて見えた。

引き込まれる。

その人しか見えなくなる。

この感覚を、僕は知っている。

気づけば、走り出していた。

たくさんの人を押しのけて、その人を追いかける。

やっと、人波を抜けた。


その人は、彼女だった。


あの日とは逆で、今度は僕が見つけた。

「ふみさん!」

彼女がこっちを振り向いた。

「もしかして、成瀬君?」

彼女がそう言って、驚きながらも微笑む。

「また急にどこかに行っちゃうんだから、びっくりしたよ」

彼女はすねたような表情になって、僕が、ごめん、とつぶやくと、今度は花が咲くように笑顔になった。



もしそうなら、どれだけ幸せだっただろうか。



「どなた、ですか?」

彼女はこちらを振り向くと、戸惑いを隠せないといった表情をした。

彼女は僕を忘れていた。

僕は彼女に忘れさせることに、成功していた。


やっぱり、運命は変えられない。

だから、また、神様が嫌いになった。

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