7 安定の条件
次の日の昼、俺のスマホがまた鳴っていた。
通知の数が尋常じゃない。
「……嘘だろ、昨日のアレ、まだバズってんのかよ」
画面を開くと、『#幽霊と暮らしてみた』のタグ付きでフォロワー数が十倍近くに膨れ上がっていた。
コメント欄には《幽霊さん可愛い!》だの《部屋紹介して!》だの。
なかには《その子、見えるんだけど俺だけ?》という若干キモイのまで混じってる。
俺はため息をついた。
「……あのな、澪。お前、SNS映えしすぎ」
「はぁ? なにそれ。どういう文法?」
澪はちゃぶ台の向こうで相変わらず紅茶を飲んでいる。
白いブラウスが朝の光を受けてほんのり透けて見えた。
幽霊なのに妙に生活感があるのが腹立つ。
「いや、要するにさ。お前、人気出てるってこと」
「見世物じゃないんだけど」
「俺のフォロワー、コメント欄で《幽霊彼女ほしい》って言ってるぞ」
「……」
澪の眉がぴくりと動く。
次の瞬間、蛍光灯がチカッと瞬いた。
「な、おい、照明……」
「気のせい」
彼女は紅茶を一口飲むが、明らかに不機嫌だった。
頬がわずかに膨れている。
《幽霊彼女ほしい》って言葉が効いたらしい。
「……別に、いいじゃん。人気出るのは悪いことじゃないし」
「そういう問題じゃないの」
「じゃあどういう問題だよ」
「……あなたの周波数が乱れてる」
「俺の……? は?」
蛍光灯がまたチカチカ。
スマホの画面が一瞬ノイズを走らせる。
「お、おい、ほんとにやめろって! 停電になったらセーブデータ飛ぶ!」
「あなたが悪いのよ」
「えぇ!? 俺なにもしてねえ!」
「心の中で『幽霊彼女いいな』とか思ったでしょう」
「……! 思ったかもしれん!」
「正直ね」
澪の瞳が少し潤んでいた。
けれど、それは怒りというよりも――どこか不安の混じった色。
「……だって、あなた、いま『他の誰か』を想ったじゃない」
「――いやいや、そんなことねぇって!」
言葉を探すうちに、蛍光灯がパンッと音を立てて切れた。
部屋が暗くなる。
その一瞬、澪の輪郭が淡く光を放った。
俺は息を呑んだ。
光の中で彼女は静かに呟く。
「感情が強くなると、どうしても干渉が大きくなるの。だから、あまり……揺らさないで」
照れたように微笑むその表情は、少し切なかった。
沈黙が流れた。
やがて、澪が口を開く。
「……ごめんなさい。嫉妬って、あまり効率的じゃないのね」
「効率とか言うな。……どんな天才でも、嫉妬くらいするよ」
「幽霊でも、するのよ」
そう言って彼女は少し笑った。
笑った途端、蛍光灯がふっと明るくなった。
「……なあ、今の照明。お前、感情で制御してんの?」
「してない。ただ、『嬉しい』と安定するだけ」
「へえ、便利だな」
「そう? じゃあ、もっと安定させてみせて」
「え?」
澪がそっと手を伸ばしてきた。
すり抜けるような指先が俺の頬の近くまで来て、ほんの少し、光の粒が揺れた。
「……ちゃんと、観測してて」
「してるよ。今も、ずっと」
その言葉に、澪の表情が柔らかくほどける。
ノイズが消え、部屋に紅茶の香りが満ちた。
彼女は満足げに頷き、
「よし。今夜は『ノイズフリー』ね」
「なんだその専門用語」
「幽霊の平和宣言」
俺は苦笑しながらカップを手に取った。
紅茶の味は、昨日より少し甘かった。




