表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/19

5 魂の順番

 また次の夜。


 俺はベッド代わりのダンボールに寝転びながら、天井を見つめていた。


 ……いや、ダンボールがベッドってどうなんだ。もう大学生なのに(?)。


 しかも横を見ると、ちゃっかり幽霊がちゃぶ台で読書してる。


 読書。幽霊が。


「なあ澪。……お前、寝ないの?」


「寝るわよ? ただ、『寝る』って表現がちょっと違うの。意識を休める、っていう感じかしら」


「つまり、電源オフ?」


「例えが雑ね。でも、あなたが夜中にゲームしてる間も私はいるから、うるさくしないで」


「うっ……たしかルールにあったな……」


 幽霊に生活マナーを指導される生者。


 俺の一人暮らしは、想定外の方向へ進化していた。


        *


 翌朝。


 またもやキッチンから音がする。


 この部屋、家政婦機能ついてるのか?


「おはよう。今日はトーストしてないわよ」


「いやもう完全に家事担当になってるじゃん!」


「朝は一日の始まりよ。あなた、食べないと大学で倒れるタイプね」


「エスパーかよ。……でも、ありがと」


 素直に礼を言うと、澪が少し驚いた顔をした。

 そして、ちょっとだけ目を逸らしながら、


「どういたしまして。……あなた、意外と礼儀はあるのね」


「意外って言うな」


 ふと、ちゃぶ台の端に薄い封筒が置いてあるのに気づいた。


 差出人不明。けど、赤い印鑑みたいな跡が透けて見える。


「これ、なに?」


「家賃の領収書よ」


「いやいや、お前払ってないだろ!」


「払ってるのよ、たぶん」


「たぶん!?」


「ちゃんと『この部屋にいるため』に払ってるの。……少し、形は違うけど」


 そう言って、澪は窓の外を見た。


 薄い朝の光が彼女の横顔を照らす。


 ――ほんの一瞬、真面目すぎるくらい静かな表情になった。


「この部屋に私がいられる理由が、それなのかもしれないわ」


「……なんか、難しいこと言ってるな」


「あなたが生きてる間、私がここにいる。それって、結構お得じゃない?」


「……はいはい、ちょーお得。なんかよくわからんけど」


 でも、なぜか笑えてしまった。


『得』っていうのは、確かに間違ってない。


 飯も掃除も、幽霊が完璧にしてくれる。


 ある意味、理想の同居人――問題は『死んでる』ってとこ。



 昼過ぎ。


 大学から帰宅した俺は、玄関を開けて固まった。


「おかえり。靴、揃えてね」


「……あのな。勝手に掃除するのはいいけど、俺のゲーム棚まで整理するのやめてくれ。順番ってのがあるんだよ」


「どうでもいいでしょ、あんな似たようなケース並べて」


「ちがう! 発売日順に並んでんの! 魂の順番なの!」


「魂の順番って……。じゃあ私が最古参かもね」


「……なんか、勝てねぇ!」


 澪は古いホウキを軽やかに動かして、埃を払い落とす。


 その姿を見て、ふと思う。


 ……この光景、わりと『普通の生活』だ。


 俺は、もう慣れてきていた。


 最初の恐怖も消え、いまはただ――誰かが部屋にいる安心感がある。



 その夜、テレビを見ながら二人でみかんを食べていたとき、ふと澪が言った。


「ねぇ、私ね。この部屋、けっこう気に入ってるの」


「急にどうした」


「落ち着くの。……あなた込み、かもしれないけど」


 心臓が変な音を立てた。


 顔が熱い。幽霊相手に何照れてんだ俺。


「お前さ、いっそ……堂々と住めば? 俺に気使う必要ねぇよ」


「……いいの?」


「まぁ、出て行かれても困るしな。ま、まぁ、しばらく家事はしてくれてもいいけど」


「……それ、遠回しに必要って言ってるの?」


「……お、おう」


 澪は少しだけ笑った。


「ありがと。でも、好きでやってることだから」


 それはこれまでで一番、柔らかい笑顔だった。


「じゃあ、決まりね」


「え、なにが」


「私、この部屋に居座るわ。あなたが生きてる間は、ずっと」


「……なんか、いよいよ地縛霊って感じだな」


「だって居心地いいもの」


 そして、いたずらっぽくウインクする。


 月の光が髪を透かして、ほんの少しだけ幽霊らしく見えた。


「『ルームシェア幽霊』、これにて契約成立ね」


        *


 夜が更けて、彼女は部屋の隅で膝を抱えて座っていた。


 窓から差し込む月の光が、床の埃を銀色に照らす。


 彼女の姿は、ほんのり透けて見えた。


「なあ、澪」


「なに?」


 夢と現実との境がわからないような、ぼんやりとした意識の中。パーカーをかぶりながら、言葉が口をついて出る。


「もし……いつか、成仏とかしたくなったら、ちゃんと教えてくれよ」


「そんな日が来るかしらね」


「……いや、来ると、思う……」


「ふふ。そうね。でも今は――この生活が、ちょっとだけ楽しいの」


 その声は、まるで遠くから聞こえるように優しかった。


 俺は天井を見上げて、思った。


 たぶん俺、もう『ひとり暮らし』じゃないんだな。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ