5 魂の順番
また次の夜。
俺はベッド代わりのダンボールに寝転びながら、天井を見つめていた。
……いや、ダンボールがベッドってどうなんだ。もう大学生なのに(?)。
しかも横を見ると、ちゃっかり幽霊がちゃぶ台で読書してる。
読書。幽霊が。
「なあ澪。……お前、寝ないの?」
「寝るわよ? ただ、『寝る』って表現がちょっと違うの。意識を休める、っていう感じかしら」
「つまり、電源オフ?」
「例えが雑ね。でも、あなたが夜中にゲームしてる間も私はいるから、うるさくしないで」
「うっ……たしかルールにあったな……」
幽霊に生活マナーを指導される生者。
俺の一人暮らしは、想定外の方向へ進化していた。
*
翌朝。
またもやキッチンから音がする。
この部屋、家政婦機能ついてるのか?
「おはよう。今日はトーストしてないわよ」
「いやもう完全に家事担当になってるじゃん!」
「朝は一日の始まりよ。あなた、食べないと大学で倒れるタイプね」
「エスパーかよ。……でも、ありがと」
素直に礼を言うと、澪が少し驚いた顔をした。
そして、ちょっとだけ目を逸らしながら、
「どういたしまして。……あなた、意外と礼儀はあるのね」
「意外って言うな」
ふと、ちゃぶ台の端に薄い封筒が置いてあるのに気づいた。
差出人不明。けど、赤い印鑑みたいな跡が透けて見える。
「これ、なに?」
「家賃の領収書よ」
「いやいや、お前払ってないだろ!」
「払ってるのよ、たぶん」
「たぶん!?」
「ちゃんと『この部屋にいるため』に払ってるの。……少し、形は違うけど」
そう言って、澪は窓の外を見た。
薄い朝の光が彼女の横顔を照らす。
――ほんの一瞬、真面目すぎるくらい静かな表情になった。
「この部屋に私がいられる理由が、それなのかもしれないわ」
「……なんか、難しいこと言ってるな」
「あなたが生きてる間、私がここにいる。それって、結構お得じゃない?」
「……はいはい、ちょーお得。なんかよくわからんけど」
でも、なぜか笑えてしまった。
『得』っていうのは、確かに間違ってない。
飯も掃除も、幽霊が完璧にしてくれる。
ある意味、理想の同居人――問題は『死んでる』ってとこ。
昼過ぎ。
大学から帰宅した俺は、玄関を開けて固まった。
「おかえり。靴、揃えてね」
「……あのな。勝手に掃除するのはいいけど、俺のゲーム棚まで整理するのやめてくれ。順番ってのがあるんだよ」
「どうでもいいでしょ、あんな似たようなケース並べて」
「ちがう! 発売日順に並んでんの! 魂の順番なの!」
「魂の順番って……。じゃあ私が最古参かもね」
「……なんか、勝てねぇ!」
澪は古いホウキを軽やかに動かして、埃を払い落とす。
その姿を見て、ふと思う。
……この光景、わりと『普通の生活』だ。
俺は、もう慣れてきていた。
最初の恐怖も消え、いまはただ――誰かが部屋にいる安心感がある。
その夜、テレビを見ながら二人でみかんを食べていたとき、ふと澪が言った。
「ねぇ、私ね。この部屋、けっこう気に入ってるの」
「急にどうした」
「落ち着くの。……あなた込み、かもしれないけど」
心臓が変な音を立てた。
顔が熱い。幽霊相手に何照れてんだ俺。
「お前さ、いっそ……堂々と住めば? 俺に気使う必要ねぇよ」
「……いいの?」
「まぁ、出て行かれても困るしな。ま、まぁ、しばらく家事はしてくれてもいいけど」
「……それ、遠回しに必要って言ってるの?」
「……お、おう」
澪は少しだけ笑った。
「ありがと。でも、好きでやってることだから」
それはこれまでで一番、柔らかい笑顔だった。
「じゃあ、決まりね」
「え、なにが」
「私、この部屋に居座るわ。あなたが生きてる間は、ずっと」
「……なんか、いよいよ地縛霊って感じだな」
「だって居心地いいもの」
そして、いたずらっぽくウインクする。
月の光が髪を透かして、ほんの少しだけ幽霊らしく見えた。
「『ルームシェア幽霊』、これにて契約成立ね」
*
夜が更けて、彼女は部屋の隅で膝を抱えて座っていた。
窓から差し込む月の光が、床の埃を銀色に照らす。
彼女の姿は、ほんのり透けて見えた。
「なあ、澪」
「なに?」
夢と現実との境がわからないような、ぼんやりとした意識の中。パーカーをかぶりながら、言葉が口をついて出る。
「もし……いつか、成仏とかしたくなったら、ちゃんと教えてくれよ」
「そんな日が来るかしらね」
「……いや、来ると、思う……」
「ふふ。そうね。でも今は――この生活が、ちょっとだけ楽しいの」
その声は、まるで遠くから聞こえるように優しかった。
俺は天井を見上げて、思った。
たぶん俺、もう『ひとり暮らし』じゃないんだな。




