4 ルームシェア幽霊と生者の生活ルール
朝の光がカーテンの隙間から差し込む。
目を覚ますと、台所から「カチ、カチ」とリズムのいい音がした。
……まさか。
「おはよう。もう起きた?」
振り向くと、やっぱりいた。
白いブラウスの少女――白瀬澪が、フライパンを片手に卵を焼いていた。
香ばしい匂い。湯気。
幽霊が朝食を作ってる。なんだこの異世界。
「お、お前……何してんの?」
「見て分からない? 朝ごはん」
「いや分かるけどさあ」
「朝はしっかり食べるものよ。ほら、大学生でしょ?」
いや、死んでるのに生活習慣だけ完璧とかどういうこと?
てかフライパン、ちゃんと物理に干渉できるの? 俺より生活力あるじゃん。
――とか脳内でツッコミながら、洗濯物も畳んでいたことを今更ながら思い出した。
恐る恐る食卓(=段ボール)に近づくと、そこにはトーストとスクランブルエッグ、あとインスタントの味噌汁が置かれていた。
並び方がやたら整っている。お嬢様が作る朝ごはん。
「幽霊って、飯作れるんだな……」
「失礼ね。これでも料理は得意だったのよ。生前は家の手伝いをしてたもの」
「……生前、ね」
ふと、澪がほんの少しだけ目を伏せる。
静かな間が落ちる。
ぐぅ〜〜〜〜〜。
けどその空気を、自分の腹の音が容赦なくぶち壊した。
「……いただきます」
「召し上がれ」
素直に食べることにした。
一口食べて、思わず目を見開く。
「う、うまっ!? なんだこれ!?」
「だから言ったじゃない。得意だって」
「いや、幽霊が料理上手いって初耳だぞ!」
「私の手際が良すぎて霊力まで味に乗ってるのよ」
「なんか怖いこと言うな!?」
笑いながら食べていると、澪も嬉しそうに頬を緩めた。
その笑顔が一瞬だけ、普通の女の子みたいで――俺は、なんか変にドキッとした。
*
「さて、問題は生活ルールよ」
食器を洗いながら澪が言う。
その動きがまた丁寧で、まるで長年主婦をやってたみたいだ。
俺は床に座りながら聞いた。
「ルール?」
「そう。あなた、ずぼらそうだから」
「いきなり刺すな!」
「昨日の洗濯物とか、放置してたでしょ?」
「放置っていうか、幽霊が先に片づけたじゃん!」
「だからって散らかしていい理由にはならないの」
「理不尽の塊かお前! 散らかす間もなかったの!」
彼女はお構いなしにホワイトボード(どこから持ってきた!?)を取り出し、マーカーを走らせた。
【ルームシェア幽霊と生者の生活ルール】
1 夜中のテレビは音量十以下。
2 勝手に冷蔵庫の物を食べないこと。
3 お風呂をのぞいたら祟る。
4 洗濯物は自分で畳む努力をする。
5 SNSに「幽霊」って単語を使わない。
「……すげぇな。書き方が完全にマネージャーだな」
「あなたみたいな人間には監督が必要なの」
「やかましいわ。てか、五番目、なんだよそれ」
「昨日、勝手に『#幽霊と暮らしてみた』とか書いてたでしょ?」
「え、見てたの?」
「あなた、スマホ置きっぱなしだったもの。それにしても、あのタグ……『いいね』ってやつ、もう百件ついてるわよ」
「マジ!? バズりかけ!?」
「……バズるって結局何?」
「爆発みたいなもん」
「危険ね」
「いや安全だから」
やり取りのテンポが妙に心地いい。
最初はツッコミ疲れたけど、慣れると不思議と楽しい。
澪は手を拭いて、真面目な顔に戻った。
「これから、あなたと一緒に暮らす以上――ちゃんとした生活にしたいの」
「幽霊のくせに『暮らす』って表現するんだな」
「幽霊だって、放っておくと心が腐るのよ。……死んでるけど」
「おう……。もう、なんか勝てる気がしねぇ」
俺が頭を抱えると、澪は少し笑って言った。
「ま、よろしくね。相棒」
「……え、相棒って」
「だって、二人で住むんでしょう?」
「なんかその響き……青春っぽくてムズムズすんな」
「青春は、まだ生きてるあなたに任せるわ」
俺は思わず吹き出した。
なんだろうな、この変な温かさ。
部屋の空気が、ほんの少し柔らかくなった気がする。
その日の夜。
俺はSNSに「#幽霊と暮らしてみた」第二弾を投稿した。
投稿文はこうだ。
『うちの幽霊、めっちゃ生活力ある』
数時間後、いいねが五百を超えた。
コメント欄は《ネタだろw》《ガチだったら同居したい》と騒がしい。
俺は笑いながら呟いた。
「……案外、悪くないかもな」
その隣で、澪がふっと笑う。
月明かりに照らされた横顔は、やっぱり少し寂しそうで――
俺は、無意識にその表情を見つめていた。




