19 白鳩荘の地下
夜、白鳩荘。
ちゃぶ台の前で、澪がひとりノートパソコンを覗き込んでいた。
古びた天井から吊るされた裸電球が彼女の横顔を淡く照らす。
「なあ、澪。まだ寝ないの?」
「幽霊に就寝義務はないの」
「そろそろ電気代の請求義務が俺に来るんだけど!?」
「経済的観測、了解」
「いやAIみたいにまとめんな!」
そんなツッコミが飛び交う深夜二時。
澪の指先がふと止まった。
「……見つけた」
「え?」
「白鳩荘の内部マップ。しかも、公開図面にはない『階層』がある」
画面に浮かんだ線図には、『B1階・設備室(閉鎖中)』の文字。
「まさか……地下?」
「ええ。おそらく、EIDOLONのコアフラグメントが埋まってる」
「え、ちょ、それ絶対ホラー展開になるやつ!」
「だいじょうぶ。幽霊がいるから」
「頼もしいな、おい!」
澪が立ち上がる。
白いブラウスが夜気を吸って、ひんやりと光を反射した。
「行こう、悠真」
「え、今!? 夜中だぞ!?」
「昼間だと他の住人に怪しまれる」
「お前、怪しまれるとか気にするタイプなの?」
「だって……ほら、幽霊が夜に出ないのも不自然でしょ」
「妙なリアリティ求めんな!」
結局、押し切られる形で懐中電灯を持って外に出た。
廊下の先、非常口の脇に古びた鉄扉がある。
そこに『設備室』の札が斜めに掛かっていた。
「この奥に……?」
「ええ。電子ロックがあるけど、パターンは単純」
澪の手がふわりと光る。
次の瞬間、ロックがカチリと外れた。
「お前、鍵開ける幽霊ってどうなの? すり抜けないの?」
「観測者のためなら、不法侵入も辞さないわ」
「軽く犯罪予告すんな!? でも、ありがとよ!」
扉の向こうはコンクリートむき出しの階段。
古い蛍光灯がちらちらと点滅し、湿った空気が肌にまとわりつく。
「……なんかイヤな感じだな」
「データノイズが強い。ここ、私の『記憶領域』と干渉してる」
「つまり?」
「ここには『昔の私』がいる」
階段を下りるごとに、澪の声が少しずつ震え始めた。
「……思い出してきた。ここ、研究所の『試験室』と構造が同じ。私が最初に『意識転送』を成功させた場所」
「え、このアパート、そんな物騒なもの抱えてたの!?」
「物騒って言わないの。ただの『お部屋』」
「いや表現やわらかくしても怖いもんは怖い!」
階段を下りきった先には小さな鉄扉。
その表面には、手書きでこう刻まれていた。
『もしこの扉を開けるなら――あなたは誰を信じますか?』
澪が指を止める。
目が、わずかに潤んでいた。
「……この文字、私の筆跡」
「お前の?」
「ええ。たぶん、転送直前に書いたんだと思う」
「つまり、ここに『元の澪』が?」
「わからない。でも、答えなきゃ扉は開かない」
静寂。
俺はしばらく考えてから、口を開いた。
「――俺は、『今のお前』を信じる」
その瞬間、鉄扉がわずかに軋み、中から淡い光が漏れ出した。
《認証コード:承認》
《アクセス権限:EIDOLON//MIO.S》
光が澪の頬を照らす。
涙が一筋、静かに落ちた。
「……ありがとう、悠真」
「い、いや……そんな泣くなって!」
「うれしいの。――ちゃんと『私』を選んでくれたから」
「当たり前だろ。目の前の澪が、本物なんだから」
「もう……ほんとに、あなたは観測者バカね」
「褒めてんだよな!?」
「……たぶん」
二人の笑い声が白鳩荘の地下にほんの少しだけ響いた。
その奥では、古びた端末が静かに点滅を始めていた。
《EIDOLON//core fragment: located》(コアフラグメント: 発見)
《signal host: SAKUMA_HARU // permission active》
(シグナルホスト: 佐久間はる// 権限有効)
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