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18 ロマンティック・スリラーツッコミ

 次の日の朝。


 白鳩荘にはまたいつもの穏やかな時間が流れていた。


 昨日のE-05騒動が嘘みたいに、紅茶の湯気も、澪の笑顔も、やけに穏やかに見える。


「……なあ、澪」


「なに?」


「お前さ、寝なくて疲れないの?」


「幽霊が寝てたら、怪談として成立しないでしょ?」


「いや、健康第一とか言ってたろ」


「観測上、私は常に最適稼働中、デス」


「急に機械っぽくなったな!」


 ツッコミながらもどこか安心していた。


 ほんの数日前まで彼女が消えかけたのが嘘みたいだ。


「ねえ悠真」


「ん?」


「昨日、E-05が言ってた『好き』って記憶……。あれ、私、ほんの少しだけ思い出したかもしれない」


「……!?」


 その一言で空気が変わった。


 紅茶の湯気が揺らぎ、外の蝉の声まで遠く聞こえる。


「ほんの断片だけどね。研究所の白い部屋、誰かの笑い声、そして――雨の音」


「それって、例の『ほのか』?」


「わからない。たぶん、もっと前。私がまだ『幽霊』になるよりずっと前の話」


 澪がそう呟いたとき、ちゃぶ台の上のスマホが軽く震えた。


《EIDOLON//data restoration process: active》(データ復旧プロセス: アクティブ)


「……復旧プロセス?」


「ええ。E-05の干渉が逆にトリガーになったのかも」


「じゃあ、記憶が戻ってきてる?」


「部分的にね。けど――」


 澪が、少しだけ不安げな目をした。


「記憶が戻るほど、私が『消える』確率も上がる」


「どういうことだ?」


「EIDOLONは、人の精神をデータとして『再現』するシステム。本来は、完全な記憶復元が終わった時点で『被験者』はシミュレーション内に統合されるの」


「……つまり、お前が『向こう側』に行っちまうってことか」


「そう。完全に再生されれば、今ここにいる私は――上書きされる」


 沈黙。


 蝉の声だけがやけに大きく響いた。


「じゃあ、戻らなきゃいいじゃん」


「え?」


「記憶なんか全部戻さなくていい。今の『お前』がいるなら、それでいいだろ」


「……あなた、ほんとバカね」


「知ってる!」


「でも、そういうバカなところが、私の観測を安定させる」


「どんな科学理論だそれ!? 提唱したやつひっぱたくぞ!?」


 澪が少し笑った。


 その笑顔にほんの一瞬だけノイズが混じる。


「澪?」


「……平気。ちょっと過負荷が出ただけ」


「無理すんな」


「大丈夫。私は強い子だから」


「お前、そう言うとき大体フラグ立つんだぞ」


「ラノベ脳の観測者がうるさい」


「悪かったなラノベ脳で! うるさいぞ俺は!?」


 そのとき、またスマホが震えた。


 画面には新しい通知。


《『#幽霊と暮らしてみた』に新しいコメントがあります》


《――『記録』を返して》


「……誰だこれ」


「送信元、『HN-KA』」


「ほのか……か」


 その名を口にした瞬間、澪の瞳がかすかに揺れた。


「やっぱり、彼女、生きてる」


「けど、何で『記録を返して』なんだ?」


「もしかすると――EIDOLONのコアデータが、まだどこかに保存されてるのかもしれない」


「白瀬澪の記録か……」


「ええ。私自身の『オリジナル』」


 ちゃぶ台の上に置いていた紅茶カップが揺れた。


 光の粒が澪の手のひらに浮かび上がる。


《EIDOLON//core fragment detected》(コアの破片を検出)


《location: unknown // signal strength: 8%》(信号強度: 8%)


「コアフラグメント……」


「つまり、まだ『続き』があるってことね」


「もしかして、行く気か?」


「もちろん。観測者を連れて」


「俺もかよ! まぁ行くけど!」


「当然でしょ。幽霊が一人旅しても映えないじゃない」


「タグ映え基準やめろ!」


 澪がくすっと笑い、手のひらの光がふわりと消えた。


「でも、ありがとう。悠真。あなたが見てくれるから、私はまだ『ここ』にいられる」


「見てるよ。てか、四六時中お前映ってんだけどな」


「じゃあ、明日も、観測続行」


「了解。命がけの日常コメディだな」


「ロマンティック・スリラーツッコミ系ね」


「そんなジャンルないわ!」


 二人の笑い声が朝焼けの白鳩荘に響いた。


 窓の外では日が昇りかけている。


 その赤い光が、まるで過去と未来の境目を映し出すかのように二人を照らしている。


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