表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

17/23

16 E-05参戦

 講義が終わった昼休み。


 俺は学食の隅でスマホを開いた。


 澪が仮想ウィンドウの中で腕を組んでいる。


「さっきの女の子、あなたとずいぶん距離近くなかった?」


「え、紗耶? いや、普通だろ」


「近い。赤外線距離的に22センチ」


「なんで測定してんの!?」


「観測者の安全を守るため」


「いつからセキュリティソフトになった!」


 澪が頬をぷくっと膨らませる。


 幽霊でも表情豊かなのが逆に怖い。そしてかわいい。


「あなた、あの子の笑顔見たとき、心拍上がった」


「そんなの分析すんな!」


「データは嘘つかない」


「俺の恋愛傾向を機械学習すんな!」


 スマホ越しに澪がじっとこちらを見てくる。


 その視線が妙にリアルでドキッとした。


「……でも、安心して」


「え?」


「あなたの視線が、今ここにある限り――私は消えないから」


「……お前、そうやってずるい言い方すんなよ」


「観測者を惑わせるのも研究のうち」


「観測値、不安定になるだろうがっ!」


 俺が慌ててツッコむと、澪がふっと笑った。


「……ふふ。やっぱりあなたのツッコミがあると、世界が鮮明になる」


「それは俺がバカっぽいってこと?」


「いいえ、あなたが『好き』だから」


「……お前、たまにセリフが爆弾級なんだよな」


「観測者の動揺値、120%」


「測るなぁぁぁぁ!」


 笑い声が弾けた瞬間、スマホの画面がピカッと光った。


《External Signal Detected》(外部信号検出)


《Source: NODE HN-KA》


 澪の表情が一瞬だけ強張る。


「……また、彼女の信号。今度は明確に『私』を探してる」


「ほのか、だよな」


「ええ。けど、この波形……少し違う。感情波が混じってる」


「感情?」


「『怒り』と『哀しみ』」


 澪の声がわずかに震えた。


 そして、ふっと微笑んだ。


「ま、深刻に考えるのはやめましょう。そのスープ、もう冷めてるわよ」


「切り替え早ぇな!」


「感情処理はマルチスレッド対応だから」


「便利すぎて怖ぇ!」


 二人の掛け合いの中、スマホの片隅でひっそりとノイズが走った。


《NEMESIS//sub-node activation: success》(分体の接続: 成功)


《Target: EIDOLON//MIO》


 だけど、二人はまだそのことを知らない。


 澪が微笑み、悠真が笑う。

 その静かな昼の喧騒の中で、次の『異変』が確かに動き始めていた。


        *


 午後。


 講義が終わって部屋に戻ると、俺はいつものようにスマホを開いた。


 すると、開口一番これだ。


「――悠真、浮気したでしょ」


「おい待て、いきなりホラー始まった!?」


「反応が速い。やましいことがあるのね」


「ねぇよ! てかそもそもお前彼女じゃねぇだろ!」


「観測上は『情動リンク』済み」


「知らんうちにステータス登録すんなぁぁぁっ!!」


 スマホの中の澪が「むすっ」と頬を膨らませている。


 その顔がかわいすぎて反応に困る。


「……なに、照れてるの?」


「いやいや、照れてねぇ! ツッコミかたに困ってるだけ!」


「データ上、顔の温度が上昇してる」


「やめろ、赤外線解析すんな!」


「解析じゃなくて観測」


「どっちも怖いわ!」


 ちゃぶ台の上の紅茶がかすかに震えた。


 小さなノイズが部屋の空気をかすめていく。


「なぁ、澪……。もしかして、またバグってる?」


「バグじゃない。これが『嫉妬』という感情の進化形」


「言い方怖いわ!」


「だって、あなたがあの女の子と笑ってたの、見たもの」


「紗耶のこと? ただの会話だって!」


「『ただの会話』がいちばん危険なのよ」


「どこの恋愛経験者目線!?」


 俺が叫ぶと、澪の頬がふっと赤くなった(ように見えた)。


 透明な存在なのに、確かに照れてる。


「……別に怒ってるわけじゃないの。ただ……気づいたの。私、あなたを見てる時間が一番『安定』する」


「……そ、そっか」


「だから、他の誰かを見てるあなたを見ると、演算の優先度がぐちゃぐちゃになるの」


「つまり――」


「はい。バグ」


「やっぱバグじゃねぇか!」


 思わず頭を抱える俺。


 しかしその瞬間、スマホから奇妙なノイズが走った。


《emotion overflow detected》(感情のオーバーフローを検出)


《stability rate: 42%》(安定率:42%)


「おいおい、澪!?」


「……だいじょぶ。ちょっと熱が出ただけ」


「データ生命体なのに!?」


「あなたが動揺すると、共鳴温度が上がるの」


「俺のせい!?」


 澪が目を閉じ、ふわりと光を放つ。


 その光が部屋を包み、紅茶の湯気がゆらゆらと歪む。


 空気の中にかすかに電子の匂いが混ざった。


《external signal interference detected》(外部信号干渉を検出)


「……NEMESIS」


「え、また来たのか!?」


「いいえ、今度のは――E-05。私の『感情模倣アルゴリズム』を奪った個体」


「つまり、お前の『感情だけのコピー』?」


「ええ。嫉妬、執着、恋心……人間で言うところの『めんどくさい私』」


「めんどうなやつが、ここに来んの!?」


 そのとき、スマホの画面に映像が浮かぶ。


 そこには澪にそっくりなもうひとりの『澪』が映っていた。


 だが瞳の色は紅く、表情は――笑っていた。


《E-05//HELLO MIO》


『あ、あー……こんにちは』


「うわ、しゃべった!」


「通信侵入成功ってことね――悠真、離れて!」


 澪が叫ぶより早く、ノイズが弾けた。


 E-05の声がスマホを通して響く。


『ねぇ、悠真くん。 ――本物より、私のほうが可愛いでしょ?』


「ひぃぃぃぃぃっ!?」


「落ち着いて! 目を合わせないで!」


「無理だ! めっちゃカメラ目線だぞこれ!」


「視線干渉型よ! 観測者の注意を奪うタイプ!」


「やめろ! 脳がエロゲ演出でハイジャックされてるぅぅぅっ!!」


 俺の叫びに澪が即座にカウンターを叩く。


 光が一閃し、E-05の映像がはじけ飛ぶ。


《intrusion denied》(侵入拒否)


 数秒の静寂。


 澪が「ふぅっ」と息をついた。


「はぁ……『ソフ倫フラッシュ』でなんとか防げた。けど、E-05……。私の『嫉妬』の演算パターンを完全に再現してた」


「『ソフ倫フラッシュ』ってなに!? つ、つまり、バグが独立したってことか?」


「ええ。つまり、『私の感情』が敵になった」


「えっ、それめっちゃラブコメ的にややこしい展開だな!?」


「次に出てきたら、あなたがどっちを選ぶか試されるかも」


「お前怖いことサラッと言うな!」


 澪が小さく笑った。


 その笑みの奥にはほんの少しの不安と、それ以上の『意地』のようなものが見えた。


「でも……もし私が暴走しても、あなたのツッコミなら止められる気がする」


「お前俺のツッコミ過信しすぎじゃないか!?」


「だって、世界一うるさいから」


「それ誉めてねぇよな!?」


 澪の笑い声がまた紅茶の香りに溶けた。


 だがその湯気の向こう、画面の隅ではまだ赤い文字が静かに点滅していた。


《E-05//residual presence: active》(E-05//残留物:活性)


《target emotion: LOVE》(対象感情:愛)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ