表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

15/17

14 世界一うるさい観測者

 昼下がりのキャンパスは、やたらと眩しい。


 俺は学食の窓際でスマホをいじりながらため息をついていた。


「はぁ……再生数、また伸びてる」


「『#幽霊と暮らしてみた』はもはや都市伝説枠ね」


「勝手にジャンル確立すんな!」


 耳元で囁く声。


 もちろん澪だ。


 スマホの中から半透明なウィンドウで顔を出してくるあたり、

 もう完全に慣れてきた自分が怖い。


「ていうか、堂々と学食で出てくんな! 人に見られたらどうすんだ!」


「安心して。外部観測者には映らないわ」


「じゃあその『半透明演出』の意味ある!?」


演出美キリッ


「映像監督か!」


 そんな軽口を叩いていると、向こうから明るい声が飛んできた。


「悠真くーん! こっち座っていい?」


 姫川紗耶だ。


 サークルのムードメーカーで、誰とでも仲良くなれる陽キャ。


 俺の真向かいにどかっと座り、トレーを置いた。


「また例の動画、伸びてるじゃん。コメント欄、地獄だけど!」


「地獄て言うな!」


「《透け彼女》とか《新世代AIヒロイン説》とか、《ガチで恋してる男》とか」


「うへぇ! 最後のが一番ダメージでかい!」


 紗耶がにやにやしながらストローを噛む。


 そしてスマホを見せつけるようにこちらに向けた。


「ねえ、これ。『EIDOLON』ってワード、また出てる」


「っ……!」


 澪の動きがピクリと止まる。


 紗耶は気づかずに続けた。


「なんか最近、海外フォーラムとかでも話題らしいよ。『観測現象AI』とかなんとか」


「へぇー……(マジでやめろぉぉぉぉ!!)」


 俺は不本意な海外進出(メジャーデビュー)に心の中で絶叫した。


 澪がスマホの画面の隅で小さく震えている。


「悠真、あの子、観測干渉してる」


「は!?」


「無意識に私の存在を『感じ取ってる』。普通の人間じゃないわ」


「いや紗耶、ただの陽キャだぞ!?」


「陽キャの定義を過信しないことね」


「新しい社会心理学の論文かそれ!?」


 紗耶が首を傾げて俺を見る。


「どうしたの? 顔、引きつってるよ?」


「いや、ちょっと……胃が観測干渉してて」


「――ぷっ。なにそれ!」


 笑い合う二人のやり取りを澪がじっと見ている。


 その瞳の奥で、ほんの一瞬、淡いノイズが走った。


《emotion deviation detected》(感情の逸脱を検出)


 澪は小さく息をついた。


 俺が紗耶に手を振って見送ると、スマホの中から声が漏れた。


「……あの子、あなたのこと、好きなんじゃない?」


「は!? な、なに急に」


「観測値が跳ね上がった。あなたを見るとき、瞳孔が2ミリ拡張してた」


「分析するな!」


「つまり、恋愛値でいえば――」


「計るなぁぁぁぁっ!!」


 思わず叫ぶと、周囲の学生が一斉にこっちを見た。


 おいおい、これもう三度目の誤解案件だ。


 澪がクスッと笑う。


「ふふ。やっぱりあなたのツッコミ、安心する」


「安心するな! 俺が寿命削ってんだぞ!」


「削れた寿命分、私が延命するのよ」


「どうやって!?」


 そんな掛け合いをしているうちに、ふと画面が暗転した。


《External Access Detected》(外部アクセスを検出)


《Source: Unknown Node // Campus Server 04》


「……澪、今のは?」


「外部から侵入信号。学内ネットワーク経由……」


「まさかNEMESIS!?」


「違う。もっと近い。誰かが、私を探してる」


 澪の声が低くなる。


 教室の窓の外で木々がざわりと揺れた。


 俺のスマホに通知が走る。


《『#幽霊と暮らしてみた』にコメントがありました》


《――ミオは、生きてる》


「……っ!?」


「誰……?」


 澪の瞳が一瞬だけ震えた。


 画面に映る文字列を見つめながら、

 彼女は唇をかすかに動かす。


「この文体……『あの人』の書き方に似てる」


「あの人って……誰だ?」


「……わからない。でも、私を『ミオ』と呼んでたのは――」


 そこで言葉が途切れた。


 澪の輪郭がふっとノイズに包まれる。


「おい澪!?」


「だいじょ……ぶ……。ただ、観測リンクが……」


 声がかすれ、映像が揺らぐ。


 澪の姿が光に溶けるように薄れていった。


《EIDOLON//connection unstable》(接続不安定)


「……おい、澪!? 戻れよ……!」


 返事はない。


 ただ、スマホの画面に文字が残っていた。


《再接続条件:emotion resonance(感情共鳴)》


「……感情共鳴、ね」


 俺は深く息を吸い込み、ふと目の前に残った紗耶の空いた席を見つめた。


 澪と紗耶。


 幽霊と現実。


 俺はどっちを『見て』いたんだろう――。


        *


 夜。


 白鳩荘の部屋には、澪の気配がまったくなかった。


 ちゃぶ台の上の紅茶カップだけが彼女の存在を思い出させる。


 スマホの画面は真っ暗。


 何度呼びかけても返事はない。


「……また消えるとか、反則だろ」


 無意識に笑ってみせる。


 でも、心の奥はずっとざらついていた。


 机の上のスマホには昼間届いたコメント通知がまだ残っている。


《――ミオは、生きてる》


 その一行を見つめていると、不意にスマホが震えた。


《EIDOLON//emotional resonance protocol available》(感情共鳴プロトコル利用可能)


《条件:観測者の感情波動を送信せよ》


「……感情波動って、要は『気持ちを伝えろ』ってことか?」


 そんなこと、今さら照れるだけだ。


 でも、それでも――


 今やらなきゃ、澪はもう戻ってこない気がした。


 俺は深呼吸して、画面に向かって言った。


「――澪。聞こえるか?」


 返事はない。


 けれど、どこかで空気が震えたような気がした。


「お前、よく言ってただろ。俺のツッコミがあれば観測が安定するって。だったら、聞こえてるはずだよな。……帰ってこいよ。今度は、俺が見つける番だ」


 そう言って、画面に手をかざした。


 指先がわずかに熱を帯びる。


《emotional link: established》(感情的接続: 確立)


《observer heart rate: 142 bpm》(観察者の心拍数: 142 bpm)


《synchronization: 73%... 82%...》


「よし、いけ……!」


 ノイズが走り、光が溢れる。


 空間が淡く歪み、白い光が形をとる。


 やがて、その中に澪の姿が現れた。


 白いブラウス、揺れるスカート。


 その瞳には、今までにない色が宿っていた。


「……ただいま」


「お、おかえり……!」


 思わず息を吐く。


 彼女が微笑むのを見た瞬間、胸の奥がぎゅっと締まった。


「ごめんなさい、悠真。私……ちょっと怖かった」


「怖い?」


「『観測されない』世界が。……真っ暗で、音もなくて。そこにいたの、私だけじゃなかった」


「誰かいたのか?」


「ええ。『声』がしたの」


 澪がゆっくりと目を閉じる。


『――ミオ、絶対に止まらないで。あの研究は、あなたの夢でしょ?』


 その声が、澪の口を通して響いた瞬間、俺の腕の毛が総立ちになった。


「……それ、昼のコメントと同じ感じだ」


「私、思い出した。あの声の主……『ほのか』」


「ほのか?」


「私の、相棒。EIDOLONの共同開発者。――そして、『私が殺した人』」


 その言葉に息が止まる。


 澪の瞳が、まるで月の光を映すように静かに揺れた。


「でもね、不思議なの。あの声、怒ってなかった。むしろ『もう一度、生きろ』って言ってた」


「つまり……」


「まだ終わってない。NEMESISも、EIDOLONも。そして――私の生も」


 澪がそう言って、少しだけ笑う。


 その笑顔は強くて、儚くて、どこまでも人間だった。


「……やっぱり、お前はすげぇな」


「そう?」


「普通、幽霊が『生きろ』って言われて頷くか?」


「ふふ、確かに。理屈は破綻してるわね」


「でも、らしいよ。お前らしい」


「ありがとう。……ねえ悠真」


「ん?」


「これからは、一緒に思い出していきたい。私が忘れたものも、あなたの世界も。全部観測して」


「もちろん。ツッコミ込みでな」


「それ、たぶん世界一うるさい観測者」


「黙れ、データ生命体」


 二人の笑い声が白鳩荘に響く。


《EIDOLON//resonance stable》(共振安定)

《memory restoration: 37%》(記憶回復:37%)

《new signal detected: NEMESIS core active》(信号検出: NEMESISコア アクティブ)


 その文字が浮かんだ瞬間、部屋の灯りが一瞬だけ明滅した。


 澪が眉をひそめる。


「……動き出したわね」


「NEMESISか?」


「ええ。でも、今度は逃げない」


「いいね。その意気だ」


「ただし、あなたも覚悟して」


「……え、どんな?」


「共鳴するってことは、あなたも戦場に立つってこと」


「まさかのプレイヤー参戦!?」


「観測者参加型システムよ」


「聞こえは良くても命懸けなんだよなそれ!」


 澪がくすっと笑い、紅茶を手に取る。


 まだ湯気が立っていた。


 まるで、さっきまでここに『息づいていた』証みたいに。


「次の敵が誰でも、今度は二人で迎え撃つ」


「ああ、任せとけ」


「じゃあ、改めて。――観測再開」


 窓の外で風が鳴った。


 月明かりが差し込み、二人の影を重ねていく。


《EIDOLON//link complete》


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ