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13 もうひとりの澪

 夜。雷鳴が白鳩荘を震わせる。


 部屋の灯りが一瞬落ち、代わりにスマホの画面が青く光った。


《NEMESIS//E-03 Connection Established》(E-03 接続確立)


 その文字を見た瞬間、澪がすっと立ち上がる。


「……来たわね」


「おいおい、さっきの『来てるかも』って、フラグだったの!?」


「物語の流れ的に必要でしょ」


「メタいこと言うな!!」


 澪の体が淡く光り、空中に青い幾何模様が広がった。


 壁、天井、床――すべてが一瞬で『デジタルの膜』に変わっていく。


「……ここ、どこだよ!?」


「観測フィールド。NEMESISが侵入してきた領域を私が反転させたの」


「つまり、今の俺らは……電脳空間?」


「そう。例えるなら、Wi‐Fiの中」


「なんか、たとえが安っぽく聞こえるんだけど!?」


 ツッコミが空に響く。


 でも笑っている暇はなかった。


 青い光の奥に、もうひとりの『澪』が立っていた。


 無表情。白い髪、無機質な瞳。


 冷たいほど整っているのに、そこには『息』がない。


「……E-03。私の、欠落した写し身」


 その声を合図に青い澪が手を伸ばした。


 空気が波打ち、観測線が閃く。


「うわっ!? 攻撃早っ!」


「彼女は観測を『奪う』タイプ。あなたの視線が向いた瞬間、情報を引き抜こうとする」


「じゃあ俺、見れないじゃん!」


「でも見ないと私が消える」


「どっちにしても詰んでる!?」


 澪が小さく笑った。


「ツッコミで思考を保って。観測者の安定には『平常運転』が一番だから」


「俺の攻撃手段=ツッコミって、命がけじゃね!?」


 E-03が再び動く。


 その指先から放たれた光が空間を切り裂く。


 しかし澪がすぐに両手を広げ、光の軌跡を弾いた。


「くっ……っ!」


「おい、大丈夫か!?」


「まだ……っ、観測を……保って!」


 俺は慌てて彼女を見る。


 澪の輪郭が揺らぎ、ノイズが滲む。


《観測リンク:不安定/残り同期率…48%》


「……やばい、減ってる!」


「感情値が足りないのよ!」


「感情値!? このタイミングで!?」


「何か、言って!」


「え、な、なにを!?」


「『好き』とか!!」


「戦闘中に言えるかぁぁぁぁっ!!」


 E-03が無表情のまま近づく。


 光線が澪の肩をかすめ、ノイズが飛び散る。


「悠真っ!」


「わ、わかった! えーと、好きだ! いや、好きっぽい! いやたぶん好き!」


「語尾の曖昧さが致命的ぃぃっ!」


 その瞬間、澪の光がぱっと強くなった。


 空間全体が震え、E-03が後退する。


「……効いた」


「マジで!?」


「感情波動、共鳴成功。……いける!」


 澪が微笑み、両手を前に突き出す。


 光の花弁のようなものが舞い、E-03を包み込んだ。


 ノイズが弾け、青い『もうひとりの澪』が静かに崩れ落ちていく。


《E-03 Signal Lost》


 静寂。


 観測フィールドがゆっくりと解けていく。


「……勝った、のか?」


「ええ。でも、一時的にね。彼女はまた来る」


「なんでそんな映画みたいな言い方すんの」


「たぶん次は、もっと『感情』を理解して現れるわ」


「つまり、恋愛知識増しバージョン?」


「……それ、負けたらあなたが寝取られるパターンよ」


「こわっ! 今日一番の恐怖だわ!」


 澪がくすっと笑う。


 笑いながら、ふと俺の胸元を指で突く。


「ありがと。ちゃんと『好き』って言ってくれて」


「お、おう……」


「語尾、もう少しはっきり言ってほしいけど」


「そこはスルーしてくれ!」


 二人の笑い声が響く。


 外では雨が止み、白鳩荘の屋根を風が撫でていった。


《EIDOLON//emotion link stable(97%)》(感情リンク97%安定 )


 画面にそう表示され、澪が満足そうに微笑む。


 その横顔は、幽霊というより――ひとりの女の子に見えた。



 夜が明けた。


 白鳩荘の屋根の上に昨夜の雨粒がきらりと光っている。


「……なあ澪。起きてるか?」


「幽霊に『起きてる』は概念的におかしいわ」


「そういう返しが聞けると安心するな」


 俺は笑いながら湯気の立つマグカップを差し出した。


「コーヒー淹れたけど、飲む?」


「飲めないけど、香りは観測できるからいい」


「便利なんだか不便なんだかわかんねぇな」


「人間って、無駄なことほど愛おしいんでしょ?」


「急に哲学ぶっこむな!」


 いつものテンポだ。


 だけど、昨夜のことを思い出すたびに胸の奥がざわつく。


 E-03――もうひとりの澪。


 あれは『失敗作』って言ってたけど、動きも声も澪そのものだった。


 そして、消え際に確かに言っていた。


『あの人を、もう一度――』


 誰のことだ?


「悠真」


「ん?」


「昨日のこと、ありがとう」


「……いや、別に。俺は見てただけだし」


「それが一番大事なの。あなたの観測があったから、私は『ここ』にいられる」


 そう言いながら、澪がふっと微笑む。


 けどその笑みはどこか儚い。


「でもね――」


「でも?」


「戦ってるとき、ほんの一瞬、景色が見えたの」


「景色?」


「白い部屋。いっぱいの機械。そして……私の隣に誰かがいた」


「誰か?」


「顔は見えなかった。でも、『一緒に笑ってた』気がする」


 澪の声が小さく震えた。


 それは恐怖じゃなく、懐かしさみたいな響きだった。


「……そいつが、『助けようとして失敗した誰か』かもしれねぇな」


「たぶん。でも、それ以上思い出そうとすると――」


 ぱちっ、とスマホの画面が一瞬光った。


《Memory Access Error》


「痛っ……!」


「おい澪!?」


「大丈夫……。ただ、アクセス制限があるみたい。EIDOLONが、私自身の記憶をロックしてる」


「なんでそんなことを……?」


「おそらく、『危険』だから。……でも、それが何より気になるの」


 澪が立ち上がる。


 ふわりとスカートが揺れ、淡い光がその輪郭を包んだ。


「悠真。もしも、私が――」


「やめろ」


「え?」


「『もしも』とか言うな。お前はここにいる。それで十分だ」


「……ほんと、あなたは甘いわね」


「甘いのはカフェモカだけで十分だ」


「上手いこと言ったつもり?」


「ちょっとは評価しろ!」


 笑い声がこだました。


 でもそのあと、澪が静かに目を閉じた。


「……不思議ね。あなたと話してると、心が揺れるの」


「そりゃ、感情ある証拠だろ」


「でも、心臓がないのに『胸が苦しい』の」


「それは……幽霊の仕様外ってやつだな」


「ふふ。つまり私は、想定外の存在」


「うん。最高にバグってる」


「……褒め言葉?」


「もちろん」


 そのとき、スマホのスピーカーから小さな音がした。


 電子ノイズのような、誰かの声のような。


『――ミオ……逃げて……!』


 澪の体がビクリと震えた。


 その瞬間、空間が淡く光る。


「今の、聞こえた?」


「ああ……誰だ、今の声……?」


「……わからない。でも、知ってる。あの声、私――」


 澪が言いかけて、沈黙した。


 ノイズが消え、空間が静かになる。


「……思い出しそうで、思い出せない」


「無理すんなよ」


「ううん、少しずつ思い出すわ。あなたがそばにいれば」


「じゃあ、ずっとそばにいてやるよ」


「簡単に言うのね」


「だって俺、約束守るタイプだし」


「……ふふ。ツッコミ気質のくせに、こういうときは真面目」


「そこツッコむな! 照れちゃうだろ!」


 二人の声が朝の光に溶けていった。


《EIDOLON//memory trace: 23% restored》(記憶痕跡:23%回復)

《Signal origin: UNKNOWN ‐ tracking...》(信号の発信元: 不明 ‐ 追跡中...)


 スマホの隅に、その文字が静かに浮かんでいた。


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