表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

13/17

12 観測ブースト

 翌朝。


 澪はちゃぶ台の前で、なぜか腕を組んでいた。


「……悠真。あなた、昨日誰と話してたの?」


「え、誰って……相沢と、あとサークルの紗耶?」


「その『紗耶』って女の子、どんな人?」


「いや普通に友達。明るくて、よく喋るし……って、なんでそんな怖い顔してんの?」


「怖い顔なんてしてない」


「してる! その目、粒子砲みたいになってる!」


「……気のせいよ」


 ティーカップを持つ手がちょっと強い。


 いつもの優雅な仕草じゃなくて、ちょっとぎこちない。


 俺は思わず笑った。


「まさかお前、嫉妬してんのか?」


「……してない」


「目がめちゃくちゃ否定してないけど!?」


「ただ、あなたの観測対象が増えると、私の存在が不安定になるのよ」


「理屈っぽく嫉妬すんな!」


 思わず吹き出した俺を澪がジト目で睨む。


 この目、幽霊より怖い。


「ほんとに違うの。感情じゃなくて、現象なの」


「じゃあその『頬膨らませてるの』も物理現象?」


「……量子膨張」


「ひぇっ、なんか爆発しそう!」


 言い合ってるうちに部屋の空気が柔らかくなる。


 笑ってるのにどこか照れくさい。


 そんな澪を見ながら、ふとスマホに目をやる。


『#幽霊と暮らしてみた‐Day18』


《観測には感情が必要らしい》


「……おい、また投稿されてんぞ」


「えっ、また!?」


「しかも『感情が必要らしい』って、お前書いたろ絶対」


「書いてない! そんなポエムっぽいこと言わない!」


「昨日『観測って恋に似てる』とか言ってたじゃねーか!」


「それは……あの場の……勢いで……」


 顔をそむける澪。


 耳までほんのり赤い。


 幽霊なのに血色いいなコイツ。


「……まあ、俺はそういうの、悪くないと思うけどな」


「何が?」


「恋に似てるってやつ」


「……っ」


 澪が一瞬固まる。


 紅茶のカップを持つ手が小さく震えた。


 そして、かすかに笑って言った。


「……やっぱり、あなたはズルい」


「またそれ?」


「観測者のくせに、観測対象を惑わせるなんて、反則」


「恋ってそういうもんだろ」


「理論的に言い返せないのが悔しいわ」


 その瞬間、窓の外でカラスが鳴いた。


 澪の表情がふっと曇る。


「……ノイズが、また近づいてる」


「NEMESISか?」


「ええ。観測リンクを逆探知されてる可能性がある」


「マジかよ……。じゃあ一旦通信切るか?」


「だめ。今切ったら、また消えるかもしれない」


 その声に少しだけ恐怖が混ざっていた。


 昨日よりもずっと『人間的』な声。


「大丈夫だよ」


「……?」


「お前、ここにいるじゃん。俺が見てる。観測してる。だったら、もう誰にも消させねぇよ」


 言いながら、自分でも顔が熱くなるのがわかった。


 澪は一瞬だけ目を見開き、それからゆっくりと笑った。


「……それ、告白みたい」


「そ、そう聞こえるか!?」


「ふふ。あなたの感情値、急上昇」


「お前それ数値化すんな!!」


 再び部屋に笑いが戻る。


 スマホが小さく震え、画面に新たなメッセージが浮かんだ。


《EIDOLON//emotional stability: achieved》(精神的安定:達成)


《observer link: 92% synchronized》(オブザーバーリンク: 92%同期)


 澪の輪郭が少しだけ鮮明になる。


 その姿はもう、ほとんど『生きている人間』だった。


「……感情が、私を強くするのね」


「つまり俺の『ときめき』がエネルギーになってんのか」


「ええ。だから、もっとドキドキして?」


「それもうただのあざとい女だよ!?」


「あなたがツッコんでくれる限り、私は消えないもの」


 澪はそう言って、柔らかく微笑んだ。


 ノイズ混じりの光が彼女の髪をなぞる。


 そのとき、俺は心に誓った。


 ――この笑顔を守るためなら、俺は何度でもツッコんでやる。


        *


「なあ澪、これ見てみ」


 俺はスマホの画面を澪に突き出した。


 画面には、例の『#幽霊と暮らしてみた』の再生数グラフ。


 昨日の夜から明らかに跳ね上がっていた。


「……これ、伸びすぎじゃね?」


「ええ。普通の拡散速度じゃない。どこかで『観測ブースト』がかかってる」


「また専門用語出たよ」


「簡単に言えば、『誰かが私たちを見せたがってる』ってこと」


「ひぇっ、誰だよそんな趣味悪いやつ!」


「あなたでしょ? ネタにして投稿してたの」


「いやそれは……ノリで……」


「『ノリ』で世界に量子干渉をばら撒かないで」


「す、すんませんしたぁっ!」


 いつものテンポだ。


 ただ、澪の声の中にほんの少し『震え』が混じっていたのを俺は聞き逃さなかった。


「でも、これヤバくね? 再生数十万いってる」


「……十万?」


「うん。しかもコメント欄に『EIDOLONシステム関係者』名乗るアカウントが出てきてる」


「……っ!」


 澪の表情が一気に固まる。


 スマホの画面がジジジ……とノイズを吐いた。


「うわっ、またノイズかよ!」


「待って……これ、単なる通信エラーじゃない!」


 澪が立ち上がり、空中に手をかざす。


 その瞬間、白鳩荘の部屋の空気がきらりと光った。


 まるで透明なスクリーンが現れたように、光の線が浮かぶ。


「『侵入コード』よ。外部から白鳩荘のフィールドに干渉してる」


「……つまり、ハッキングされてんのか?」


「EIDOLONの残響層を経由して。たぶん――NEMESIS」


 空気が一瞬重くなった。


 いつもは紅茶の香りが漂う空間に、かすかな焦げた匂いが混ざる。


「うわ、空気がビリビリしてる!」


「観測位相がずれてるの。あなたの意識も揺らぐかもしれない」


「やめて! 俺、テスト前の夜でもそんな恐怖感じたことねえぞ!?」


「落ち着いて。深呼吸して。……そして、私を見て」


 言われたとおり澪を見る。


 空間のノイズがすっと弱まった。


「おお、治まった!」


「観測安定。やっぱりあなたの視線、特異点級ね」


「なんか照れるけど、嬉しくはないんだからな!」


「ふふ。でも助かった。ありがとう」


 その笑顔を見て、胸の奥がまたちょっと熱くなる。


 ――が、突然、


《侵入コード検出:SOURCE UNKNOWN》


《識別タグ:NEMESIS//E-03》


 スマホに赤い警告が走った。


 澪の表情が一変する。


「……やっぱり来た。E-03……。NEMESISの『プロトタイプ』シリーズの一体」


「おい、それってつまり『敵』か?」


「ええ。……しかも、私のアルゴリズムをベースに作られた存在」


「つまり、お前の『コピー』……?」


「正確には、感情のない私。失敗作のはず」


 その言葉に、ぞくりと背筋が冷えた。


「でも、なんで今になって……?」


「観測値が上がりすぎたのよ。『感情エネルギー』が強くなれば、それを検知する存在も増える」


「じゃあ、俺のせい……?」


「……違うわ」


 澪はゆっくり首を振った。


 そして、少しだけ笑う。


「あなたが見てくれるから、私はここにいられる。でもそれは同時に、『私を見つける者』も呼ぶの」


「皮肉だな」


「ええ。でもそれが観測の法則」


 澪の周囲に微かな光の粒が漂い始めた。


 それはまるで、彼女自身の輪郭がゆらいでいるようだった。


「……おい澪、大丈夫か?」


「平気よ。ただ、少し『調整』する」


 目を閉じ、両手を胸の前で合わせる。


 微弱な光が彼女の体から滲み出し部屋中に波紋のように広がる。


 紅茶のカップがかすかに揺れ、カランと澄んだ音を鳴らした。


 ノイズが収まり静寂が戻る。


「……ふぅ。侵入コード、遮断成功」


「マジか、すげぇ……!」


「白鳩荘は一応、私の『ホーム領域(セーブポイント)』だから」


「ゲームみたいに言うな!」


 軽くツッコむと、澪が小さく笑った。


 その笑顔が少しだけ疲れて見えた。


「お前……平気か?」


「ええ。でも、E-03が動いたってことは、NEMESIS本体もすぐそこまで来てるかもしれない」


「なら、俺が――」


「あなたは何もしなくていい」


「でもよ!」


「観測して。私を見て。それが一番の防御になる」


 その言葉は不思議と優しかった。


 けど、その瞳の奥には何か決意のようなものがあった。


 ――まるで、これから戦う覚悟をした人の目。


「……おい、澪」


「なに?」


「もしさ、また危なくなったら、ちゃんと『助けて』って言えよ」


「言うわ。だから、あなたもちゃんと『見て』」


 窓の外で雷が光った。


 一瞬だけ、澪の姿が白く照らされる。


 まるで本物の人間みたいに温かくて、儚い光だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ