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11 リコネクト

 翌日。俺はいつも通り大学の正門をくぐっていた。


 空はやけに澄んでいて、まるで何事もなかったみたいだ。


 だけど胸の奥では昨日の『動画事件』がずっと尾を引いていた。


「……あれ、マジで夢だったってことにしねぇ?」


「だめよ。観測された時点で、それは『記録』になってるもの」


 耳元で聞こえるのは、もちろん澪の声。


 今は姿を見せてない。


 ――というか、見せると普通にヤバい。


 幽霊が大学のキャンパスをふらふらしてたら、たぶん翌朝のニュースでバズる。


「おい、見えない位置にいるって言ったけど……どこだよ」


「あなたのスマホの中」


「えっ」


「EIDOLONの残響体をスマホのOSにリンクしたの。これで通信安定」


「それ、ウイルスの説明テンプレみたいなんだけど!?」


「安心して。使うのは電波とあなたの視線だけ」


「俺、感染しちゃってるじゃん!」


 と、そこへ現れたのは俺の友人相沢(あいざわ)レン。

 いつも寝ぐせを直さずに来る天才タイプ。


 今日も例によって片手に菓子パン、もう片方にスマホ。


「よう悠真。お前、最近バズってんじゃん」


「は? 何が」


「『#幽霊と暮らしてみた』だよ。昨日あたりから妙に再生数伸びてるぞ。再投稿した?」


「してねぇよ! あれ勝手に上がってんだって!」


「勝手にって……こわ」


 レンがスマホをこちらに向ける。


 そこには俺が知らないサムネイル。


 白鳩荘のちゃぶ台。


 そして、うっすら映り込んだ『白い影』。


「おい待て、これ……!」


「誰だよこれ。彼女? やるじゃん、幽霊系美少女か?」


「ちがっ……てか幽霊系美少女ってどんなジャンルだよ!」


「だってタグついてるぞ。『#透け彼女』って」


「勝手に派生タグ生やすなぁぁぁぁぁ!」


 俺の叫び声がキャンパスに響いた。


 近くを歩いてた女子学生がこっちをチラッと見る。


 終わった。完全に不審者だ俺。


 レンはにやにやしながら続ける。


「ま、でも見ろよ。コメント欄、『ガチかフェイクか論争』で炎上してる」


「炎上とかいらねぇ! いますぐ鎮火しろ!」


「『この子、EIDOLON絡みじゃね?』って言ってるやつもいるな」


「……今、なんて?」


 心臓が一拍ずれた。


 EIDOLON――昨日、澪が口にした名。


 普通の学生が知ってるはずない。


「どこで聞いたんだ、その単語」


「知らん。スレッドの方で出てた。『EIDOLONプロジェクトが動いてる』とか、『観測ノードの再起動』とか」


「観測ノード……」


 ポケットの中でスマホが小さく震えた。


 澪の声が低く囁く。


「悠真。帰ったらログを解析させて。『観測ノード』なんて、一般には遣わない言葉」


「ってことは――」


「誰かが、EIDOLONに直接アクセスしてる」


 その瞬間、キャンパスの中庭を通り抜ける風が、一瞬だけピタリと止まった気がした。


 ざわめきが消え、世界が『息を潜めた』ような感覚。


「……おい、今の感じ」


「感じた。干渉だわ。NEMESIS(ネメシス)の……」


 澪が言いかけたそのとき。


 視界の端でカラスが一斉に飛び立った。


 黒い羽が空を切り裂く。


 スマホの画面がバチッと光った。


《NEMESIS//TRACE 01》


《――signal acquired.》(信号を取得)


「おいおいおいおい、今なんか英語出たぞ!?」


「落ち着いて。……悠真、今すぐ電源を切って」


「え、でも投稿とか……」


「電波で観測されてる。切断しないと、私が――」


 そこで音が途切れた。


 スマホの画面が一瞬真っ黒になる。


 そして、再び立ち上がったとき。


《信号エラー:観測対象消失》


「おい……澪?」


 呼びかけても、返事がない。


 まるで電波の向こうに澪が連れてかれたように感じた。


 そのとき背後から声がした。


「新城くん? 大丈夫?」


 振り返ると、そこには同じサークルの姫川(ひめかわ)紗耶(さや)が立っていた。


 明るくて快活、キャンパスのアイドルみたいな子だ。


 ……そして、状況を何も知らずにニコッと笑う。


「顔色悪いよ? また夜更かし?」


「いや、その……ちょっと通信がバグって」


「ふーん。最近多いよね。なんか『観測障害』とか言われてるやつ」


 その言葉に血の気が引いた。


『観測障害』――一般ニュースで流れるには早すぎる単語。


 NEMESISが、すでに動いてる。


 紗耶が小首を傾げて、無邪気に言う。


「ねえ、今日の放課後さ、ゲーム研来るでしょ? 『#幽霊と暮らしてみた』の話、みんなでネタにしてるから!」


 ――この日から、俺の『現実』のほうも静かに狂い始めた。


        *


 帰り道、俺はずっとスマホを見つめていた。


 画面は沈黙したまま、どんなボタンを押しても反応しない。


 EIDOLONのロゴが一瞬点いて、すぐに消える。


「……まじで消えたのか」


 通学路の夕陽がやけに冷たく感じた。


 あれだけうるさいほど喋ってた澪の声が、ピタリと止まっている。


 スマホが重い。手の中の金属の塊が、まるで心臓の鼓動を奪ったみたいだ。


「こんなに静かなの、久しぶりだな……」


 つい口に出して、すぐに後悔した。


 言葉にした瞬間、本当に彼女が『いない』気がしてしまったからだ。



 夜。白鳩荘に戻っても、部屋は沈黙していた。


 ちゃぶ台の上の紅茶カップは今朝のまま。


 澪がいないだけでこんなに空気が冷えるのか。


「……おい、澪。冗談だよな」


 返事はない。


 幽霊のくせに消えるって、どういう理屈だよ――いや、冷静に考えると普通なのか。


 机の上のスマホが、ふっと光った。


 画面には見慣れない文字列が流れている。


《reconnect sequence initializing》(再接続配列の初期化)


《observer link detected》(オブザーバリンクを検出)


「お、来たか……? 澪!?」


 画面が一瞬白くなり、ノイズが走る。


 そして、聞き慣れた声がかすかに届いた。


「……ゆ、うま……?」


「おおっ!? 生きてた!? いや、生きてないけど!」


「うるさい……ノイズがまだ……安定しない……」


 音が途切れ途切れに聞こえる。


 でも、確かに彼女の声だ。


「何があったんだよ、急に消えるとか心臓止まるかと思ったぞ!」


「あなたの心臓が止まったら困るわ。賑やかしがいないと、退屈だから」


「ったく、元気そうだな、おい!」


 そのとき、ノイズがひときわ強くなった。


 部屋の電気が一瞬チカッと明滅する。


 紅茶のカップが小さく震え、音を立てた。


「……くっ、干渉が強い。NEMESISが完全に接続ルートを開いたわ」


「お前、やっぱり狙われてんじゃねぇか!?」


「たぶん、私の『残響コード』を捕捉されたの。でも、あなたの観測が続いてるおかげで、ぎりぎり戻れた」


「つまり俺の視線が命綱ってことか」


「そう。だから、しっかり見てて」


 声のトーンが一段低くなり、その瞬間、スマホの画面に澪の姿が映し出された。


 白いブラウス、膝丈スカート、少し乱れた髪。


 でもその表情はどこか切なげだった。


「……悠真。私、ひとつだけ覚えてるの」


「何を?」


「『誰かを助けようとして、失敗した』ってこと」


 その言葉に息を呑んだ。


 澪が見上げる。瞳の奥にかすかな恐怖と後悔が揺れていた。


「たぶん、それが――あの研究の最後の日」


「……その『誰か』って」


「分からない。でも、私にとって大切な人」


 沈黙。


 風が窓を鳴らした。


 その中で、澪がわずかに笑った。


「ねえ、悠真」


「ん」


「今こうして私が話せてるの、奇跡みたいね」


「まあ、スマホから幽霊出てくる時点で奇跡だろ」


「違うわ。あなたが私を見続けてるから、奇跡が起きてるの」


 そう言って、澪の映像がふわりと微笑む。


 スマホのカメラランプが自然に点灯した。


 画面の中の澪が俺を見つめ返していた。


「ねえ悠真」


「なんだ」


「『観測』って、きっと恋に似てるのね」


「……お前、今さらロマンチックなこと言うなよ」


「ふふ。照れてる」


「ばっ、照れてねぇ!」


 ツッコミを入れながらも、

 画面越しの彼女の笑顔に胸の奥が温かくなった。


「……とりあえず、リコネクト成功ってことでいいんだな?」


「そうね。接続安定。EIDOLON再構築、完了」


「よかった……」


「ただし、観測リンクの再接続は『感情値』が大きく影響するみたい」


「感情値?」


「あなたが私をどう『感じてるか』で、私の存在が安定する」


「つまり……俺が、お前をどう思ってるかってことか?」


「ええ。だから、変なこと考えたらダメよ」


「……いや、無理だろ! そんなこと言われたら余計に考えちゃうわ!」


「ふふ、観測エラー確定ね」


 笑いながら澪の映像が少しだけ近づいた。


 画面の中で彼女の唇が動く。


「――ありがとう。戻してくれて」


 その声が、まるで風の音と溶け合うように響いた。


 次の瞬間、画面がふっと暗くなり、ちゃぶ台の上の紅茶カップが小さく鳴った。


『生きてる音』が、またひとつ増えた気がした。


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