夫不在の新婚生活 4
「もう……無駄遣いです」
「金の使い道を見つけられずに困っていた」
涼しい顔をして私の横に座る彼を睨めつける。
私は今、店で試着したドレスを身につけている。
お揃いの靴も、メイクアップまでされてしまった。
さらに、アレンディオ様の瞳の色の指輪まで。
「指輪……ありがとうございます」
「ああ、丁度俺の瞳の色の宝石の指輪があって良かった」
「サイズもぴったりです」
「――それは良かった」
なんとなくだが、この指輪だけは事前に用意されていたのではないかと思う。
もちろん確証はないし、わざわざ聞くこともできないが……。
「そういえば、アレンディオ様は家でくつろぐとき以外、王立魔術師としての制服ですね」
「制服さえあれば事足りる」
「……」
ちょっとだけ怒りが湧き起こってきた。
この怒りは、服をたくさん買われたからではない。
アレンディオ様が、私に服を買いながら、自分には買わなかったことだ。
「――そうですね」
「ん? どうした?」
「今度服を買いに行くときには、アレンディオ様とお揃いがいいです」
「……」
アレンディオ様は、目を軽く見開いた。
そして、みるみるうちに、彼の頬は赤くなって、その赤みは耳にまで広がった。
「……」
「……」
馬車の中が、妙に暑い。
「う……君が望むなら、やぶさかではない」
「そ……そうですか」
私たちは、互いに反対側の車窓を眺め、そのあとは沈黙の時間が過ぎていった。
「とりあえず……フィアレ侯爵家に行く予定だ……結婚報告がまだだからな。もうすぐ着く」
「どうしてそういうことを先に言わないのですか!」
「君が可愛いから言いそびれた」
「言い訳が……下手すぎます……」
「言い訳ではない」
そうこうしている間に、馬車はフィアレ侯爵家の恐ろしいほど大きい門をくぐってしまうのだった。
* * *
フィアレ侯爵家は、代々筆頭魔術師を輩出してきた家柄だ。
しかし、アレンディオ様の祖父の代から強い魔力を持った子どもが生まれずにいた。
アレンディオ様が庶子であるにもかかわらず、正式な侯爵家の子として引き取られたのは、そういった事情もあるという。
「アレンディオ! まったくあなたという人は!」
「母上……」
アレンディオ様に詰め寄っている人は、フィアレ侯爵夫人――アレンディオ様にとっては義理の母親になる。
だが彼女は、自分の子どもたちと同じようにアレンディオ様のことを育てたそうだ。
「――ふう。でも、間に合って良かったのかもしれないわね……あなたはやっぱり、誰よりもフィアレ侯爵家の血を濃く継いでいるのね」
「……」
フィアレ侯爵家の血とは、魔力のことだろうか。
それだけ言うと、フィアレ侯爵夫人は私のそばに歩み寄った。
「ご挨拶が遅れました。アレンディオの母のレイラ・フィアレです」
「――シエラと申します。ご挨拶が遅れて申し訳ありません」
「大丈夫。そもそも、アレンディオがすべてを飛ばしてあなたを手に入れたのがいけないのだし」
――それは否定できないな、と思いつつ曖昧に笑う。
「シエラ君、王立学園以来だね」
「フィアレ侯爵……ご無沙汰しております」
アレンディオ様の父であるフィアレ侯爵とは、王立学園在学中にお会いしたことがある。
とても気さくで優しい方だ。アレンディオ様とも性格がよく似ているように思う。
「まったく、アレンディオときたら……。話は聞いた、大変だったと思うが、アレンディオにとっては幸運だったな」
「父上!」
アレンディオ様がなぜか慌てながらフィアレ侯爵の言葉を遮った。
不思議に思いながらも、歓迎されていることに安堵する。
アレンディオ様の母親違いの兄弟たちは、今日は不在だった。
だが、私とアレンディオ様が結婚したことについては喜んでくれているという。
その日は結局、昼食をご一緒してから屋敷に戻ることになった。
* * *
それから、時間は過ぎていき、アレンディオ様は何回か遠征に行っては帰ってくることを繰り返した。
ほとんど屋敷にいることがない――少し寂しいけれど、お飾りの妻なのだからしかたがないことだ。
「いい天気ねぇ」
空を見上げれば、この上なく青い。
晴れやかな気分で、私は散歩する。
後ろから何人か護衛が隠れながらついてきていることにも、もう慣れつつある。
「――久しぶりだな」
元婚約者ウィンター子爵令息が、道の角を回ったところに立っていた。
反射的に、ジリジリと後ろに下がる。
「レオン様……いいえ、ウィンター子爵令息」
「他人行儀だな、シエラ」
名前を呼ばれるだけで、嫌悪感を覚えた。
それにしても、どうして今さら私の前に現れたのか。
しかも私はすでに、アレンディオ様の妻になっている。名前で呼ばれる筋合いもない。
「事実、完全なる他人です」
「婚約解消は取り消す」
「は……?」
彼は私との距離を一歩詰める。
一度振り返ると、護衛たちが血相を変えて走り寄ろうとしていた。
少しだけ会話を交わしているうちに、すぐにここまで来てくれるだろう。
話を聞く振りをしながら時間を稼ぐ。
「――あの女、俺の子だと言っておきながら違う男とも関係を持っていた」
でも、それは私にとってもう何一つ関係がないことだ。
ウィンター子爵令息が浮気していたことには変わりないし、なにより私はすでに、アレンディオ様の妻なのだ。
だが、レオン様がそのことを知らないのも無理はない。
私たちは神殿に婚姻届を提出した正式な夫婦だが、結婚式をしていない。
アレンディオ様と私が夫婦になったことを知る人は、まだほとんどいないのだ。
「思えばお前は従順で、いい女だった」
「……っ」
ウィンター子爵令息の手が、私の頬に触れかけたそのとき、バチンッと激しい音がした。
直後に、ウィンター子爵令息は手を押さえてしゃがみ込んでいた。
「気安く触れるな――彼女は俺の妻だ」
振り返ると、アレンディオ様が目の前に立っている。
ウィンター子爵令息は、怒りを交えて怒鳴った。
「は……? 何を言っている! 王命により結ばれた婚約、申し出てはいるが、あれからまだ二月だ! 婚約解消の手続きには時間がかかる。まだ解消されていないはずだ!」
「――即、貴様の有責で婚約破棄となり、陛下から結婚が認められたに決まっているだろう。だから、さっさと消えてくれ」
「「は……?」」
私とウィンター子爵令息の声が完全に重なった。
その直後、なぜかアレンディオ様はひどくいらだったような表情を浮かべた。
すると、ウィンター子爵令息の体を火花が包んで、バチンッと再び大きな音がした。
「――ぐっ」
「彼女はこのアレンディオ・フィアレの妻だ。もしこれ以上言い分があるなら、貴様との婚約破棄を認め、俺との結婚を認めてくださった国王陛下と神殿長猊下の前で聞こう。ああ、そうだ……婚約破棄の慰謝料はフィアレ侯爵家宛てに頼む」
ホッとしたからだろうか……先ほどからめまいがする。
アレンディオ様が、再び手に魔力を集め始めた。
その直後から、強いめまいと吐き気を覚える。
ウィンター子爵令息は、走り去っていった。
アレンディオ様が、手に集めていた魔力を霧散させると、吐き気は急に収まった。
「う……」
「シエラ! 大丈夫か?」
「ええ、大丈夫です……」
めまいや吐き気はすぐに消えていた。私はアレンディオ様に微笑みかけた。
「助けてくださってありがとうございます。でも、どうしてここに? まだ、遠征先にいたはずですよね?」
「護衛から緊急連絡が来たから、転移魔法を使って戻ってきた」
「転移魔法なんて……高等魔法じゃないですか。しかも、遠征先からなんて、どれほどの距離を……」
「……」
「緻密な魔法陣と最上級の魔石を消費して発動するはずです……どれほどの金額を掛けたのですか」
アレンディオ様の視線が、私の指に向いた。
最初に服を買ってもらったあの店で、買ってもらった指輪だ。
ここで改めて、指輪を見つめる。
普通の指輪だと思っていたけれど、金色の宝石は色を失い透明になっていた。
「……これ、魔石だったんですか。しかも魔石と留め具の間に魔法陣を仕込んでいたんですね」
巧妙に隠されているが、ヒントさえあれば気がつける。
「君が身につけていてくれて良かった」
護衛をつけるほどだ。きっと、誰かに狙われる恐れが高かったのだ。
指輪があらかじめ用意されていた様子だったのが不思議だったが、私の身が危険にさらされたときにアレンディオ様が駆けつけるためだったのだ。
「ありがとうございます。あの……顔色が悪いですよ」
「……君こそ、大丈夫なのか?」
「え?」
手を引かれた。いつものことかと思ったら、アレンディオ様は途中で力を緩めた。
「いや、引っ張って転んだら大変だ」
「あの……どういうことなのですか?」
「聞いたとおりだ。それ以外に意味などないだろう?」
ふわり……と足元が浮かんだ。
アレンディオ様が魔法を使ったのかな、と思ったけれど、違う。
お姫様みたいに、抱き上げられていた。
「わ……」
アレンディオ様は、早足で歩き出す。
困惑しながらも、恥ずかしくて何も言えずにいると屋敷に着いた。
使用人たちが出迎える。誰もがうれしそうな表情を浮かべている。
「下ろしてください!」
「転んだらどうする!」
「転びませんけど……?」
けれど、アレンディオ様は私を下ろしてはくれなかった。
* * *
彼は夫婦の部屋まで来ると、それはもう壊れ物でも扱うように、私をベッドに座らせた。
「本当に……大丈夫なのか?」
「さっきから、どうしたんですか」
彼のほうがよほど大丈夫に見えない。
意地悪っぽく笑ったり、強引だったり……学生時代に知っていた彼と違う行動を何度も見てきたけれど、今の彼は明らかに動揺している。
「月のモノ……は」
「え? そういえば、遅れて……えっ?」
アレンディオ様の言うとおり、ちょっと月のモノが遅れている。
でも、ここ最近、環境が変わったり、熱中することが多かったりして気にしていなかった。
「まさか……」
「――っ、君の中に、君のものではない魔力がある」
強く抱きしめられていた。
でも、それは一瞬で、彼はあっという間に腕の力を緩めた。
それから、恐る恐る……繊細な物を扱うように、私のことを抱きしめ直す。
「どうして……だって、たった一回で……私たちの魔力の量はすごく違って……」
「俺にだって信じられない。でも、確かにいる」
彼は私から腕を放す。
顔を見て驚いた。
彼の金色の目からは、大粒の涙がとめどなくこぼれ落ちている。
「あの……」
「本当に……?」
「だって、私はあの夜が初めてで……」
「それはわかってる……」
疑われてしまったかと思ったけれど、違う。
彼は、自分の子どもだと言った。魔力でわかった、と。
信じていないんじゃない。感情が処理できていないだけなのだ。
「君を一度は、諦めたのに」
「え……?」
初めて聞いた、その言葉。
表情からは、彼が何を考えているのかは読み取れない。
その代わりに、彼がたくさんの出来事を振り返っていることだけがわかった。
抱きしめられれば、感じられるのは体温と心臓の鼓動だけ。
あと少しすれば、そこにお腹を蹴る元気な足の感触が感じられることだろう。
――不安には思わない、と言えば嘘になる。
でも、今はそれ以上にうれしい気持ちで一杯だ。
「俺の……家族」
「ええ、でもそこに私も加えてくださいね」
「君が……俺の、家族に」
「そういう意味では、夫婦なのですからもう家族ですけど」
「――違いない」
そこから先は、二人とも涙のせいで上手くしゃべれなくなってしまった。
この涙は、いつもよりも温かい。
幸せに思いながら、私たちはしばらくの間、抱きしめ合っていた。
ここまでおつきあいいただきありがとうございます。
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