筆頭魔術師様のお飾り妻 4
「断る理由がない……」
「断られたら困るよ、可愛いシエラ」
「「……っ、娘をよろしくお願いします!」」
アレンディオ様にとって、お人好しな父と母を説得するなど朝飯前だったのだろう。
朝食の時間に父と母に会ったアレンディオ様だったが、昼食にはすでに家族のように打ち解けていた。
「いや、まさかレオン殿がそんな男だったとは……結婚前にわかってむしろ良かったかもしれません」
「そうですね。本当に許しがたいことですが、俺にとっては良いほうに転がったようです」
「先ほど仰っていましたが、もしや娘のことは学生の頃から?」
「ええ、学生の頃から密かに……」
「でも、うちの娘は本当に平凡で……」
「娘さんがいいんです……」
「まあまあ!」
父と母は、すっかりアレンディオ様が気に入ったようだ。
学生時代に何回か学業でお世話になっていると話していたことも功を奏したのだろう。
「……さて、早速だが結婚の手続きに行こう」
父と母がこんなに喜ぶなんて思ってもみなかった。
本当にお人好しすぎて、すぐにだまされていまいそうだ。
「――ところで、どうしてご両親は君のことを平凡だと思っている?」
「事実、平凡な男爵令嬢です」
「――魔力がないから次席に甘んじていただけの才媛が平凡……ね」
「何か言いました?」
「いや、さて馬車を呼んである。中央神殿に向かうぞ」
「展開が早すぎるんですが……」
滑らかで力強いエスコートで馬車に乗り込む。
気持ちの整理がまだついていないのに、馬車は走り出してしまった。
「……君の気が変わらないうちに」
「むしろ、アレンディオ様に検討する時間が必要だと思います」
「今日この日まで、十分悩み抜いた……」
アレンディオ様は、私の髪を一房手のひらにのせて口づけを落とした。
彼の唇が私の髪に押し当てられるのは、目を瞑って唇を合わせるよりも恥ずかしいかもしれない。
気持ちの整理がつかないまま、馬車は中央神殿へと向かうのだった。
* * *
中央神殿の入り口には長い行列ができていた。
移住や出産、結婚など、神殿は精霊に祈りを捧げる場であると同時に、住民を管理し生活を守る上での機能も担っている。
王都では、特に混雑が顕著だ。人がたくさんいるにもかかわらず、神殿の数は限られている――とくに中央神殿は、いつでも行列ができている。
この混雑具合から、二時間くらい並ぶのは覚悟しなければならないだろう。
「長期の遠征が直近に迫っているから、結婚式はあとになるが……」
アレンディオ様は、筆頭魔術師としてこのミラベル王国の安全のために日々尽力している。
長期遠征ということは、おそらく国境付近の魔獣討伐任務だろう。
この国の中心部は安全だが、国境の辺りには魔獣が多く出現する。
私たちが安全に過ごせるのは、魔術師様や騎士様が平和のために戦ってくださるからなのだ。
「そんなにお忙しいときにこんなところで時間を使って大丈夫なのですか?」
昨晩だって夕方に会って、そのまま一緒に一晩過ごし、今日は昼過ぎまで我が家で。
忙しいはずなのに、このまま行列に並んだら夕方過ぎになってしまう。
「君は俺のことを誰だと思っている?」
「あいかわらず自信満々ですね」
半眼で睨めつけると、アレンディオ様は笑った。
「他人行儀だな――夫婦になるんだぞ?」
「……そういえば、そうでしたね」
彼と結婚することになるとは想像もしていなかった。
王立学園時代、同級生だった彼に憧れる女性は星の数ほどいた。
でも彼は恋愛よりも魔術の研究に興味があった。
たまたま魔術学の座学の成績が近い私とは、よくペアになったけれど……。
もしかしたら、子どもが好きではないのかもしれない。
妻として大切にしてくれるとも言ったが、最低限だろう。
――その割には、昨日はとても優しくて大事にしてくれた気もするけれど……?
婚約者とは結婚してから関係を持つ予定だったし、ほかに比べる相手もいない。
ごく普通だった……といえば、そうだったのかもしれない。
「列に並ばないと終わりませんよ?」
「ちょうど、神殿長に話がある。結婚の手続きも神殿長にしてもらえばよい」
「神殿長に――そんな雑用を?」
「君は何を言っている。筆頭魔術師の結婚だ……おそらく盛大な式を執り行う羽目になるし、そうなれば多くの寄付金が神殿に流れ込む――稼ぎ時だ」
「え……神聖な神殿にお金なんて」
「良い意味でも悪い意味でも、神殿は金を必要としている」
アレンディオ様はそれだけ言うと、スタスタと先に行ってしまった。
確かに神殿は盛大ないくつもの祭りを執り行うし、子どもたちのための養護施設の運営もしている。
他国との調整も担っているし、ときに国政に意見することもある。
――確かに、多額の資金が流れていることだろう。
「フィアレ様――よくぞいらっしゃいました」
「ああ、神殿長……久しぶりだな」
「ご活躍は常々……ところで、こちらのご令嬢は」
「妻になる人だ。とりあえず、婚姻届を頼む」
「は!?」
どちらかといえば、私も神殿長と同じ気持ちだ。
筆頭魔術師様ほどの方の結婚は、通常何か月もあるいは一年以上かけて準備するはずだ。
――アレンディオ様の笑みに何も言えなかったのだろう。
神殿長は、速やかに手続きを完了してくださった。
そのあとは、なぜか国の中枢に関係するような話題に同席する羽目になった。
つまり、私との結婚はアレンディオ様にとって、本当に重要な打ち合わせのついでのような、さっさと処理してしまいたい程度のものだったのである。
* * *
「さて、今日から屋敷で過ごしてもらう」
「それにしても急ですね……」
「不便な思いをさせるつもりはない。必要な物はなんでも侍女長か執事長に伝えるといい」
急に屋敷の主人が妻だと言って連れてきた謎の人物――それが私のはずだ。
それなのに、執事長も侍女長も当然のように私を出迎え、女主人として扱い始めた。
私は魔獣にでも化かされた気分のまま、客室でくつろいでいる。
「夫婦の部屋も準備しているから、今夜からは使えるだろう」
「えっと……使用人の皆さまにご迷惑なのでは」
「女主人である君がそんなことを気にする必要はなかろう」
それが高位貴族の感覚なのかもしれない。
しかし私は、掃除や洗濯も自分でするような貧乏男爵家の娘なのである。
だがアレンディオ様は、すでに私の父と母にも話をつけている。
父と母はアレンディオ様に対して、やはりほんの少しの疑いを持つこともなかった。
我が親ながらちょっと心配になるが、一緒に暮らすことを受け入れてしまった私も似たようなものかもしれない。諦めて慣れるしかないのだ。
「でも、どうしてこんなに急いで一緒に暮らすことになったのですか?」
確かにアレンディオ様はこのあと遠征に行かなければならないのだろうが、一緒に暮らし始めるのはその後でも良かったはずだ。
……それをいうなら、結婚も遠征から戻ってきてからで間に合った気がする。
そんなことを考えていると、アレンディオ様が長々とため息をついた。
「――俺と婚姻した以上、君は筆頭魔術師の妻だ。安全のためにもセキュリティの高い場所で過ごしてもらう必要がある……」
「でも、それなら父と母も危険なのでは?」
「お二人には護衛をつけてある」
「……え?」
――それなら、私も実家にいて問題ないのでは。
けれど、その言葉は口にできなかった。
頬に触れる、大きくて温かい手。柔らかい微笑み。
どうしたことか、アレンディオ様はとてもうれしそうだ。
学生時代も、時折こんな笑みを私に向けることがあった。
麗しくて格好良くて少し可愛らしい笑み。
彼は絶世の美貌の持ち主でもある。見蕩れないのは無理な話だ。
――学生時代、友人だからと割り切っていたつもりでも、彼に憧れていたことは否めない。
一緒に勉強して、笑い合って、会話を交わしてみても、それ以上距離が近づくはずのない人。
それなのに、一晩一緒に過ごしてみたら、彼との距離は格段に近づいている。
「不服か? だが……俺たちはもう夫婦だ」
「確かに、結婚の手続きは速やかに終わりましたね」
国政に関わる中央神殿長と筆頭魔術師の重要な懇談の最中に、ついでのように婚姻届にサインしてそれを目の前で中央神殿長が処理する光景は非現実的だった。
ついでに中央神殿長が、私たちの結婚に祝福の祈りを捧げてくれた。
歴代でも強い力を持つ中央神殿長の祈りは、精霊たちに届いたらしい。
もしかすると、アレンディオ様が精霊に愛されているからかもしれないが……祝福の光が窓から差し込み、どこからか花びらが舞い込んできて、どこかから音楽まで聞こえてきた。
もう、結婚式はこれで終わりでもいいのでは……というほどの祝福だった。
「――でも、こんなに急に結婚することになるなんて思いませんでした」
彼は私が思っていたより強引で、少しだけ反発したい気持ちもある。
「こんな日が来るとは……俺も思わなかった」
「え? じゃあ、なんで結婚したんですか!?」
「逃がさないため」
「……逃げませんよ」
アレンディオ様は私の頭を撫で、無邪気な笑みを浮かべた。
私の頬は、どうしようもないほど赤くなっていることだろう。
こうして私は彼の妻となり、彼が陛下から賜った屋敷に住むことになった。
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