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魔術師様のお飾り妻のはずが身ごもりました  作者: 氷雨そら


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子連れ結婚式 2


 ――ロマンチックな求婚。


 もちろん、偶然出会ってそこからの一夜だって、今思えばとても大切にしてもらい、ロマンチックだったが……。

 なし崩しに結婚して、魔力差があるから子どもは生まれないと諦めていたのに妊娠して、求婚どころではなかったのも事実だ。


 求婚をやり直してもらい、指輪を贈ってもらった。

 私は多分、この指輪を見るたびに一生ニヤニヤできることだろう。


 けれど、私は現在寝不足に陥っている。

 結婚式というのは、なかなか準備が大変なのだ。

 ましてや、筆頭魔術師であり先日、フィアレ侯爵家が所持していた爵位を継いだアレンディオ様の結婚式なのだ。


 机の上には、書きかけの招待状が山と積まれている。

 使用人たちの協力によりなんとか作業を進めているが……。


「まーま!」

「ローレン、お昼寝から起きたのね」

「これ!」

「……これはだめよ」

「やーよ!」


 手紙を指し示したローレンは、もらえないとわかるや涙目になった。

 歩くのも安定してきたローレン。


 よちよちと歩く姿は本当に可愛らしいが……すでに、いたずら好きの片鱗が見えつつある。

 そして、アレンディオ様も忙しい。


 もちろん、結婚式の準備のためでもあるのだが……。

 少しだけ目を離した隙に、ローレンがソファーに置いてあった新聞を引き出した。

 忙しくてまだ読めていないのに、このままではグシャグシャにされてしまう。


「まって、ローレン」

「……」

「ローレン?」


 しかし、予想外にもローレンはいつものように新聞をグシャグシャにしない。

 代わりにじっと見つめている……。


「ぱーぱ?」


 ローレンが新聞を指さした。

 そこにはアレンディオ様がいる。

 現在、彼は魔獣との戦いの最前線にいる。


 だが、特別に魔獣が多く出現したというわけではない。

 彼はやる気なのだ。なんとしても、蜜月休暇を取得すると言って頑張っているのだ。


「だからって、活躍しすぎな気がするけれど……」


 アレンディオ様は一面を飾っている。

 ロングコートを翻して、周囲に指示している姿はとても格好いい。


「ぱーぱ!」


 ローレンは大好きな父親を見つけてご機嫌だ――しかしそこは一歳児。


「あ~! 破いちゃだめよ!」

「キャッキャッ!」


 楽しそうに新聞を破いてしまった。

 辛うじてアレンディオ様の写真部分は無事だった。

 私は丁寧にしわを伸ばし、机の上に置く。


「まーま!」

「なあに?」

「まーま!」


 ローレンは新聞をめくった先、三面を指さしている。

 私のことを呼んでいるのかと思ったが違ったらしい。

 指さした先には、私がいた。


「え?」


 慌てて新聞を見ようとしたが……


 ――ビリビリビリ。


 あっという間に、新聞は大きく破られてグシャグシャになってしまった。


「おやおや、新聞は坊ちゃんに破られてしまいましたか」

「そうね……何が書いてあったか気になるけれど」


 もちろん、くっつけて復元すれば十分読めるだろうが、それよりも招待状を書かなくてはいけない。

 招待客は国王夫妻をはじめ、公爵夫妻に、隣国の要人まで幅広い。

 代筆というわけにはいかない。これは私の仕事なのだ。


 母は社交界に出る人ではなかった。

 もちろん、領地の仕事はきちんとしていたけれど……。


 ――アレンディオ様。


 彼の隣に立つのにふさわしい自分でいたい。


「奥様、こちらをどうぞお受け取りください」

「執事長……? どうして新聞を持っているの」

「この屋敷の執事長たるもの、この程度の用意はできていなければ」

「……ありがとう」


 執事長はローレンを連れて去って行った。

 ローレンは使用人たちによく懐いている。


 実家では、家族みんなで過ごしていたけれど……これからは、私も社交に出てアレンディオ様の力にならなければいけない。


 少しだけ、ローレンにも寂しい思いをさせるかもしれない。


「アレンディオ様、無茶なことをしていないといいけれど」


 新聞には、こう書かれている。


 ――アレンディオ・フィアレは、歴代筆頭魔術師の中でも魔獣討伐数一位。


 私は一面を大切に折りたたみ、箱にしまった。

 箱の中には、アレンディオ様に関する記事がしまいこまれている。


「それから……問題は、この記事よね」


 三面に載っているのは、私の姿だ。

 先日、公爵夫人のお茶会に招待されたときの話が書かれている。


 ――王立学園次席で卒業、才媛マール子爵夫人。


 マール子爵夫人とは私のことだ。

 アレンディオ様が、フィアレ侯爵家から領地と爵位を渡されたことで、マール子爵とも呼ばれるようになった。


 家名は変わらずフィアレなのだけれど、これからは公の場所ではマール子爵夫妻と呼ばれることになる。

 しかし、平凡な私が才媛とは……。それに新聞の記事は、多少事実が歪んでいる。


「確かに、座学は次席だったけれど……魔力がないから実技はだめだったわ」


 それでも、座学の成績がアレンディオ様に次いでよかったから、なんとか奨学生として学園に通い卒業することができたのだ。

 新聞の記事には続きがある……私が着たドレスが飛ぶように売れているらしい。


「これも、本当とは言い難いと思うけど……」


 記事にはまるで、私がおしゃれだから貴族令嬢が真似をしているように書かれているが……どちらかというと、貧乏男爵家の長女が筆頭魔術師の心を射止めたからあやかりたいという理由が多いと思う。


「……さあ、招待状を書きましょう」


 私はペン先にインクをつけて、再び結婚式の招待状をしたためるのだった。


 * * *


 ローレンは外で遊ぶのが大好きだ。

 日に焼けてしまうからと、侍女が日傘を掲げてくれる。


 転んでは泣いて、すぐに笑って、また走り回る。

 子どもというのは、本当に可愛らしい。


「シエラ」

「……アレンディオ様」


 背後から声を掛けられて振り返る。

 そこにはアレンディオ様がいた。


「ぱぱ!」


 ローレンが戻ってきてアレンディオ様に走り寄る。


「おや……今回は、覚えていてくれたのか」

「ぱぱ!」


 アレンディオ様は、うれしそうにローレンを抱き上げた。

 彼は遠征に行くことが多いため、ここ最近は長期間不在になって戻るたびに、ローレンに人見知りされていたのだ。


「新聞を見ても、アレンディオ様だってわかっていましたよ」

「そうか、ローレンは賢いな」


 ローレンが笑うと、庭に風が吹き荒れた。

 私には精霊は見えないけれど、葉っぱを巻き上げた風は、まるで風の精霊が染めたみたいに緑色をしていた。


「それにしても……結婚式に間に合ってよかったです」


 実は、結婚式まではもう三日しかないのだ。

 アレンディオ様が怪我をしたという記事はなかったから、その点については安心していたけれど………結婚式で、一人きりなのは困る。


「いざとなったら遠距離転移魔法を使うさ」

「……でも、あの指輪はもうしていませんよ」


 アレンディオ様が贈ってくれた指輪は、大切にしまいこんでいる。

 あの指輪には魔法の触媒になる魔石がはめられ、転移魔法を起動するための魔法陣が描かれていた。

 けれど、今私の左手の薬指に輝いているのは、何の飾り気もない金色の指輪だ。


「問題ない」

「え……まさか」


 指輪をはずして、まじまじと見る。

 だが、何の変哲もない普通の指輪だ。


「光の精霊に頼んで、特別な魔法陣をしこんである」

「はい?」


 アレンディオ様がその言葉を口にした途端、指輪が強く輝いた。

 よく見れば、そこには細かい魔法陣が薄らと刻まれている。


「気がつかなかったです……」

「発動するときにしか、見えないからな」

「――この魔法陣、転移魔法だけではないですよね」

「治癒魔法、強化魔法、安眠魔法、快適魔法」

「快適魔法なんて聞いたこともありません」

「暑いところでは涼しく、寒いところでは温かく、硬い床に寝ても快適、冷たい食事はほどよく温まる」

「……え、ものすごく高度な魔法な気がします」


 アレンディオ様が、少しばかりいたずらっぽく笑った。

 少年みたいなその表情に私の視線は釘付けになる。


「君が、幸せに過ごせるように」

「――少しだけ、魔法の無駄遣いな気がします」


 けれど、意外なところに発明のヒントは存在するのだ。

 のちにこの魔法陣が、王都中の部屋の温度を快適にするとは……誰が思うだろう。



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