子連れ結婚式 1
――アレンディオ様は、ここ数日妙にソワソワしていた。
最近彼は、フィアレ侯爵家が持っていたマール子爵を賜り子爵となった。
本当は国王陛下が伯爵位を与えようとしたらしいが、そこまで必要ないと丁重にお断りしたという。
彼がそこまで出世に興味がないのも事実だが、男爵家に生まれて社交の経験が少ない私に配慮したのだろう。
伯爵ともなれば、今以上に社交が必要となるし、領地の規模も大きくなる。
「……アレンディオ様、お帰りなさいませ」
今日はずいぶん早く帰ってきた……と思ってエントランスホールで出迎える。
彼の上半身は、薔薇の花束で隠れていた。
ローレンはまだお昼寝から起きてこない。
だが、こんなにたくさんの薔薇を見たら大興奮することだろう。
「こんなにたくさん、どうなさったのですか?」
アレンディオ様は私の前に来ると、膝をついた。
すると、ようやくアレンディ様の顔が見える。
「――結婚してほしい」
「もう、結婚して二年が過ぎようとしていますが?」
「違うんだ。二年前は成り行きのような結婚申し込みになってしまったし、結婚式もできなかった」
確かに結婚直後にアレンディオ様は遠征に出掛けてしまったし、そのあとはローレンを妊娠して出産子育てと怒濤の日々だったため、結婚式はしていない。
けれど、それ以上に幸せな日々を送っていたから、とくに気にしてはいなかった。
「――やり直したい。君を愛している、俺と結婚してくれないか」
「まあ……もちろんですわ。アレンディオ様」
彼の言葉とほぼ同時に、空から一筋の光が降り注ぎ、強い風に薔薇の花束の花びらが舞う。
「あっ……」
光に照らされて、薔薇の花びらが舞い散る様はとても美しいが、アレンディオ様が抱えていた花束の薔薇の花は、半分くらいになってしまった。
「……ローレンを気に入っている風の精霊は、あいかわらずいたずら好きだ」
「そうですね」
アレンディオ様は、ローレンの風の精霊に序列を教えようとした。
しかし、まだ若い精霊だからなのか、ほかに理由があるのか、風の精霊はいたずらをやめなかった。
とはいっても、ローレンを浮かせてしまうような危険ないたずらはしなくなったので様子をみている。
精霊というのは、人とは相容れない存在だ。
なんというか、考え方の層が違うというか……。
けれど、ローレンが泣いたときにはそよ風を吹かせて宥めてくれるから……もしかすると、通じ合えているのではないかとも思う。
「……話を戻そう。実は、近いうちに結婚式を開催することになった」
「え? 今になってですか」
「まずは、国王陛下。筆頭魔術師なのに、結婚式もあげないとは国の威信に関わる、と仰せだ」
「まあ……」
国王陛下がそう仰っているのなら、もちろん参列されるのだろう。
これは、大事になった……。
「続いて、エミリア殿下。ローレンとお揃いの服が着たい――と」
「エミリア殿下まで……!?」
そのあと、続いたのはそうそうたる皆さまのご意見であった。
公爵夫妻は、結婚式の祝辞を述べたいと志願。
ノーランド所長は、時には形式も大事であると。
「そして何より……」
「ほかにもまだご意見があったのですか!?」
ここまでだけでも、衝撃だったのに続きがあるという。
アレンディオ様の言葉を待つ。
「副団長が……」
副団長と言えば、王立魔術師団の副団長であろう。
彼は魔術師の良心と言われるほどの人格者だ。
筆頭魔術師は王家直属であり魔術師個人としての最高位。
筆頭魔術師が攻撃魔法を得意とする場合は、魔術師団長を兼務する。
つまり、副団長はアレンディオ様の直属の部下なのだ。
「彼が何か言うなんて……よほどのことです」
「ああ、バーロック副団長は、基本的にはニコニコしながら水面下で暗躍するタイプだからな」
「思ってたイメージと違った!」
「……彼が言ったんだ。結婚式すらしないなんて、そのうち奥様に捨てられますよと」
アレンディオ様は表情を変えぬように努めているようだが、口の端が歪んでいる。
よほどショックを受けたのだろう……しかも、各方面からのご意見付き。
「それで、薔薇の花束と求婚のやり直し……ですか」
「――これは、周囲に言われたからではなくて、少し君の状況が落ち着いたらしようと決めていて」
彼は慌ててしまった。そんな姿は、今日もとても可愛らしい。
冷酷だ最強だと言われ続けているアレンディオ様だが、徐々に彼の良いところが周囲に理解されているような気がしてうれしい。
「……ありがとうございます」
薔薇の花束を受け取る。
風の精霊のいたずらで花びらが散ってしまった花束。
その隙間から、何かが見えている。
「リボン……?」
手を入れようとすると、アレンディオ様が先に花束に手を突っ込んだ。
「一応、棘は取ってもらったが残っていたら大変だ」
「……あいかわらず過保護ですね。傷がついても、アレンディオ様がすぐに治してくれるから大丈夫ですよ」
「――俺は君が一瞬でも痛い思いをするのが嫌なんだ」
アレンディオ様の手には、小さなプレゼントボックスが握られている。
結ばれているのは、私の瞳の色――淡いグリーンのリボンだ。
「これは?」
「君への贈り物だ。受け取ってほしい」
リボンを引いてみると、スルスルと解ける。
箱の中には、飾り気のない金色の指輪が入っていた。
「ローレンが生まれてから、飾りのあるアクセサリーをつけなくなっただろう」
アレンディオ様の言うとおりだ。
ローレンの肌はまだ柔らかいから傷つけないため、そして握られて引っ張られてしまうためアクセサリーをつけていないのだ。
以前送ってもらった宝石がついた指輪も、今はつけていない。
「店では派手な指輪を勧められたが――今の君にはこれがいいはず」
「……っ」
気がつけば、アレンディオ様に勢いよく抱きついていた。
本当は私も、指輪をつけたいと思っていたのだ。
どうして彼には、私の願いがわかるのだろう。
しかし、指輪をはめようとすると、手を握られて制された。
「……アレンディオ様?」
「君は、自分ではめる気か」
アレンディオ様は、私の手から指輪をとると、もう一度ひざまずいた。
私を見上げてくる瞳の色と同じ色の指輪。
光の精霊のいたずらなのか、指輪は宝石よりも美しく輝いている。
彼の手で指輪がはめられた。
「愛している」
「私も……愛しています」
私たちは見つめ合い、微笑みあった。




