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魔術師様のお飾り妻のはずが身ごもりました  作者: 氷雨そら


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光と闇の精霊 3


 ――出産から半年が過ぎた。


 晩秋から冬が来て、春が訪れた。

 ここまでの毎日、私は慣れない子育てに奮闘した。


 ようやく子どもがいる生活に慣れてきた。先日、手伝ってくれていた母も領地へと帰っていった。


「――そろそろ、魔法を使ってみてはいかがですか?」

「でも、ローレンの具合が悪くなりでもしたら」


 アレンディオ様は、私が出産してからも家では魔法を使わない生活を続けている。


「……でも、ずっと使わないわけにもいかないでしょう」


 銀色の髪に金色の目。アレンディオ様にそっくりな見た目の男の子ローレン。

 彼はよく泣いて、良くミルクを飲んで、元気いっぱい育っている。


「君の言うことはもっともだが、魔法を使わないことに慣れてしまえば、魔法がなくても特段不便を感じなくなった」


 アレンディオ様は、一年以上屋敷では魔法を使わずに過ごしたおかげか、日常生活どころか家事まで万能になった。


 ――元来彼は、器用なのだろう。


 以前は何度もティーセットを割ってしまったが、今はお湯を沸かしてお茶を淹れるのも優雅にそつなくこなしてみせる。


 ローレンをお風呂に入れるのも、抱くのも、おむつを替えるのだってお手のものだ。

 むしろ、私よりも上手いかもしれない。


 アレンディオ様が仕事に行っている間は、侍女長が手伝ってくれるし、私がすることといえば、ローレンに話しかけておっぱいをあげることくらいだ。

 今まで魔法を使わずに何かをしたことがなかったから、失敗していただけなのだ。


 ローレンはベビーベッドで、スヤスヤと眠っている。


 彼は闇と光の魔力を持っている。

 物心ついたら、魔力のコントロールの練習も必要だ。

 そのために、外から家庭教師を招くという方法もあるが……闇と光の二属性を持つ者はとても希少で誰かに狙われる可能性があるという。


 せめてローレンが王立学園の初等部に入学するまでは、隠しておくつもりでいる。

 それについては、王立研究所の所長、ノーランド様も協力してくださるという。


「……」

「……どうなさいましたか?」


 そのとき、アレンディオ様が少しだけ開いている窓に視線を向けた。


「――精霊が集まっている」

「残念ながら見えないですが……そうなのですね」


 アレンディオ様が言うには、いつもローレンと一緒にいる闇の精霊、アレンディオ様と一緒にいる光の精霊のほかにも、火、水、土、風の精霊までがローレンの周囲に集まってきたという。

 筆頭魔術師であるアレンディオ様ですら、物心ついたときそばににいたのは、光の精霊と風の精霊だけだったというから、ローレンが特別であることがわかる。


 そのときだった、ローレンの身体がフンワリと浮かんだ。


「……あっ!」

「あいつは……いつも執務室をうろついていた風の精霊!」

「しょっちゅう書類をひっくり返していたずらしていた子ですか!?」


 アレンディオ様が追いかけるけれど、ローレンはフワフワと浮かんだままベランダへ飛んで行く。

 彼はあとを追いかけるが、ローレンはベランダから外側へ行ってしまった。


「ここは三階なのに!」

「精霊には、人間の常識は通じないんだ。彼らが唯一理解できるのは強さの序列だけ。こんなことなら、多少ローレンの体調が悪くなろうと魔法を使って俺のほうが上だと序列を教え込むべきだった!」

「そ……そんな!」

「精霊が大事に思っている子どもを傷つけることはないはずだが……万が一がある」


 ローレンはフワフワと飛びながら、私の視界から消えてしまった。

 アレンディオ様は、ベランダの手すりに足を掛けると一息に飛び降りた。

 フワリとロングコートの裾が風をはらんで、彼の身体は消えてしまった。


「ローレン! アレンディオ様!」


 慌ててベランダに駆け寄って下をのぞき込むと、ブワリと風が巻き上がってきた。


「きゃ!」

「――風の精霊よ。序列を知るが良い!」


 空間を切り裂いてしまいそうな、低く鋭い声。

 それは、私が聞いたことがないアレンディオ様の声だった……。


 ――ううん、学生時代に一度だけ。


 あれは、私の制服や教科書が破かれてしまったときのことだった。

 ベランダから下を覗くと、アレンディオ様が虚空に浮かんでいた。

 変わらず強い風が地面から吹き上がっている。


 ローレンときたら、アレンディオ様に抱かれてキャッキャと笑っている。


「……ローレン・フィアレに触れることは許さない」


 アレンディオ様が、そう口にすると、下から吹き上がっていた風が緑に色づいた。

 それとともに、アレンディオ様とローレンはゆっくりと下降していった。

 私は、急ぎ玄関へと向かうのだった。


「ローレン! アレンディオ様!」


 もうすぐ咲きそうになっていた薔薇の花が、次々と開花していく。

 赤にピンクに白に黄色。庭があっという間にたくさんの色で塗り替えられていく。


 魔力が少ない私には精霊の姿は見えないけれど、精霊が起こす事象は見ることができる。

 強い風が吹けば、花びらが舞い上がった。


 金色の光が降り注ぐ……まるで、音楽が聞こえてきそうだ。

 そこに、同じ色合いの父子がいる。


 アレンディオ様は、厳しい表情を浮かべ、周囲の景色を見つめていた。

 しばらくすると、彼を中心に、不思議な景色がいつもの景色へと塗り替えられていった。


「……アレンディオ様」

「静かに」

「……」


 薔薇の花が、枯れて、再びつぼみをつけた。

 風と光が消えて、周囲は静まり返った。


「――ふう」


 短く息が吐き出される。アレンディオ様が、ふらりとよろけ、なんとか踏みとどまった。


「キャッキャッ!」

「大丈夫か……良かった」


 ローレンは楽しそうだが、アレンディオ様は蒼白だ。

 一体何体の精霊を一度に抑え込んだのか。

 通常、人は一体の精霊にすら敵わない。


「アレンディオ様こそ、大丈夫ですか?」

「――俺は、平気だが……とりあえず、ローレンを」

「は、はい!」

「ああ、良かった……」


 ローレンを私に手渡した途端、アレンディオ様は倒れ込んだ。


「アレンディオ様! だ……誰か!」


 おそらく、異変を感じて駆けつけてきていたのだろう。

 すぐに執事長が現れて、いとも簡単にアレンディオ様を抱え上げた。


「……さて、部屋に戻りましょう」

「え、ええ……執事長は、大丈夫なの?」

「大丈夫でございます。執事長でございますゆえ」


 そう言い残すと、執事長はスタスタと屋敷へ戻っていった。


 * * *


 夫婦の部屋のベッド、その横に座ってアレンディオ様の様子を見つめる。

 彼はいつも、真っ直ぐだった。


「アレンディオ様……」


 いつも自分のことは後回しで、私たちのことを考えてくれた。

 少しだけ世間知らずで、優しいアレンディオ様のことをどんどん好きになっている。


「夫婦になって、子どもが生まれたのが先だけれど――きっと、これからもっと好きになると思うんです」


 独り言は少々照れくさかった。

 今は侍女長が見てくれているけれど、そろそろローレンの様子も見に行かなくては。

 そんなことを思ってベッド横に置いた椅子から立ち上がろうとすると、グッと手を掴まれて引き寄せられた。


「きゃ……」


 アレンディオ様の上に倒れ込む。

 彼の胸元に耳が当たると、思ったよりも鼓動が早かった。

 つられて私の心臓まで、早鐘を打ち始める。


「アレンディオ様、起きてたのですか……」


 寝たふりだったのかと上体を起こして抗議しようとしたとき、アレンディオ様は目を開いた。

 金色の瞳に私が映っている。

 その美しい色は、もう見慣れたはずなのに、私は想わず息を呑む。


「――あんなに好きで、諦めようと思って――もうこれ以上、好きになることなんてないと思ったのに」

「……アレンディオ様」


 アレンディオ様が、私のことをずっと好きだったことはもう疑いようもない。

 彼はきっと身分や立場の違いだったら、乗り越えて私に気持ちを告げてくれたことだろう。

 けれど、私が子ども好きなことを知っていたから、言えずにいたのだ。


「大好きですよ……」

「俺も、君のことが好きだ」


 アレンディオ様に抱き寄せられる。

 私たちは折り重なるように身を寄せ合った。

 静かな時間が過ぎていき――すぐにローレンの泣き声が聞こえてきて、私たちは慌てて距離を取るのだった。


「――さて、ローレンの様子を見に行くか」

「もう少し休んでいてください」

「魔法を使った影響がローレンに出ていないか気になる」


 こうなってしまうと、アレンディオ様は絶対に譲らない。

 彼は起き上がり、まだふらついているにもかかわらず、子ども部屋へと向かう。

 私も慌てて彼のあとを追いかける。


「侍女長、ローレンの様子は」

「お元気でいらっしゃいますよ。おむつを替えたら泣き止まれました」


 ベビーベッドをのぞき込むと、ローレンは機嫌良く笑っていた。


「良い子ね……」


 ローレンは天井を眺めては、キャッキャと笑っている。

 おそらく、精霊が飛び回っているのだろう。

 窓が音を立てて開き、風とともにたくさんの花が入り込んできた。


「アレンディオ様、美しいですね」

「ああ、そうだな」


 ローレンを抱き上げて、アレンディオ様と身を寄せ合う。

 私たちの幸せな日々は、きっとこれからも続いていくことだろう。


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