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魔術師様のお飾り妻のはずが身ごもりました  作者: 氷雨そら


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光と闇の精霊 2


 古い言葉で書かれているから、難しい内容なのかと思ったが、意外にも恋物語の形式だった。

 光の精霊と闇の精霊、そして一組の男女の物語だった。


 夫婦だった光と闇の精霊は、天と地が引き離されたときに離ればなれになってしまった。

 光の精霊は昼に、闇の精霊は夜に暮らすようになった。


 どうしても闇の精霊は光の精霊に会いたいと、一人の少女に縋った。

 しかし、彼女は闇の精霊がそばにいるようになってから、魔力を失い、さらにはその姿を見ることも叶わなくなった。


 それでも少女は、夜から昼へと旅をした。

 そこで、やはり闇の精霊に会いたいと願った光の精霊と出会う。


 光の精霊も闇の精霊のように、人と一緒にいた。

 二人が結ばれ、生まれた子どもは光と闇の両方の魔力を持っていた。

 彼こそが、この国の初代国王である。


「――光と闇の両方の属性を持った子ども?」


 もう少し先まで読もうとしたが、なぜかページが開かない。

 上から強い風が吹いて、本のページを押さえてしまっているのだ。


「これも、風の精霊のいたずらなのかしら?」


 不思議に思いながら顔を上げ、アレンディオ様に視線を向ける。

 すると、彼もこちらを見つめていた。


「そろそろ夕食にしよう」

「――そうですね」


 いつの間にか、時間がずいぶん過ぎている。

 窓の外は暗くなっていた。


 * * *


「シエラ!」


 アレンディオ様が手を握ってくれている。

 彼は完全に涙目になってしまっていた。

 彼は感情の起伏がそれほどないと思っていたがとんでもない。


「しっかりしてくれ」

「大丈夫です……あの、手が痛いです」

「すまない!」

「ふふ……」


 思わず笑ってしまった。確かに頑張っているのは私なのだけど、アレンディオ様はとても必死だ。

 痛みには波があるときいていたが、どちらにしても痛い。

 必死になっていると、吐き気を催してきた。


 医務員のマリアさんが近づいてきて、大きなため息をついた。

 そして、アレンディオ様の腕をグイッと掴んだ。


「何をする!」

「――魔力がダダ漏れです」

「は……?」

「さっさと部屋から出てください」

「え……だが……」


 アレンディオ様は抵抗しようとしたが、マリアさんに引きずり出されてしまった。

いったい、彼女のあの細い体のどこにあんな力があるのか不思議だ。

 先ほどからの吐き気は、アレンディオ様が遠ざかるとともに治まっていく。


 しばらくして、吐き気が完全に治まったころにマリアさんが戻ってきた。


「まったく……執務室に押し込んでおきました」

「大丈夫でしたか……うっ……」


 アレンディオ様のことは気になったけれど、徐々に痛みが強くなってきてそれどころではなくなってしまった。

 結局、このあとは余裕がなくなってしまった。


 それから六時間ほど経って、赤ちゃんが生まれた。

 生まれた赤ちゃんはアレンディオ様と同じ色合いの男の子だった。


「シエラ!」


 アレンディオ様は、出産を終えて赤ちゃんと私の処置が終わるとすぐに部屋に転がり込んできた。

 文字通り、転がり込んできたのだ。


 足がもつれてしまっている。私と結婚してから、屋敷の中では感情豊かだったアレンディオ様だが、こんなに慌てているのは初めて見た。


「大丈夫か!」

「私は大丈夫です……ほら、男の子ですよ」

「……」


 アレンディオ様は、赤ちゃんを見つめたまま固まってしまった。

 あまりに身動きしないので、息をしているのか心配になってしまったほどだ。

 いよいよ、声を掛けようかと思ったとき、アレンディオ様は大きく息を吐いた。


「小さい……」


 アレンディオ様の金色の瞳が潤んで、大きな涙がこぼれ落ちていく。


「可愛い……」


 彼の声は震えていた。


「抱っこしてみましょう」

「え? 壊れそうで怖い」

「大丈夫ですよ。たぶん、もう魔法も使って良いでしょうし」


 マリアさんが、赤ちゃんを抱き上げてアレンディオ様に差し出した。

 アレンディオ様は、困惑した表情でほんの少し後ずさった。


「子どもが吐いたらどうするんだ」

「では、自力で抱き上げてください」


 赤ちゃんを抱き上げたアレンディオ様は、身じろぎひとつしなかった。

 そして、じっと赤ちゃんを見つめる。


「男の子……だったな」

「そうですね。予定通り、ローレンと名付けましょうか」

「ああ……ローレン」


 次の瞬間、部屋の中を照らしていた魔導ランプの明かりがすべて消えた。

 カーテンが揺らいで、日の光を完全に遮り、春風のような風が室内に吹いた。


「闇の精霊……?」


 たぶん、闇の精霊は私から離れたのだろう。

 私は精霊の姿を見ることは出来ない。気配も感じ取ることはできない――と思っていた。

 けれど、たぶん闇の精霊はずっと私と一緒にいたのだ。


 いなくなってみれば、お腹の辺りにずっとあった何かが消えている。


 ――それともこれは、出産を終えてお腹の中から赤ちゃんがいなくなったからなのだろうか。


 不思議に思っているうちに、再び魔導ランプの明かりが灯った。

 今度は魔導ランプが神々しく輝く。


「――光属性も持っているのか。俺にいつもついてくる光の精霊まで興奮している」

「お腹の中にいる間は、魔力の色がわからなかったが……この子は、闇の魔力と光の魔力……両方持っているのか」

「光と闇の二属性――ですか」


 二つの属性の魔力を持っている人は、そこまで珍しくない。

 アレンディオ様のように、後天的に精霊に魔力の属性を与えられることもある。


 だが、光と闇の属性を両方持っている人なんて、聞いたことがない。


 ――いや、厳密に言えば誰でも一人は思いつくことだろう。


 あの古い文字で書かれた本には書かれていた。初代国王陛下は光と闇の二つの属性を持っていたと……。


 赤ちゃんが、ふりゃりとした笑みを浮かべた。


「こんなに可愛いのに……あ、でもそこまで魔力は強くないのでしょう?」

「……」


 アレンディオ様とマリアさんが揃って黙り込んだ。


「生まれるまでは、はっきりしなかったが――強い」

「強い……のですね」

「俺と同じくらいか……」


 通常であれば、喜ぶべきところなのだろう。

 だが、希少な属性に強い魔力なんて、これから先が思いやられる。

 しかし、アレンディオ様は笑みを浮かべた。


「だが、ローレンを大切にし、守ろうという気持ちは、魔力の大小で変わるものではない」

「――そうですね」


 ローレンが再び泣き始めた。

 たぶん、ここからは私の毎日はすっかり変わってしまうことだろう。

 それでも、これから先はきっとこの子を守り、幸せにするのだと、私は心に誓うのだった。


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