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魔術師様のお飾り妻のはずが身ごもりました  作者: 氷雨そら


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赤ちゃんと魔力酔い 5

 こんなとき、アレンディオ様は本当に筆頭魔術師なのかな、と思ってしまう。


「あの……本当にもう大丈夫ですから……」

「――俺は、なんてことを」

「いや、本当に魔力酔いなんだねぇ」

「……ノーランド。妻に接触するなと釘を刺したはず」


 アレンディオ様がノーランド様に刺すような視線を向ける。


「それに……マリアも。どうしてノーランドを連れてきた」

「アレンディオ様、所長であるノーランド様が来たいと言ったら、断れませんよ」

「はあ……それもそうか。マリア、すまなかった」

「いいえ、所長を止めることができず申し訳ありませんでした」

「いや……」


 長く息を吐いてから、彼はノーランド様に向き直った。


「それで、シエラと子どもについて、何かわかったか? 無理矢理接触したんだ……何もわからなかったとは言わせない」

「……君が魔法を使った途端、闇の精霊がざわめいた」

「やはり、そうか……」

「精霊?」

「そうさ。フィアレ君は光の精霊、夫人のお腹の中の御子は闇の精霊がそばにいる」


 そういえば、アレンディオ様が複数属性の魔法を使うことができるのは、精霊に愛されているからだという。

 火・水・風・土の四元素の精霊たちに比べ、光と闇の精霊は高位の存在らしい。

 これは、建国神話に書かれていることなので、真偽は不明だが……。


 私には見えないけれど、精霊は確かに存在する。

 一部の魔術師には、精霊の姿が見えるという。

 アレンディオ様やノーランド様は、まさにそうなのだろう。


「闇の精霊?」

「夫人のお腹に、常時張り付いている」

「え?」

「お腹の子どもに、よほどご執心だ」


 つい、間の抜けた声が出てしまった。

 だって、私のお腹に精霊が張り付いているなんて、どうして想像できるだろう。

 そっとお腹に触ってみたものの、何も感じない。


「なるほど、では闇の精霊を引き剥がせば、魔力酔いは消えるということか?」

「そうかもしれないし、違うかもしれない。なんせ前例がないから、仮説を立てることすら難しい。だが――精霊がそばにいたほうが良いことを君は理解しているはずだ」

「……」


 アレンディオ様は、黙り込んでしまった。


「君の魔力制御が急に完璧なものになったのは、王立学園に入学してからだったな」

「……」

「彼女が関係していると思わないのか?」

「……それは」


 彼女とは誰だろう、と思いたかったけれどノーランド様の水色の瞳は完全に私を捉えてている。

 首をかしげると、ノーランド様は軽く頷いた。


「私、ですか?」

「ああ、君だ。精霊たちはもちろん君たちの子どもにご執心だが……現時点ではそれ以上に夫人に興味があるように見受けられる」

「……え?」


 精霊がずっと一緒にいたとしても、私には見えないし、そもそも恩恵を受けたこともないはずだ。


「魔力が高くなければ、精霊に愛されることはないという定説は覆されるかもしれないな」

「そんな……偶然かもしれません」

「偶然という言葉で決めつけてしまえば、新しい発見は生まれ出ずることがないだろう」


 ノーランド様の言葉は、少し難しいけれど……ニュアンスとしてはなんとなく理解できる。

 

「アレンディオ様?」

「君から漂う、微かな闇の魔力に気がついたのは最近だ。俺には闇の精霊の姿は見えないし……」

「……見えないのですか?」

「ノーランドの目が特別なんだ。彼が所長になったのは、魔力の流れを視ることが出来る特別な目を持っているからといっても過言ではない」

「おやおや、努力の末だと言ってくれたまえ。君だって天才だと言われるのは好きではないだろう?」

「――ああ、その通りだ。確かにノーランドは努力家だよ」

「――君に褒められると気持ち悪いな」

「……」


 二人はとても仲が良いのかもしれない。

 王立学園時代を含めても、アレンディオ様がこんな軽口を叩く相手なんて見たことがない。


「闇の精霊の存在なんて、建国神話以来確認されていない」

「え……」

「だが、光の精霊だって歴史上に現れたのは数度しかない。だからこそ、アレンディオ・フィアレは特別なのだよ」


 アレンディオ様を尊敬するよりも先に、どうしてそんな人が私のことを好きなのだろうという疑問のほうが先立ってしまう。

 だが、そんな私のことを叱るようにお腹がポコポコと泡立つように揺らぐ。


「――建国神話では、光と闇の精霊は過去と未来を司るとされている。もしかすると、君たちの子どもに会うために、闇の精霊は君に張り付いていたのかもしれないぞ?」

「え……」


 再びお腹に視線を向ける。


「さて、そろそろ帰るか……今日一日で得られた情報だけで、一ヶ月は研究三昧ができる」


 ノーランド様は、うれしそうに口の端をつり上げた。

 一ヶ月も研究三昧なんて、大変そうだ。


「では、研究結果だけ報せてくれ。それから、今度俺の許可なく彼女に接触した場合、王立研究所との関係は切らせてもらう」

「おやおや、公私混同など決してしない孤高の筆頭魔術師殿が……初恋とは難儀だな」

「――では、お疲れ様です。所長殿」


 アレンディオ様は、口元を歪めると魔法陣を描いた。

 次の瞬間、空間が揺らいでノーランド様は姿を消してしまった。


「えっ……あの、アレンディオ様!?」

「問題ない。研究所に設置された転移魔法陣を介して転移させただけだ」

「え……また、準備もなく高位魔法を……うぇぇ」


 転移魔法なんて、おいそれと使えるものではないはずだ。

 ふと視線を向けると、アレンディオ様の制服の首元の宝石にヒビが入っている。

 相当大きな宝石――いや、魔石だ。


 魔鉱石を研磨して作られる魔石は、宝石なんて比べられないほどの価値がある。


「わ……す、すまない!」

「いいえ、あの……ノーランド様はご無事なのですよね」

「それは……問題ないだろうが」


 私はアレンディオ様に微笑みかけた。

 ノーランド様が言ったことが本当かはわからないけれど、もしも私に魔力があって、闇の精霊が近くにいるためになくなっているのだとすれば……。


「私に精霊が興味を示していることが妊娠と関係あるとすれば、もしかすると二人目も三人目もできるかもしれないってことですよね」

「ん……!? あ、いや、可能性は……あるかもしれないが……」


 アレンディオ様は、頬から耳まで赤くなってしまった。


 * * *


 マリアさんは健診を終えると帰って行った。

 今日は、ほかに予定を入れていないので暇なはずだったが、想定外に騒がしかった。

 アレンディオ様は、ノーランド様が私の元に行ったことを知って仕事の最中に抜け出してきたそうだ。


「すまない……体調は大丈夫か?」

「ええ。本当に大丈夫です。アレンディオ様が魔法を使った一瞬だけ、吐き気がしただけですから」

「……すまない」


 今日何度目の謝罪だろうか。アレンディオ様にとって、魔法を使うことは息をするようなことなのだろう。

 普段はよほど気をつけて、私の前で魔法を使わないようにしてくれていたに違いない。


「ありがとうございます」

「何が……?」


 アレンディオ様ときたら、わからないようだ。

 毎回思ってしまうが、本当に可愛い人だ。

 外では冷酷だとか、完璧主義だとか言われ、筆頭魔術師として過ごしているのに……。


「私のことを気遣ってくださって、ありがとうございます」

「……当たり前だ」


 アレンディオ様の腕をそっと引き寄せる。

 それから背伸びをすれば、なんとか届きそうだ。

 頬に口づけする。


「大好きです」

「……」

「アレンディオ様」

「……」

「あの」

「俺だって……いや、俺のほうがずっと」


 予想外だった。アレンディオ様は、切なげに私を見つめた。


 ――次の瞬間、唇が重なる。


 口づけは一瞬だった。アレンディオ様の頬は、先ほどよりも赤い。


「……そろそろ戻らないと」

「ええ、お気をつけて……」


 アレンディオ様は、駆け足で去って行った。

 それは、急いで戻らなければいけないという理由だけでなく、恥ずかしかったからではないか……私はなんとなくそう思うのだった。


 * * *


 そして、私は久しぶりに、実家に帰った。


「いつもありがとうございます」

「は……!」


 小さな我が家に護衛がいる。

 不思議な光景ではあるが……屋敷に入ればいつもの我が家だった。


 婚約破棄をされて、アレンディオ様と即結婚してから早七ヶ月。

 家からこんなに唐突に出ることになるとは思ってもいなかったが……今は、アレンディオ様のそばで過ごすことが当たり前になりつつあった。


「おかえりなさい」

「おかえり」


 父と母は、いつものように出迎えてくれた。

 といっても、普段は領地にいるので久しぶりに王都に戻ってきたのだ。


「どう? 困ったことはない?」

「大丈夫よ、お母様」


 このあと、母は半年程度、王都に滞在予定だ。

 父は領地の管理があるため、このあとすぐに領地に戻ることになっている。


「領地の様子はどう?」

「おかげさまで、順調だよ」


 流行病が蔓延してから、困窮していたリエール男爵領だが、結婚後からアレンディオ様とフィアレ侯爵家が支援してくれているために以前のような賑わいを取り戻している。

 流行病に罹っていた母も、今は体調を取り戻していた。


「――シエラ、あなたは幸せにしているようね」

「ええ、お母様……とても幸せよ」


 しばらくの間、実家でのんびりと過ごし、私は再び屋敷へと戻るのだった。


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