筆頭魔術師様のお飾り妻 1
「申し訳ないが、愛の結晶を大事にしたいんだ」
「……え?」
婚約者からの突然の申し出に、私は言葉を失った。
私が結婚式の相談のため約束の場所に行くと、婚約者は女性と一緒にいた。
私の婚約者、ウィンター子爵家の三男であるレオン様は、いつも女性に囲まれている人だった。
金色の髪に青い瞳、少しきつい顔ではあるが彼の見目は良い。
一方、リエール男爵家の長女である私は、大きな丸い目に低めの鼻で背が低く、淡い茶色の髪にやはり淡いグリーンの瞳という平凡な色合い。
可愛いと言われることはあっても美人と言われることは少ない。
――愛の結晶って、つまり。
私の視線は、レオン様にしなだれかかっている女性のお腹に固定された。
締め付けの少ないドレス、ふっくらとしたお腹――彼女は明らかに妊娠している。
私の視線に気がついたのか、彼女は自慢気な笑みを浮かべる。
「俺は彼女と結婚したい。だから、どうか君との婚約は解消させてくれ」
「そんな……」
「君の家格は我が家より下だ。それに、君にはほとんど魔力がないから、俺たちの間に子どもはできないだろう」
「……」
――彼の言うことは事実かもしれない。
私とレオン様の婚約は、家と家の繋がりで決まったことだ。
子爵家の三男であるレオン様は、貴族と結婚できなければ平民になる。
一方、我が家には子どもが私一人しかいないため、婿を取る必要がある。
こういった事情もあり、私たちの婚約は結ばれたのだが……。
もう一度、レオン様の隣にいる女性のお腹を見る。
もちろん、彼が浮気していたことは許せないが、私はもう何も言うことができなかった。
「わかりました。両親に伝えます……どうぞお幸せに」
私はいたたまれなくなって、その場から逃げるように立ち去ったのだった。
* * *
「さて、これからどうしようかしら……」
今回の婚約解消は、間違いなくレオン様の有責だ。
けれど、お人好しの父と母がウィンター子爵家に物申すことなどできないだろう。
『愛の結晶を大事にしたい』
レオン様の先ほどの台詞が脳裏をよぎった。
彼の魔力はそれほど多いとは言えないけれど、確かに魔力が生まれながらに少ない私との差は大きい。
――魔力が同じくらいの量でなければ、子どもができにくい。
そして、貴族には魔力が多い者が多く、私のようにほとんど魔力がない者は少ないのだ。
レオン様との婚約が解消になった今、私が貴族の結婚相手を見つけるのは難しいだろう。
私が結婚相手を見つけることができなければ、叔父夫婦が家督を継ぐことになる。
私は奨学金制度を利用して王立学園を卒業しているから、平民になったとしても仕事は見つかるだろうが……。ウィンター子爵家との婚約が決まり、父と母は喜んでくれていた。
今日の話を聞いたら、さぞや落胆することだろう。
――そのときだった。
下を向いて考え事をしながら歩いていたせいか、人にぶつかってしまった。
「ごめんなさい!」
顔を上げると、そこには見知った顔がいた。
それは王立学園の元クラスメイト、フィアレ侯爵令息アレンディオ様だった。
* * *
――それにしても、どうしてこんな場所に。
私の様子を見て何を思ったか、アレンディオ様が誘ってくれたのは会員制の高級レストランだった。
王都の中心部から少し外れたところにある、上品な印象の店だ。
目の前を通り過ぎたことはあるけれど、こんなふうに訪れるなんて想像もしなかった。
普段着だから、とお断りしたけれど、アレンディオ様は「誰にも文句は言わせない。俺の家が経営しているから……奥に通してもらおう」と、住む世界が違いすぎる発言をした。
案内された場所には、確かにほかのお客様はいなかったが――ラグジュアリーなその雰囲気に、普段着で入ってはいけない場所であることだけは理解できた。
目の前に並ぶのは、色とりどりの前菜だ。
図鑑でしか見たことがないような珍しい食材が惜しみなく使われている。
「とりあえず、少し食べてから話そう。何を飲む?」
「――アレンディオ様と同じ物を……」
「おや、学生時代はこんな遠慮はしなかったと思うが。少し寂しいな」
「……学食の話でしょう? こんな高級なお店とは違います」
「そうか……? そういえば、君は日替わりランチをうれしそうに食べていたな」
「お金がなかったので。でも、アレンディオ様の研究を手伝って、そのお礼にとごちそうしてもらったのですから、正当な報酬ですよ」
「違いない」
アレンディオ様は、口の端を軽くつり上げた。
卒業から三年が経った。彼はあいかわらず見目麗しく格好いい。
学生時代は仲がよい友人だったと思うが、卒業後は関わることもなかった。
男爵家と侯爵家では家格が違いすぎるし……何より、彼は卒業後から魔獣との戦いで王国に貢献し続け、すぐに英雄扱いされるようになり、現在は魔術師の最高峰、筆頭魔術師様なのだ。
雲の上のお方になってしまった彼との接点など、あろうはずもない。
――でもまさか、婚約解消された直後に出会うなんて。
「それで、どうしてあんなに暗い顔をしていた」
「そんなにひどい顔でしたか」
「――ああ、君にしては珍しいほど沈んだ表情だったよ」
泣いていたわけではないし、自分ではそこまでひどい表情だったとは思えない。
けれど、アレンディオ様は学生時代から仲間のことをよく見ている人だった。
あいかわらず面倒見が良くて良い人だ。
私は彼の心遣いに感心しつつ、口を開いた。
「学生時代の知人を放っておけずに食事に誘って話を聞こうなんて、いかにもアレンディオ様らしいですね」
「そうか……俺は、そんなに人が良い人間ではないが」
「そうですか……無自覚ですか……」
「君は学生時代からそうやって人を揶揄うところがあった」
「失礼いたしました」
私だって、こんなことを言いたいわけではない。
でも、事実なのだ。彼は王立学園に在学していたときにはいつも助けてくれていた。
家庭教師に習った貴族ばかりの王立学園で、自己学習だけでありながらなんとか奨学生のまま卒業することができたのも、アレンディオ様のおかげなのだ。
「とりあえず、俺はワインを飲もうと思うが、君は酒はたしなむのか」
「ご相伴にあずかります……」
「――君と酒を飲み交わす日が来るとはな」
「そうですね。最後に会ったのは、王立学園の卒業式の日でしたもの……まだお互い、お酒を飲んでいい年ではありませんでした」
店員が席に来て、ワインを開けてくれる。
注がれたワインの色は深く、複雑な印象の香りがした。
「このワインは、俺たちが卒業した年のものだ。まだ若いが、今日の料理に合うだろう」
なんとなくではあるが、アレンディオ様は普段はもう少し高価な年代物のワインを飲んでいる気がする。
ほとんどお酒を飲んだことがなく、明らかになれていない私に合わせてくれたのだろう。
アレンディオ様がグラスをかかげたので、ワインを光にかざしてみた。
その瞬間、どこからか光が差し込んでワインを照らした。
店の照明だろうか――ワイングラスを光にかざす。紫色が強い。
「紫がかったルビーみたい」
「君の表現はあいかわらず詩的だな」
「そうですか……?」
「縁まで色が濃い、透明感があるからルビーのように見えるのだろう。これは年月を経れば良いワインになりそうだ」
「――良い香りがします」
「おそらく、甘くて飲みやすいはずだ」
その言葉に、私はワインを軽く口に含んだ。
思った以上に甘くて爽やかな香りが鼻腔に抜けていく。
「確かに、飲みやすいですね」
「――好きなだけ飲めばいい」
せっかくここまで気を遣ってもらっているのだ……お酒をごちそうになって、少しだけ話を聞いてもらうのも良いかもしれない。
私はグラスに注がれたワインをいつもよりも速いペースで飲みつつ、何から話そうかと考えるのだった。
――まさか、このことで思いも寄らない事態を招くなんて想像もしないで。
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