けっしてドリフのコントで笑ってはいけない部屋
親友の美沙が一日だけマンションの部屋を留守にするというので、私が留守番をすることになった。
留守番とはいっても、じつはお願いしたのは私のほうだ。彼女の豪華なマンションの部屋にぜひとも住んでみたかったのだ。
「置いてあるものは動かさないでね。ゲーム機は好きに使っていいわよ。蛇口も好きにひねってね。猫とも好きに遊んで。スマホも見ていいし、オ・ナラもしていいわよ。カブトムシを放たれるのは困るけど、鏡は見てもいいし、笹門 優にツッコミ感想をつけられてもべつにいいし、ダジャレも言い放題よ」
私を連れて、美沙は部屋の中を案内してくれた。
「いい部屋ね……」
私は心からの感想を言った。
「一日とはいえ、こんな部屋で生活できるなんて……、お姫様みたい」
褒められて美沙は嬉しそうに微笑んだ。しかし次には険しい顔つきになると、声を潜めてこう言った。
「ただ……注意してね?」
「え?」
「この部屋……じつは監視されてるのよ」
「か、監視!? 隠しカメラかなんか仕掛けてあるってこと?」
「……しっ! 声がおおきいわ」
「一体、誰に……?」
「令和人よ」
「れ、令和人……?」
「まぁ、ふつうにしてれば何もしてこないから、気にしなくていい」
「でも……覗かれてるってことだよね?」
「大丈夫。管理社会なんてそんなものだから。ただ……」
「ただ……?」
「これだけは絶対注意して。ドリフのコントを観ても、けっして笑ってはいけない。笑ったら最後、あんたは令和人の権利を剥奪されるわ」
「み……、観ない観ない! 笑わないっ!」
「それじゃお留守番、お願いね」
美沙はまるで海外旅行にでも行くみたいな大荷物を身の回りに出現させると、部屋をすうっと出ていった。
美沙のいなくなった部屋で、私は猫と一緒にお菓子を食べながら、ゲームをした。
ゲームをしていても落ち着かない。
どこから監視しているというの?
どんなひとが私を見ているというの?
気にしないよう努めれば努めるほど、気になって仕方がなくなってしまう。
突然、テレビのゲーム画面が切り替わり、賑やかな音楽が流れはじめた。
「ひぃっ!?」
びっくりしてのけぞる私の前のテレビ画面に、5人の色男が現れた。
陽気な歌を歌い出した。
ドリフだ──!
ドリフターズの5人が、楽しげな番組のオープニングを始めていた。
急いでリモコンを取り、ボタンを押したが、チャンネルを替えても反応しない。電源ボタンを押しても画面が消えない。
「み、観ない観ない観ない!」
私は慌てて自分のスマホで何か観ようとしたが、そこにも同じ画面が映し出されていた。
「あ……。若い……」
つい、加藤茶と高木ブーに目が行ってしまう。
今ではおじいさんになった二人が、若々しく元気に動いていた。
もうこの世にはいないいかりや長介、志村けん、仲本工事も生き生きと動いている。
コントが始まった。
暴力的表現、セクハラ的表現、危険な演出──今では放送できないようなことをして、これでもかと笑わせにくる。私は観てしまいながら、必死になって耐えた。
「うん……。うんうん。えぇっ!? ……そう。……いいのよ。じゃあね」
深刻な様子で電話を切るゲストの女優さんに、志村けんが聞いた。
「……誰からの電話だったんだ?」
ゲストの女優さんが答えた。
「間違い電話だった」
どったーん!
ガラガラがっしゃーん!
古典的なズッコケに、ついに私は耐えられなくなって、笑ってしまった。
「アハハ! アーッハッハ!」
すると部屋の隅の不思議スペースについているドアが開き、中から3人の令和人が、しかつめらしい表情をして現れた。
「貴様! ドリフのコントを観て笑ったな?」
「令和人にあるまじき行為だ! コンプライアンスに違反する!」
「逮捕したのち、令和の権利を剥奪させてもらう!」
嫌……、嫌!
私は令和人よ!
生まれはギリギリ昭和だけど!