表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

最後は一人、穴の中 ~なろう版~

作者: 花丸

ムーンさんで掲載したものを全年齢版にしたものです。 

よろしくお願いします。


落ちていく―――― 

 

どこまでも薄暗い穴の中――― 


無限に落ちて、死ぬまで一人――― 


でも良いわ。最後にあなたと抱き合えたから


 緩やかに落ちながら震える手でタバコを求めた。白衣の胸ポケットには入っていない。 

  

 ああ、最後の一本、穴に飛び込む前に吸ったわね?忘れてた……残念だわ。 

 口寂しくてカサカサの自分の唇に触れた。

 

―――これなら、寂しくないでしょう?―― 

 

 荒々しく、私に口づけをした。普段の飄々とした表情じゃなく、切羽詰まった男の顔。 

 細いと思っていた背中が筋肉質で大きく、燃えるように熱かった。剣ダコで硬くなった指の皮膚、震える手でそっと私に触れた。 

 俺のものですからね。忘れないでくださいよって、口づけとともに何度も囁かれた。

 

 ふふ、意外に独占欲、強かったのね。         


 最後まで一緒に行くって言ってくれて嬉しかったわ………睡眠薬飲ませたから今も、焚き火の側で寝てるのかしら?風邪を引かないと良いけど。 

 

 貴方と一緒には帰れない、嘘をついてごめんなさい。 

    

 彼はきっと私を許さない。でも……それでいいの。許さなくていいから、早く……私を忘れて……。 



 目尻を伝わり涙が流れ、救い手のない雫は臼闇に溶けていく。

 

 

◇◇◇  

 

 

「おい、半獣。喜べ、半端もんのお前に王より仕事だっ」口唇を歪ませ、万年副隊長様は目の前の長身細身の男、ヨナに吐き捨てた。 

 

「半獣の俺にしか出来ない仕事ですね。了解しました」

 へらあっとヨナは笑う。見るまに万年副隊長様は怒りで顔を紅潮させた。問題を起こし第三部隊に飛ばされてきた、上流貴族の馬鹿ぼっちゃんは沸点が低いようだ。 

 

「調子に乗るなよ、半端者。お前が重宝がられるのも今の内だけだ。俺が隊長になった暁には、最前線に送ってやる!」お飾りの副隊長が隊長になる未来は永劫ないだろうに、オメデタイ頭だ。副隊長に掴み掛からんばかりに詰め寄られ、ヨナはヒョイと距離をとる。 

 

「おい!ヨナ逃げるな、殴らせろ!」 

 

「良いんですか、副隊長?俺これから仕事なんですよ。殴られた跡見たら王様、きっとびっくりしちゃいますね~。理由聞かれますよねー。」 

 淡い金色の目を細め、へらへら笑うヨナを苦々しく睨みつけ、挙げられた副隊長の拳が空中で静止した。 

 

「…ちっ!早く行け!国王を待たすな!」 

「了解」手をヒラヒラさせながら、ヨナは副隊長の前から姿を消した。 

「ち、消えやがった、気持ち悪い奴だ!」 

 副隊長の悪態が遠くに聞こえた。



 ◇◇◇


 王宮離宮の更に奥、花が咲き誇る東屋に眉目秀麗の男が護衛を遠ざけ一人。 

 歳30を越えたばかり、煙るような色気漂うホウダイ国王ナランだった。ホウダイ国は、ナルシア大陸に古くから存在する国の一つ。豊富な鉱石を資源とし栄華を誇る強国だった。 

 若き王はテーブルに座りお茶を嗜む。彼のテーブルを挟んだ前の椅子に、湧き出たように現れた細身の男が座った。

 

「ヨナ、息災だな!」 

 

「国王さん、今月呼び出し4回目です……。あんまり半獣をこきつかわないでやって下さいよー。俺ばっかり重宝すると、周りがやっかんで、鬱陶しいんですよ」 

 王に対してもヘラっと砕けた口調。側近が見たら卒倒しそうであるが、当人同士は全く気にしていない。 

 

「貴公は、しがらみがない分、使いやすいからな。金を積めば動いてくれる……便利な奴だ」国王は、にやりと人の悪い笑顔を浮かべた。 

   

「ははっ。その、便利な俺になにようですか?また、正妃さんの間男ですか?」 

 

「はっ……正妃は生まれた国に帰省中だ。2度と我が国の土は踏めんがな…」 

 

(正妃さん、侍らした男が他国の間者で、国家機密流出させちゃったら、さすがにアウトだ)


「じゃあ、何ですかね~。国王さん敵多いから暗殺ですか?」 

 

「暗殺か?それはまた次回だな……今回は護衛を頼みたい」 

 

「護衛?困ったなー。俺、守りながら戦うの苦手ですよ~。国王さんの護衛なんて、クソ神経使うの嫌ですよ。繊細な胃に穴あいちゃいますよ~」    

 不敬罪で死罪になりかねない返しに、それでも国王は楽しそうに豪快に笑う。 

 

「ふはは、神経使う?お前がか?……護衛対象は俺じゃない。妹を、第6王妹カスミを頼みたい」 

 

「第6王妹ってたしか……聖女の……」 

 

「そうだ……聖女の娘。彼女を悪魔の穴の麓、サイの町まで護衛してやってほしいのだ……。謝礼はもちろん弾む」 


「はあ?サイの町って国王さん本気で言ってます?あの町って魔物(モンスター)にやられて廃墟ですよね?何しに廃墟にいくんですか?」 


「詳しくはカスミから聞くがよいだろう……受ける気があるなら、付いて参れ!」  

 飲みかけの紅茶もそのままに、マントを翻し国王は歩き出す。 

     

「ちょっと、国王さん?……はあ、困ったな」 

 ヨナは正直面倒くさいな、と思った。しかし、長い者に巻かれ、適当に生きるのが彼だった。 

 

(国王を待たせるのもなー。まあ、難解な依頼なら断ればいいかー) 

  

 ヨナはしぶしぶ国王の後を追いかけた、人生最大の面倒事に巻き込まれるとも知らずに……。 

 

  

◇◇◇  

 

 

 「あなたが連れ出してくれる人?」  

  

 聖女の娘、カスミ・マキノ・ホウダイは煙草を灰皿に押し付けた。牧野は聖女の名字だそうだ。 

 数ある離宮の最も最奥、数々の美姫を閉じ込めた監獄を改装した研究室に彼女はいた。 

  

 カスミはむせかえるような色気に溢れていた。聖女と同じ神秘的な黒髪をひとつに縛り、白く浮かぶうなじと細い首筋を露出させる。 その首には魔道具なのか虹色のネックレスを下げていた。父王から受け継いだ美貌。黒水晶の溢れそうな瞳。作り物みたいな綺麗に整った睫毛。少し低めな鼻は可愛らしく、唇は厚くぽってりしていて色っぽい。

  

(なるほどな~。近衛騎士が付いて来たがるわけだ…)  

 

 白衣からスラリと伸びた素足を組み換えると、国王に必要以上に付いてきた近衛騎士の誰かが唾を呑み込んだ。 

 白衣の胸元も大きく開いていて、豊かな膨らみの影が白衣から透けて見えた。どうやら下着を身に付けていないようで、すらりとした足の付け根すらぼやけて見えた。 

 だぼっとした白衣の上からもわかるほどの蠱惑的な肢体。

 

「王、御前を失席します!」 

 我慢出来なくなったのか騎士数名が、鼻を押さえながら逃げていく。  

 

「カスミ、また下は裸か……下着ぐらい新しいのに替えたらどうだ?」 

 慣れているのか、国王は眉1つ動かさない。 

 

「兄王さま、研究の途中に抜け出せません。着替えを取りに行ってる間に細胞分裂したらどうします?薬液を加えられませんわ」 

     

「カスミの言い分も有るだろうが……また、護衛に襲われかけても知らんぞ」 

   

「まあ。兄王さま?私が悪いんですか?好きで襲われかけるとでも?」 

 カスミは首から下げたネックレスに指を絡めながら小首を傾げる、その姿すら艶っぽい。   

  

「襲われたくないなら、そんな格好しないで下さいよー。国王さん、俺も男なんで、護衛は無理です!」 

 ヨナは、へらへらしながらも、ちゃっかり護衛を断る。 

 今回は面倒事の匂いしかしない、半獣のカンが告げていた。 


「貴様、カスミ様に対してなんたる無礼を!」

 

 近衛騎士が睨みを効かせてもヨナは、へらへらしたまま。近づく護衛騎士をひらり避けると、素早く背中に回り、トンっとカスミの前に押しやる。 

「彼が貴女様の護衛を買ってでるそうですよー!」 

「く、くそ!!」  

 前に押しやられた近衛騎士に目もくれず、カスミは、ヨナを凝視した。   


「あなた、もしかして半獣?」


「はい、そうですよ。獣化してないのにわかるなんて、姫さん大した目をお持ちだ。姫さんも半獣は嫌でしょうから、護衛は別のものに」「あなたが良いわ…」否定するヨナに被せ、カスミは笑顔で告げた。 

  

「ははっ、姫さんは半獣をおもしろがり、珍獣扱いするタイプですか?それとも毛嫌いするタイプ?」


「おもしろいかどうかは知らない……でも、羨ましいの」    

 

「……羨ましがられる人生を、過ごしてきた記憶はないです。むしろ疎まれてばかりですよー」

 ヨナは、内心イライラしながらも笑顔を張り付けた。生まれた村でも、王都でも半獣で良かったことは、数えるほどしかないのだから。   

 

「……そう、ごめんなさいね。あなたの気持ちを考えなくて、軽率だったわ。異世界とこっちの世界(ナルシア大陸)の間の子の私としては、同じ大陸の人同士で羨ましいと思ってしまったのよ」 


 ヨナは、半獣で羨ましがられたことも初めてだった。驚きに目を見張る。 

  

(半獣が羨ましいって、この姫さんどんな人生歩んできたんだよ。聖女の娘として、贅沢な暮らしをしてきたんじゃないのかよ)  

 

 歴代の聖女のように、教会預かりでもない。王妹として政策で他国に嫁がされず、離宮の奥の最奥に隠すように存在する女。その女は何の為に、サイの町に行くのか?    

  

ヨナは、カスミに少しだけ興味が湧く。 

  

 カスミを隠したのは国王だろう。サイの町に彼女が行くのは、国王の命令なのだろうか? 命令でないにしろ、なんらかの思惑があるはずだ。

 国王の弱味を握れるかもしれない、謝礼も弾むと言っている。ヨナは、頭の中で損得を計算した。 


「姫さん、良いですよ……あんたを護衛します。でも、俺、守るの苦手なんで無傷は無理ですから~。あと、サイの町は悪魔の穴の近く凄く危険です。命を張る半獣に、訪問理由ぐらい教えてもらえますかー?」へらへら笑いながらも必要な情報は集めたい。

    

「訪問理由は……ママの、聖女の墓参りよ」  

 カスミはヨナから目線を反らさず、戸惑うことなく墓参りと言う。  

   

 聖女は魔王復活を阻止するため、悪魔の穴にその身を捧げた。彼女により、魔王復活は阻止出来たが、魔物が湧き出てしまう穴が残った。聖女の犠牲は、ナルシア大陸の民なら誰もが知る美談。カスミは、3ヶ月後の聖女の命日までに、どうしてもサイの町に行きたいと言う。

   

「……墓参りですか?姫さんは母親思いだ。俺なんか村を出てから一回もしてませんよー」

  

(聖女さんが悪魔の穴に身を捧げて、10年経つ。今さら、墓参りをする意味はないだろう。嘘か~?女は嘘をつくとき視線を合わせるからな。まあ……嘘でも、良いさ。謝礼と有益な情報が手に入れば…。)   


 半獣のヨナと聖女の娘カスミ。 

  

 こうして二人は、悪魔の穴の麓の町サイを目指し旅だった。

    

  

 

◆◆◆  

 

  

 ナルシア大陸には、人々の生活を脅かす魔物がいる。そして、魔物を統べる魔王がいた。歴代の魔王の中には、人間に友好的で聖魔王と呼ばれる者もいたが、現魔王ユグラシエムは人間を憎悪していた。魔物を統制し人間皆殲滅の旗を掲げ、破竹の勢いで村を町を国を焼き払い数多の犠牲者を生んだ。 

  

 皮肉なことに、未曾有の恐怖に憎しみ合っていた国々は手を取り合い、魔王軍に抵抗した。 

 彼らは各国から勇者達を選定すると、シーズー教会と協力し、異国から聖女を召喚した。 

 その召喚された聖女が、後にカスミの母となる、牧野百合音(ユリネ)だった。  

 ユリネは黒い長髪の清楚な美しい少女だった。厳格な華族の家柄で貞淑を重んじる両親に育てられた彼女は、思慮深く慈愛に満ちていた。人々のために聖女として、危険な最前線で戦い尊敬を集める。

  

 そして――苛烈な戦いの末、勇者達と共にサイの町の麓、魔王城に攻め込むと聖なる力で魔王を討伐した。統制を失った魔物たちは大人しくなり人々は平和を享受する。


 歓喜した人々は、勇者達を特に聖女を褒め称え、神のごとく崇拝した。 

 聖女の人気は高く、教会は自分たちが召喚したのだからと聖女を欲しがった。彼女が居れば、信者も増え、多額の寄付金も入るからだ。各国も政治的利用から聖女に取り込もうと躍起になり、各国から構成されていた勇者達も聖女にこぞって婚姻を迫った。 

  

 当のユリネは、教会の誘いにも、誰の婚姻にも首を縦に振らなかった。ユリネには、幼い頃より兄として慕う婚約者がいたから。 

 彼女の願いはただひとつ……産まれた異世界に帰ることだけ。

  

 ユリネは泣いて懇願した。 

 

「もう魔王はいない、私の役目は終わりました!帰して下さい!」と、教会も勇者達も誰一人としてユリネを手放すつもりは毛頭ない。 

 そして、ユリネは残酷な事実を知る。そもそも、教会に召喚魔法はあるが、帰還の魔法など存在しなかった。聖女を最初から故郷に帰す気などなかったのだから。 

 いや、もし仮に帰還の魔法があったにしろ、召喚魔法で魔力を全て使い果たした教会には、土台無理な話。 

 純粋なユリネは騙されていたのだ。 

  

 魔王を倒せば、帰れると言われ信じユリネは、今日まで踏み留まれた。 

 

 騙された。そんな、酷い!酷い!―――帰りたい!帰りたい!お兄様、お兄様助けて、会いたい――。


 ユリネは嘆き、養父の伯爵アシムの別荘に引きこもり。泣いて泣いて人々を遠ざけた。 

 ある日、泣き張らした虚ろな瞳でベッドに横たわるユリネの顔に影が差す。 

 

「今日も泣いているのかい?ユリネ」 

 

 そこには、ホウダイ王ソンタイが心配そうに見つめていた。彼は色っぽい仕草で、ユリネの涙で頬に張り付く髪を鋤き、小さな耳にかけた。

 

「……ソンタイ…さん?……なんで、ここに?」 

 

「ユリネが心配で、慰めに来たんだよ」 

 ソンタイ王は、ユリネをそっと抱きしめると優しく頭を撫ではじめた。 

「……慰め?」     

 誰も入れるなとお願いしていたはずなのに……優しい侍女は何処に行ってしまったのか?  

 驚きに、泣き疲れ霞んだ思考が徐々にクリアになってくる。 

 ソンタイ王も勇者として魔王討伐に参加していた。見目麗しく女性に人気があり扱いに長けた王は、旅の途中気さくにユリネに話しかけ、露骨に肩や腰に手を回してきた。貞淑な彼女は不快感しかなく、彼を避けていた。 

 

 そして、魔王討伐後にソンタイ王も他の勇者達のように聖女との婚姻を望んだ。   

 王にはユリネより年上、既に正妃も子も側室もいた。一夫一妻制の日本産まれのユリネには到底受け入れられず、丁寧にお断りしたはず。その彼が、今、容易く部屋に入り、ユリネに無遠慮に触れてくる。

 

 ――頭の中を警鐘がなり響いた。  


「…だ、大丈夫ですから……離して……下さい」 拒絶する声は酷く掠れ弱々しいものだった。 


「可哀想に、小動物みたいに怯えて……大丈夫、私に全て委ねなさい」 

 男は、ユリネを寝台に押し倒した―――そして……。 

  

 ユリネは、婚約者のお兄様のため、今日まで大切にしてきたモノを失った。 

 男に連れ去られ――絶望に打ちのめされた彼女はいつしか身籠る。

 

 ユリネわ養父の伯爵は借金をソンタイ王に肩代わりしてもらっていた。姉のように信頼していた侍女はソンタイ王子の小飼だった。最初からユリネに逃げ道はなく、ホウダイ国に拉致され、強制的にソンタイ王の側室にさせられた。 

 唯一抑止力になりえた教会も、王から多額の寄付金と、女の子が産まれたら聖女として教会に帰属させる約束で、ユリネを売り渡した。  

 

 各国の人々は、平和をもたらしてくれた、勇者と聖女を祝福した。吟遊詩人は二人の恋物語を情愛高く歌い上げる。沢山の書物が作られ、人々は二人の純愛を信じて疑わない。 

 

 祝福ムードの中、カスミが産まれユリネも現実を受け入れたかのように見えた。  

 

 水滴が桶に溜まり、溢れでるように、少しずつユリネは狂ってゆく。 

  

 狂気と現実の狭間でユリネの聖なる力は失われた。幼いカスミを大切に慈しみ、姿が見えないと狂乱したかと思えば、次の瞬間には、首を締めようとする。 

 

「……帰りたい。帰りたい!お前が産まれなければ、帰れたのに…………何で?何で?私を汚さないで、お兄様助けて……」  

 

 無理やり手折り、上手く自分の物にした聖女は聖なる力を無くし狂ってしまった。 

 ソンタイ王はことの露見を恐れユリネを離宮の奥に閉じ込め、世間には、聖女は療養中としひた隠しにした。グズな王は狂った女より美しい踊り子に夢中になる。 

  

 彼女に心を砕いてくれたのは、以外にも正妃ソーニャとその息子ナランだった。 

  

 ソーニャはホウダイ国と並ぶ強国、技術大国メナドニアの王女として産まれ、国を支える賢母となるよう教育を受けた。今のホウダイ国の(まつりごと)を支えているのは、放蕩三昧なソンタイ王ではなく、彼女とその側近たちだ。 

 思慮深いソーニャは、魔王を封印した聖女に深く感謝をしていた。息子と歳の変わらない、狂ってしまったユリネを大層憐れみ、後ろ楯になり世話を焼いてくれた。 

 息子のナランもカスミを歳の離れた妹として慈しんだ。 

 カスミを渡せ、約束を守れと訴える教会を退けてくれたのもソーニャだった。 

 カスミが母と言われ思い浮かぶのは、狂ったユリネではなくソーニャなのは致し方がないだろう。

 


 カスミが5歳になってもユリネは壊れたまま…日がな1日中、「帰りたい、帰りたい」と呟く母。 

 

カスミは、疑問だった。 

「ママ、そんなに帰りたいなら帰ればいいのに……」そう、帰ればいいのだ、そんなに帰りたいなら。 

 

「帰りたいのに……帰れないのよ?あなたが帰してくれるの?」 

 ソーニャは虚ろな瞳に、カスミを写した。母に真っ直ぐ見つめられてカスミは、純粋に嬉しかった。  

 

「うん!私がママを帰してあげる!約束だよ~!」母がそれで幸せなら、私が帰してあげるんだ!強くカスミは思う。 

  

 狂った母の小指に指を絡め、指切りをした。ユリネは、苦しいほどぎゅうとカスミを抱きしめ咽び泣く。

 


◆◆◆   

  

 

 辺境にあるココサ獣人村の学校に通う子供は、15人。でも、お菓子は14個しかなかった。注文を間違えたようだ。 


「僕、要らないよ。半獣だからお腹あんまりすかないから」 

  

 ヨナの言葉にあからさまに先生(大人)たちはほっとしたものだ。 

 幼いうちからヨナは、自分の立ち位置を理解していた。半端者。よそ者。要らない子。 

  

 ヨナの母ルルーは村一番の狩人で、村一番の美女だった。若い男衆は皆、こぞって彼女にアプローチしたが、誰も彼女を射止めることは出来なかった。 


 彼女を射止めたのは、無名の吟遊詩人だった。だだ、気紛れで都市から村を訪れた見目麗しい優男にルルーは一目惚れしてしまったのだ。周囲の反対を他所に……いや、反対があったから余計、燃え上がってしまった二人は深く愛し合い。その結果――ヨナが産まれた。  

 

 ヨナが幼少の歳までは夫婦は仲睦まじかった。ルルーは見た目こそ派手な美人だったが、性格は慎ましく質素な村の暮らしで満足していた。一方娯楽の多い都市を渡り歩いてきた男は、地味で閉鎖的な村にすっかり飽きてしまう。そして、ある日買い出しに都市に行くと出かけ、二度と帰ってこなかった。  

 

 薄々、男の心変わりに気づいていたルルーは、嘆き悲しんだが、男を探しに行くことはなかった。 

 村人たちは「ほれ見たことか、村の男を選ばないからだ!」と、母子をせせら笑う

 村の男と再婚しろと騒ぐ、村長に口出しするなら、村の為の獲物の数を減らすと黙らせた。 

 

「ヨナが居れば他には、いらないから」と、笑う母はやはり寂しそうだった。 

 母の力になりたくて、誉めてほしくて母の狩りに付いて行き必死に学んだ。体に合わない狩り道具を自分用にカスタマイズして使用した。 

  

 学校が始まる歳になると朝早く起き、母と狩りをしてから通学した。体の小さい半獣のヨナは、あからさまに馬鹿にされていた。彼は半端者、よそ者、要らない子と呼ばれ友達は一人も居なかった。 

 ただ、暴力を振るわれることはなかった。母は獲物を村に沢山納めていたからだ。 

 獲物は村の食材としてはもちろん、町に売りに行けば貴重な外貨となる。 

  

 寂しい学校生活を送ったヨナに転帰が訪れたのは、12歳になった歳だった。 

 母がルルーが獲物の魔物に襲われ死んだのだ。狩人に危険は付き物。狩りの最中死ぬものは多い。 

 嘆き悲しむヨナが喪が開け学校に行くと、そこにヨナの席は無く。 

「半獣は出ていけ」と、同級生から冷たくあしらわれ、今までのうっぷんを晴らすかのように殴られた。泣きながら逃げ帰るヨナを同級生はあざ笑う。  

 

 その日から、ヨナは学校に行かず狩りをして過ごした。母に学び似て、優秀な狩人のヨナは沢山の獲物を狩り、余った分を母のように村長に納めた。母が死に困っていた村長は喜んだ。 

 そして、母の時と同じように米を分けてくれた。米は貴重だ、ヨナは喜びお礼を言った。 

 

 ヨナは、半獣だったが狩りが上手かった。それが嫉妬を煽る。村の狩人の一人に俺の獲物を横から狙ったと難癖をつけられ、ヨナが狩った獲物を横取りされた。 

  

 ヨナは、村長に獲物を盗られたと訴えた。 

 

「他の狩人たちから、半獣のヨナは上手く狩りが出来ないので、人の獲物を横やりして捕ると、報告を受けた。今までの獲物は全て人の手柄だったんだな?意地汚い、半獣め!」

 村長はヨナの話を聞かず、一方的に罵った。

  

 ヨナは、絶望し、そして悟る。半獣の俺は、この村に居場所はないのだと。  

  

 男も、父もこの小さい村で居場所がなかったのだろうか? 

 ふっと、今で思い出さなかった父の顔が浮かんだ。父は町に居るのだろうか? 

  

 俺も……こんな、閉鎖的な汚い村、出て町に行こう。 

 

 ヨナは、一週間かけて準備をした。人のいない時間帯を見計らい、獲物を狩りまくる。村の狩人たちの領域に獲物が入らないよう、獲物避けの草を植えた。通る度に音の鳴る仕掛けも施す。音に敏感な獲物は嫌がって近寄りもしなくなった。ヨナは、密かに復讐をするとひっそりと村を後にした。 

 ヨナが出奔したその年、獲物が捕れなくなった村は厳しい冬を向かえた。翌年の不作も重なり、村では多くの餓死者が出た。


 

 町に出たヨナは、獲物を金貨に換え、仕事を探した。年若く、半獣のヨナの出来る仕事はあまりない。 

 種族に囚われない傭兵部隊にヨナは飛び込んだ。そこで学んだのは、人間に近づけば、獣人臭いと言われ、獣人に近づけば半獣だからと馬鹿にされる。居場所なんて何処に行ってもなかったことだけ。 

 俺は半端モノだ、どちらであってどちらでもない。 

 ヨナを排除する彼らは困ったときだけ、半分は、俺たちの仲間だろう?な?助けてくれよ?っと、すがってくる。

  

 だからヨナは、へらりと笑う。  

 

 信じられるのは、自分の力と積み上げられた金貨だけ。

 

 様々な国、部隊を渡り歩いたヨナは、いつしかホウダイ国騎士団の第三部隊に入る。半獣の彼は、人より素早く移動し、矜持の高い獣人より立ち回りが上手だった。汚い仕事もそつなくこなし、ナラン国王に重宝がられた。


 

◇◇◇

 

 旅立ったカスミとヨナ旅路は、順調とは行かなかった。   

  

 ナルシア大陸最北東に位置するサイの町は、ホウダイ国から3ヶ月あれば寄り合い馬車と徒歩移動で余裕で着くはずの距離だ……何もなければ。

 順調に行かない理由はカスミにあった。彼女は折角旅をするのだから、ついでに観光もしたいとヨナに訴えた。そんな雇い主からの要望に文句は言えない。 

  

 旅立ち初日、簡素な平民の服に着替え上から白衣を羽織ったカスミは、溢れでる色気も美貌も高貴さも隠せておらず、好奇心にキラキラした瞳は町行く人の視線を多く引き寄せた。 

  

 寄り合い馬車に乗る前、ヨナは呆れカスミにフード付きマントを深く被せるも、同席した男達の好奇心を煽るばかり。 

 顔を見ようと手を伸ばした男にへらへらしながらヨナは「俺の妻が何か~?」と、カスミを背中から抱き寄せた。急に抱き込まれカスミの体が硬直する。 

 

「ちっ!旦那持ちかよ!!」

 悪態をつき、男は手を引いた。

男が手を引いてもヨナは、カスミを抱き寄せたまま。背中から温かい、お互いの心音が自分の物のように聞こえる。 


「ねえねえヨナ………私、ヨナの妻設定なの?」 

 カスミはヨナの耳元で小さく囁いた。 


「……姫さ、じゃなくてカスミ。半獣の妻は嫌でしょうが、害虫を追っ払うため我慢して下さいよ。カスミは害虫に好かれ過ぎだ」 

 城を出るときに、不信がられないようお互い人前では、名前で呼び合うと決めたが、つい出てしまう。 

 

「ヨナの妻設定良いわね。家族みたいだわ!」カスミはフードの中、花のように微笑むとヨナの腕にもたれた。 


(―――っ。姫さん、護衛騎士にもこんな態度だったんだろうなー。まあ、これじゃ勘違いする馬鹿もいるよな~。) 

 

 寄り合い馬車の中継地の町キセナ。森を切り開いた町は、道が整備され、物資が行き交い活気に満ちていた。カスミは興味深そうに町中をキョロキョロ見ていた。 

 

 宿は、貴族用の最高級から平民用の素泊まりまで幅広い。 

 ヨナは、中級クラスの宿を選び、カスミを伴いカウンターに行く。貴族用は防犯は安全だが、平民の服装の二人が泊まるには不自然で目立つ。安価な下級宿は治安が宜しくない。

 

「女将、シングルの部屋を2つ」  

「私、この人の妻なんです!同じ部屋お願いします」カスミが横からしゃしゃり出た。 

「まあ、新婚旅行ですか?おめでとうございます」  

「は?カスミ?」

「はい!そうなのに、この人恥ずかしがっちゃって……」 

「あらあら~。それでしたら、こちらの部屋をどうぞ」カスミに二階の部屋の鍵を渡す。 

 カスミは、戸惑うヨナの腕に腕を絡めると、部屋の鍵を開けた。 

 腕に当たる柔らかな感触に意識が集中する。部屋の真ん中に、鎮座するのは大きなダブルベッド。 

 ヨナは、無意識に喉を鳴らす。 

 

(ちょっと、待ってくれ。同じ部屋なら確かに、護衛しやすいが。さすがに……これはまずい)  

  

 ヨナの心配は杞憂に終わる――カスミは、部屋の中に入るとふさふさのベッドに頭から突っ伏(ダイブ)した。 

 そして、あっという間に寝息をたて始めた。初めての寄り合い馬車、長距離移動で疲れていたのだ。 


「………はは、姫さん。寝つき良すぎた」  

 安心したような、残念なような……ヨナは、複雑な気持ちだった。すうすう、寝息をたてるカスミは、人形のように美しく作り物じみて見えた。


(……無防備だな……俺じゃなかったらとっくに襲われてるなー。まあ俺も、護衛対象じゃなかったと思うぐらいだけど……危ない。深みに嵌まったら面倒くさそうだ、気を付けないと)

  

 ヨナは、窓を開けると風の音を聴いた。今夜は厄介事は無さそうだ。

 墓参りが本当にしろ、嘘にしろ、何らかの思惑が動き出す。動きがあるなら数日後か? 

 黒闇の中、蠢く気配を半獣のヨナは敏感に感じた。


 

 

 カスミは、早朝に目を覚ました。起き上がろうとすると、ふくらはぎが痛み浮腫んでいるのに気づく。カスミは城外に出て歩くのは、久しぶりだった。ふくらはぎを叩きながら、隣のベッドに横になるヨナを観察する。

筋肉の付いた護衛騎士達と違いヨナの体は細長い。灰色かかったサラサラの髪、少し垂れ気味の糸目の瞳、瞳の色は金色。すらりとした鼻梁。絞まりなくへらりと笑う口角を差し引いても、見目よい部類に入る。ヨナの獣化はどんな姿なのか?カスミは、知りたいと思った。 

 

 カスミは大きく伸びをすると部屋の備え付けのシャワーを浴びて、ヨナが用意してくれた夜食を食べてた。 

 窓を開け、脱いだ白衣の胸ポケットから煙草を取り出しふかす。白煙とともに甘ったるい匂いが辺りに漂う。 

 

(はーっ。今夜は夢もみないし、落ち着くわ。ヨナは、合格。私を襲おうとしないもの……寧ろ警戒されてるわね。やっぱり、ママの墓参りは嘘くさかったかしら?でも、本当の事を話したら、護衛してくれないわね)  

  

 カスミは、優雅な手つきで煙草を揉み消すと、丁寧に手洗いをし首から下げたペンダントを両手で握り絞めるとお祈りを始めた。 

 淡い聖なる光がカスミの体から、ペンダントに移動していく。ペンダントとがキラキラと虹色に光輝き、やがて収まる。カスミの朝は、自分の中に貯まった1日分の聖なる力を全てペンダントに移し、空っぽになることから始まる。 

 

 寝たふりをしていたヨナは、その一部始終を監視していた。


 

 翌朝、寄り合い馬車を乗り継ぎし、時に徒歩で移動し北東へ。姫様のカスミは徒歩でも、文句一つ言わず歩いた。 

 ヨナは襲いかかる魔物を退け、カスミに絡む男を牽制し、力づくで連れ去ろうとする馬鹿どもを掃滅した。

 カスミの要望通り古代遺跡、ホタル山を観光もした。 


 宿で、カスミはヨナと同室を希望し、護衛と監視を兼ねてヨナは、折れた。 

 カスミは、慣れない旅に疲れはてベッドに突っ伏すから、二人は気まずい雰囲気にならない。 

 カスミは手を出さないヨナに安心し、益々無防備なり、素肌に白衣を寝巻きにしだす始末。

 ヨナだって健全な男性だ。思うところもある。毎夜カスミを見ないように布団に潜った。そして、早朝に祈りを捧げるカスミをこっそり観察する。 

 ヨナはナラン国王より聖女の娘だが、聖なる力を持っていないと説明を受けていた。 


(国王さん、ありゃ嘘だったのか。姫さん、毎朝ペンダントに聖なる力を貯めているのか?……嘘までついて何のために?) 

  

二人が旅立って2週間、招かれざる客がやって来た。


「聖女様、お迎えに上がりました」 

 カスミの前に恭しく頭を垂れるのは、シーズー教会の司祭。溢れる聖なる気に彼が高位であることがわかる。彼の周りの、10人の信者達も司祭に倣う。

 

 宿の一階の食堂で始まった騒動に、同席した人々はざわめいた。カスミは、司祭が目に入っていないのか、そのまま朝食の目玉焼きとカリカリベーコンを口にほおりこむ。  

 歓迎されると思っていたのか、司祭は戸惑うばかり。無視を決めたカスミに変わりにヨナが口を開く。 

 

「あれー?司祭さま、俺の記憶が確かなら、彼女は聖女の娘さんだけど、本人じゃない。聖なる力はないはずだ~」  


「いえ!彼女は聖女様です!シーズー教枢機卿キーク様が神託を受けました。狡猾な王族に奪われた聖女が帰還し、人々に更なる発展と繁栄をもたらすと!!………さあ!聖女様今までの、辛酸な境遇を捨て生まれ変わるのです!私達とともに聖なる山に帰りましょう。キーク様もお待ちです」  

 歌うように朗々と司祭は語る。 

 ユリネを寄付金で見捨て、幼いカスミを傀儡の聖女に仕立てようと欲しがった教会が白々しい。 

 何も知らない人々は、聖女の誕生に立ち会える奇跡に感謝し、膝をつき祈りを捧げた。 

 

「何と!素晴らしい!」 

「ああ!聖女様!」 

 涙を流し感動する人々。突然始まった茶番劇に、ヨナは目を更に細めカスミの反応を伺う。 

 

「……ヨナ、私生きてるよね?死んでないよね?」   

「はっ?」「な?」 

 カスミのすっとんきょうな問いに、その場に居た全ての者が固まった。 

 

「はあっ……生きてますよ、ちゃんと」律儀にヨナは答えた。 

 

「そう、良かったわー。いきなり人の朝食に割り込んできて、えらそ~に生まれ変わるのです!……なんて言うから私、死んじゃったのかと思ったわー」ニコニコとカスミは続けた。  

 

「聖女様!それは、言葉のアヤです!私達は、ソンタイ国より、非業な扱いを強いられる貴女様をお救いします!」  

 

「うーん……私は兄王様や正妃様に非業な扱いを受けたことはないわ!医学を学ばせてもらったり、実験したり好きにさせてくれるわ。非業の扱いを受けたのは私じゃなくてママよ!」カスミは非難を込めて司祭を睨み付けた。  

 

「そうです!私たち教会は、聖女ユリネ様を(よこしま)なソンタイ王から、お守りすることが出来ませんでした。だから、せめて娘の貴女様を守らせて下さい」司祭はその場に土下座した。 

 

「結構よ!護衛はヨナが居るわ!彼が居れば私は安全だもの。

 私は、聖女にはならない。だから、貴方達と聖なる山には行きません……あと、枢機卿に伝えて下さいね。異世界から本人の同意なく召喚するのは、誘拐ですよ~って!ママは、いつも帰りたいと泣いてたわ。帰還魔法も使えないのに、呼ぶなんて非常識よ!」 

 聖女本人に、信仰対象の教会が全力で否定されるのを人々は、呆然と眺めた。 

  

 言いたい事を言い終え、スッキリしたカスミは司祭を見ない。椅子から立ち上がろうとすると、司祭に手首を捕まれた。 

 

「これは、大変です!言動がおかしいはずだ。聖女様は、悪魔に取り憑かれています。きっと悪しき王の呪いだー!我々教会がお助けします!早く聖なる山へ」

 さっと司祭と信者がカスミの周りを取り囲む。 

  

「やっぱりおかしいと思ったんだ!聖女様が教会を否定するわけがない!悪魔めー!」 


「おかわいそうな聖女様!早く悪魔払いを…」 

 人々が口々に教会を擁護するのをカスミは、醒めた目で見た。 

 

「私、信仰心ないわ。それに教会で禁止されてる酒も煙草も賭け事も大好き、結婚だってしたいのに、どうするつもり?」  


「大丈夫です。悪魔を払い教会の教義に身を委ねれば、煩悩は全てなくなり楽になれます」司祭は能面のような笑顔を張り付けた。彼が手を上げると、信者の1人がロープを取り出しカスミににじるよる。 

 

その時ーー。

「ぐっあ!!」

 ロープを持つ信者の手に朝食用のナイフが深々と刺さった。 

「な、なに!!」 

 信者が怯んだ瞬間、カスミに群がる信者達に、ヨナは朝食用のナイフとフォークを次々に投げ命中させた。致命傷ではないか、痛みに呻く信者を蹴飛ばし、別の信者にぶつけた。縺れドミノ倒しで転がる信者達。 

  

 倒れた隙間をすり抜け、ヨナはカスミに手を伸ばした。

 

「カスミ、こっち!」  

 カスミは、頷くとヨナの手を握る。力強く引っ張られ背中に匿われる。 

 

「くそ!悪魔の手先め!聖女様を帰せ!」

 信者が剣を抜き、ヨナに迫る。 

 

「俺、守りながら戦うの苦手だから~」 

 ヨナはへらりと笑いながらも、腰から抜いた細身の剣で信者の剣を素早く弾いた。

 

「ヨナ!大丈夫。私も戦うから!」 

 カスミは、白衣の腰ポケットから試験管を二本取り出すとバシンと床に叩きつけた。 

 

「は?姫さん!」   

 

 粉々に砕け散った試験管の中から半透明な赤と青の液体が混ざり合い、むくむくと膨張した。天井に届くばかりの紫色のゼリー状の粘液の塊となる。ぷるぷると流線形が揺れる…それは、巨大なスライムだった。 

 

「ひっ!魔物だー!!」 

「に、にげろー!!」

人々は蜘蛛の子を散らしたように逃げていく。 

    

「私が特別配合したスライムよ!男性の汗がエサなのっ!」 

 男に襲われやすいカスミが自分の身を護るため付加した機能。 

「くっ!スライムごとき!はあっ!」 

 信者たちが果敢にスライムに斬りかかるも、剣ごと取り込まれた。 

 スライムの表面から、頭だけ出し窒息は免れるも、もがけばもがくほど、ぬるぬるの粘液が体にまとわりつき逃げらない。服の隙間から入り込み粘液が全身を刺激する。 

 皮膚を這うスライムの動きに信者達が歯を食い縛る。 


「ヨナ、信者達をスライムに落として!」 

「へい!りょーかい!」  

 カスミの命令で、ヨナは信者の剣を裁くと背中を蹴飛ばし、スライムに突っ込こませた。次の信者は、椅子を蹴飛ばし体制を崩したところで、峰打ちしスライムに落とす。 

 ヨナは流れるような動くで、次々に信者全員をスライムに取り込ませ――残りは司祭だけ。

 

「ひっ!」 

 カスミは、腰を抜かし床を這う司祭を冷たく見下ろした。 

「自分の価値観以外認めず、悪魔として排除する。厳格なシーズー教を護る司祭様にチャンスをあげる。 

 司祭が、明日の朝までにスライムの与える刺激に耐えられたら、一緒に聖なる山に帰るわ……だから、頑張ってね~」 

  

 カスミは司祭をスライムに押し込んだ。

  

 スライムのどろどろの粘液は、あっという間に司祭の服に浸透し刺激を与え始めた。

「はあ、くう!神の与える試練!わ、私はスライムになど負けません!」 

  

 清々しいはずの朝の町に、耐える信者たちの声と女性の悲鳴が町に響き渡る。司祭も耐えられないだろう。

 結果を確認することなく、カスミとヨナは町をあとにした。  



◇◇◇

 

 

 二人の旅は続く。 

  

 国境に近づくにつれ宿がなく、民家に一夜の宿を頼むことになった。たまたま訪れたのが兎獣人の村で、人間も半獣も信用出来ないから数件拒否された。最後に訪れた家は、発熱した子供達がいた。咳が気になったカスミは私は、医者なので良かったら診察させて下さいと願い出る。軽い肺炎を発症していた子供達に薬草を幾つか潰し薬を作り飲ませた。解熱し呼吸が楽になり、穏やかに眠る子供たち。 


「カスミ、本当に医者だったんだー。まだ信じられないな~!」 

「……ヨナ、私が医者じゃなかったら、白衣をなんで着てると思ってたの?」 

「……ははっ、趣味って奴?」ヨナは全く悪びれない。 

 その夜は、感謝した子供たちの親が屋根裏部屋を急いで掃除して貸してくれ、一夜を無事に過ごすことができた。

 

 

 

 国境を越え隣国エルゼに入る。エルゼには有名なトーヤ動物園があり、カスミはどうしても行きたいと騒いだ。 

 そのため、進路を遠回りして向かった。珍しい動物に夢中のカスミが閉園まで粘ったため、乗り合い馬車の乗り継ぎに間に合わず、暗くなる前に野宿となってしまう。 

 

「私、野宿人生初よ!」 


「はは、姫さんは嬉しそうだ。誰のせいですかー?」 

 カスミ用に簡易テントを建てながら、ヨナはイヤミを言う。 


「はーい!私です!……でも、カピバラ可愛かった~!ヨナに怒られても悔いわないわー」 


「悔いがなくて結構だ。俺は今夜寝ずの晩なのに、呑気なことで~」 

 東に向かうと魔物の数も増える。野党の襲撃やまた教会が来る可能性も捨てきれない。魔物は結界石を使用すればある程度防げたが、人はそうはいかない。 

 

 旅を初めて2ヶ月、カスミは至る所でトラブルに見舞われる。繁華街を歩けば奴隷商に捕まり、ヨナが救出した。国境越えに医者証明を出せば偽物と疑われ、逮捕されそうになった。ヨナは振り回されて疲労がたまり、イヤミの一つも言いたくなるというものだ。 

 

「………ヨナ……ごめんね」 

 カスミは申し訳なさそうにヨナを見上げた。吸い込まれそうな綺麗な黒い瞳。 

 ヨナの頬が赤くなる。まずい…深みにはまったら面倒臭い女なのはわかってる。早朝、ペンダントに祈りを捧げるカスミを眺めるたびに、ヨナの中に不思議な気持ちが込み上げる。

 

(でもな、カスミは、俺に嘘をついてるからなー) 

 珍しく不機嫌なヨナを見て、カスミは決心した。  


「お詫びに、魔物避けと目隠しの結界を張るわ」ペンダントを握り絞め、祈りを捧げる。ペンダントの中央が淡く白く点滅し、光が溢れカスミの体に還ってゆく。 

 カスミは、手のひらから聖なる力を解放し、焚き火を起点に結界を展開した。 

 隠していたはずの突然の力の行使にヨナは、驚き二の句が告げない。 

 

「これでヨナものんびり寝られるわよー!私テントより外で寝たいわー!」 

 カスミは、ヨナが焚き火の側に敷いた、シュラフの上に寝ころがると、枕がわりに置いたヨナの荷物を抱き締めた。 


「ふう、ヨナの匂いがするわー」

「そこは俺の寝床!姫さんはテント!―――って、聖なる力を使えること秘密じゃなかったのか?」 

 ヨナは、武器の入っている荷物をカスミから奪い返した。 


「あー、枕が!……力を使えることは、もちろん秘密よー!でも……ヨナ知ってたでしょ?毎朝祈る私を、熱心に観察してるわよね~」 

 荷物(まくら)を取られ、口を尖らせ拗ねながら言う。 


「ははっ、黙ってるなんて人が悪いな姫さん」 へらりと笑いながら、これだから油断出来ないと心の中で思う。  


「でも、黙っている特別な理由があるのか?聖なる力があれば、傷も癒せて尊敬もされるのに~?」 


「……知りたいなら、荷物(まくら)貸して?」可愛らしく小首を傾げるカスミに、ヨナは仕方なく荷物を渡す。  


「私の貯めた聖なる力はね。人の傷を癒すより、もっと大切なことに使いたいのよ」 

 

「……大切なことって?」  

 

「ひ・み・つ!……ヨナが獣化した姿を見せてくれたら教えてあげるわよ」 

 期待に満ちた顔でカスミはヨナを見上げた。 

 

「………姫さん残念!俺の獣化は、嫁さんになる奴にしか見せませんよー」 

 自分の手の内を、さらけ出すようなことはしない。

 

「えー!ヨナのケチ。妻設定なんだから、しっぽの先ぐらい見せてくれたって、いいじゃない?………ねえ、ヨナ。先っぽだけで我慢するから、ちょっと撫で撫でしたり、すりすりしたいわ……お願い」

 

「――――っ!」 

 ヨナはカスミに潤んだ瞳で色っぽく囁やかれ、頭の中で邪なモノに変換してしまう。

 

(ただでさえ、我慢してるのに、止めてくれー!くそ!どうなっても知らねーよ。姫さん!)  

 ヨナは、心の中で悲鳴をあげながら、カスミ用のテントからシュラフを引っ張りだすと、焚き火を挟んでカスミの反対側に敷き、素早く潜り込む。 

 

「ははっ。本物の妻にしか触らせません~。明日も朝早いんだから、戯れ言は止めて寝て下さないよ。次の目的地ロッテトリスクの滞在日数が減っても良いんですか~?」 

 

 ナルシア大陸随一のカジノ都市ロッテトリスク。ナール砂漠を越えた先にあり、スロットやカードゲーム、ルーレット等々あらゆる賭事を網羅し、ホテル、歓楽街を併設した夢のような場所。動物園の次にカスミが行きたいと騒いでいた。 

 

「よくないわ!最低でも5日は遊ぶからね!」 

 カスミもシュラフの上から、中に体を移動させた。 

「ねえ、ヨナ………もし……な、い。ううん!ごめん!何でもないわ、お休みなさい」

「姫さん?」カスミの暗い声音にヨナが振り向くが、頭までシュラフに潜りその表情まで窺えなかった。

  

(ヨナの本物の妻になれたらどんなに良いだろう………悪魔の穴を目指す私が、決して望んじゃいけないことだわ……)カスミは、唇を噛みしめた。 

 ヨナ愛用のシュラフから、仄かに彼の体臭がする。草原のようなヨナの匂いに安心してカスミは目を閉じる。いつしか小さな寝息がした。 

 

 

 

 ………うふふ。 

     あはは。 

  

 夢の狭間を揺蕩う、クルクル踊るは、長い黒髪の儚い女。 

 

 ――かわいい、かわいい私のカスミ。お兄様と私の子供。いい子、いい子ね。 

 あれ?何で、お兄様に似てないの? 

……ねえ?どうして?どうして?―― 

 ニコニコと笑って、カスミの頭を撫でていた手が次の瞬間に首を締めた。 

  

 慈愛に満ちた美しい母親の顔から、憎悪に満ちた般若の顔へ。細い指先が首筋に食い込んでいく。首の骨をへし折らんばかりの力に、喉から変な音がした。

 血液が酸素が足りない。涙がボロボロ溢れ、口から沫を噴く。苦しくてもがいても子供の力では敵わない。

 

「苦しい、苦しいよー!ママやめて!助けて助けて、誰か―――っ!!」 

 何かを掴むように虚空に空しく伸ばされた手を誰かが掴んだ。震える体を抱き締める。カスミは、その温かさに腕を回しすがりついた。ふわっと鼻腔に広がる草原の匂い。

 

「カスミっ!!大丈夫か?」 

「……ヨ……ナ……?」 

 焚き火の前でカスミは、ヨナに抱きしめられていた。心臓が爆発しそうに速く、呼吸が苦しい。無意識に喉を押さえた。

  

 ヨナは、冷や汗を流し顔面蒼白のカスミの背中を落ち着くように擦る。涙でぐちゃぐちゃの顔をハンカチを湿らせ拭いてくれた。 

 

「……あり、がとう」  

 心配顔のヨナに感謝を告げ、震える手で、白衣の胸ポケットを漁る。煙草を一本取り出し口に咥えた。震えて上手くマッチが擦れず、見かねたヨナが火を着けてくれた。 

  

 ゆっくり白煙とともに()を肺から吸いこむ。ぷかぷか煙が満天の星空にドロリと溶けてゆく。震えが収まり、呼吸が落ち着くのを待ってから、ヨナは、温かいお茶をカスミに差し出した。 

 

「……姫さんその煙草、安定剤入り?」 

「………そうよ。久しぶりに力を使ったからかしら?……昔を……ママを思い出しちゃったわ―!」

 努めて明るい声を出すカスミが痛々しくて、ヨナは顔をしかめた。 

「ママ?……聖女ユリネが姫さんを……」

「ママは狂っていたのよ。それに、襲われて出来た娘なんか可愛くないし、いらないでしょう?」 

 無理して笑うカスミが、居場所を探し、人間に獣人に拒否され、へらりと笑うしかなかった自分と酷く重なる。 

 

(カスミは、自身を異世界とナルシア大陸の間の子だと、半獣の俺を羨ましいと言った。どんな気持ちで、言ったのだろうか?――) 

 ヨナは、胸が苦しくてにがくて押し黙ってしまう。


「……ヨナ、どうしたの?いつもみたいに、『ははっ』て、笑わないのね?」 

 静かなヨナが心配になり、カスミはヨナを見上げ、その表情に目を細めた。 

「ふふ……ヨナは、優しいのね」   

 カスミは、寂しく笑うとヨナの胸に抱き付く。 

 ヨナもカスミの背中に腕を回すと、出ない言葉の変わりに、きつく抱き締め返した。よるべのない孤独感と寂寥感を埋めるかのように……。

  

 お互いの体温が心地よくて、離れたがい。守られてる安心感。心配されている優越感。二人分の息づかい、同じ心臓の音がただただ嬉しくて。 

 まるで歓迎された居場所のようなぬくもりに、二人は同じシュラフに入ると目を閉じた。

 狭いシュラフの中、ヨナは、背中から包みこむようカスミを抱き締める。重なり合う部分がぽっと温かい。 

 

 きっと一緒なら、嫌な夢はもう見ない。 


 ◇◇◇


 ――困ったことになった。 


 きらびやかなスロットの前、嬉々としてボタンを押すカスミを少し離れた別の台から、ヨナは見守る。 

 

 カスミは、いつもの白衣ではなく、ヨナの瞳の色と同系色のマーメイドラインのシンプルなドレスを着ていた。シンプルだからこそメリハリのある体のラインが強調されて美しい。 ヨナも、いやいやながらカスミが選んだブルーのタキシードを着て凛々しい。二人とも見目麗しく人目を引く。


 最上階の高級フロアの階は金額設定が高額で、入店に身分証とドレスアップが必要だった。 

 そのため利用者は、豪商、貴族、王族が大多数を絞め、その分治安が良く、護衛の数も多い。 

 また、貴族の男がカスミに話かけた。男と二、三言話したカスミはヨナを指差し、花のように、にこりと笑う。男は残念そうにカスミから離れ、ギロリとヨナを睨んで「ふん!半獣の分際で!」と、捨て台詞を吐き去っていく。


 あからさまな男の嫉妬心が心地よい。仮初めの夫婦だがカスミが当たり前のように、ヨナを選ぶことに、ほの暗い喜びを感じた。  

  

 ヨナは短い半獣人生の中、欲しいモノを願ったとしても、手には入らないとへらり笑い、諦めて手放してきた。仕事に対しても人に対しても女に対してもだ。 

 ヨナは、半獣だったが遊びたい女たちにそれなりにモテた。恋人も出来たが何も苦労して半獣と添い遂げたい女はなく、ヨナが少しでも本気を見せると皆引いていく。 

 

(カスミもそうだろうか?聖女の娘で王妹。母親の墓参りと嘘をつき悪魔の穴を目指す女……。 

 一番手に入らない難儀な女を本気で欲しいと思うなんて……ははっ、俺らしくない。 

 いつものように手放して諦めてしまえば楽だろうに――)   

  

 カスミは、危機感が足りない。今までの護衛騎士と違い襲おうとしないヨナに安心しきっている。困ったことに初めて野宿した日から毎夜、ヨナのシュラフに潜り込むようになってしまった。 

 カスミ曰く『ヨナと一緒だと、怖い夢をみないから!』だそうだ。若い雄のヨナには苦行でしない。

  

 カスミの周りが騒しくなった。ヨナは思考を中断しカスミのもとに急ぐ。カスミは、山積みになった金貨の箱を両隣に築き上げていた。ヨナは驚き目を丸くする。 

 

(ははっ、姫さん、凄いな~。でも、出し過ぎると目をつけられるから、ほどほどにと忠告したはずなんだけど)  

  

案の定、カスミは厳つい顔のディーラー達に囲まれていた。 


「お客様、イカサマは困ります!別室で話を聞かせて下さい」物腰は他の客の手前丁寧だが、ディーラーはカスミの手首を掴む。 

「ちょっと、痛いわ。離しなさい!私、イカサマなんてしてないわよ!」 

「イカサマするお客様は、皆さん同じような言い訳をなさいます」 

「ヨナ!」 

 腕を男に捻られ痛みにカスミは、悲鳴をあげた。 

 

()()に勝手に触んな) 

  

 ヨナは、跳躍しながらカスミの横に積み上げられた金貨の箱を蹴り上げた。箱はディーラーたちの方向に倒れ、彼らは野太い声をあげカスミから離れた。怯んだ一瞬の隙をヨナは、見逃さなかった。カスミの手を引くと入り口に向かう。 


「逃がすな!追えー!」

 ディーラーの男たちの数があっという間に増え、二人は入り口の前の階段で追い込まれてしまう。 

 ヨナは、ズボンのベルトの飾りとして紛れ込ませた鞭を引っ張り出すと近寄る男たちを打ち払った。


「うわ!武器だ!どこから!」 

「受け付けは何をしてたんだ!」 

 カジノに武器の持ち込みは禁止で、入り口で簡単なボディーチェックもされていた。 

 

「ははっ、あんなの簡単に抜けられる。それよりあんた達、ホウダイ国、王妹聖女の娘カスミ様をイカサマ呼ばわりするんだ。何か証拠があるのか?」  


「証拠も何も、あの台は万に一度しか当たりが出ないように調整されてるんだ!!」 

「おい!」 

「しまった!」若いディーラーは慌てて口を塞ぐも、もう遅い。  

「ははっ、なんだ~証拠はないのか?まさか王族を拷問して無理やり吐かせるつもりだったとかー?」ヨナは、周りの客に聞かせるようにわざと大きな声で問いかける。 

  

 客たちは冤罪か?と、ざわつき始めた。 

 

「うわあ、私。万に一度が当たったのねー!凄いわー!」カスミは、ヨナの後ろで手を小さく叩くはしゃいだ。


「嘘をつくな!イカサマだろう!!」 

 若いディーラーは目を血走らせてカスミを恫喝した。ヨナは、近づくディーラーを蹴り飛ばした。

 

「嘘じゃないわ!イカサマする意味がないわ。私はカジノに散財しにきたんだもの、寧ろ増えたら困るのよ。今までの分は返すから、それでいいでしょう? 

 折角カジノに来たんだから、揉める時間が勿体ないわ。もっともっと遊びたいのよー!」 

 突然のカスミの熱弁にディーラー達が戸惑いを見せたその時―――。 

 

「引け――!」

 

 カジノフロアに低い男の声が響き渡った。

 

「姫様の言う通り、万に一度当たることもある。彼女はこの上なく幸運な女性だ。私の部下たちが失礼した、謝罪をさせくれ」 

 カスミとヨナに深々と頭を下げたのは、このカジノの総支配人(オーナー)とロッテトリスクの市長の2つの顔を持つ男、バスキューダ・ガロウその人だった。 



 

 バスキューダ・ガロウ。暗い金色の髪を後ろに流す、獅子のように厳つい容貌の男。 

 表向き市長として市民から莫大な人気を誇り、裏はカジノ総支配人として汚い仕事に手を染める。ロッテトリスクの全てを牛耳る男。 

 彼には優秀な耳がいて、すでにカスミとヨナのことも調べあげていた。

 

「聖女の娘、カスミ・マキノ・ホウダイ殿。部下の非礼の詫びに晩餐に招待したい、応じてくれるだろうか?」美しく洗礼された所作でカスミに手を差し出した。 

 

「私、堅苦しい晩餐は嫌よ!屋台でおいしい焼き鳥と、お酒が良いわ~!」カスミは、ガロウの手を握りしめるとにこりと微笑んだ。

 

 一瞬カスミに呑まれたガロウだったが、口の端をあげ豪快に笑った。「ふはは、わかった堅苦しいのは無しだ!旨い屋台に連れてってやる」 

  

 夜でも街灯で明るいロッテトリスク。ガロウは屋台ひしめく街の一角を貸し切りにし、カスミとヨナをもてなした。見たことのない珍しいお酒、食べ物に舌鼓を打つ。 

 ガロウもカスミもハイペースで飲み続けて、楽しく会話が弾む。酔ったカスミが親しそうにガロウの手やら肩、頭に触るから、ヨナは、面白くない。 

 

「ははっ、カジノの総支配人ってのは、こんなに暇なんですか~?聞きたいことがあって、カスミを呼んだんですよね?それに、砂漠から俺達を監視してたのは、あんたの差し金ですか?」 

ガロウ(相手)から話を待つつもりだったが、その前に、二人とも酔いつぶれそうだ。 

 

「そう急かすな、半獣は余裕がなくて好かんな」 

「そうそう余裕ないの~!」 

「…姫さん、飲み過ぎだ。ほら、水飲んで」ヨナは、カスミに水のコップを持たせ飲ませた。

「うんうん、ヨナ飲んだよー!ガロさん聞きたいことってなに?」カスミの口元からこぼれた水をヨナが拭く。 

 

「はっ……甲斐甲斐しいな半獣は。話はな……お前達が砂漠の真ん中にオアシスを作ったと部下より報告を受けた。金は払う、やり方を教えてくれ」 

 ガロウは深々と頭を下げ、護衛の部下がうろたえた。砂漠に面したロッテトリスクは、乾期に飲み水すら困ることがある。年々広がる砂漠、水の確保は最優先事項だった。 


「やり方は、簡単よー!水風船スライムをたくさん作ればいいのよ」  

 

 水風船スライム――それは、どうしても砂漠の真ん中で水浴びしたいと考えていたカスミが改良した特別仕様の貯蔵式スライム。 

 

「水を限界まで吸い込み山とかしたスライムを自ら歩かせることで、運搬する手間も労力も省くのよー!凄いでしょう?」カスミは、鼻息荒く訴える。 


「……奴ら、メチャクチャ歩くの遅いし途中で蒸発して丘と化してましたよねー?」 

「うっ!」 

「洗濯や畑用ならまだしも、一度スライムが飲んだ水を飲料水にするのは、どうかと俺は思いますよー」 

「ギクッ!」ヨナに突っ込まれカスミは、怯んだ。 

「ん~~っ!改良の余地は有るもの!蒸発しないように外皮を厚くして、スライムの体内に水質浄化機能をもたせれば解決するわ!」

それはもうスライムではなく、別の生き物だ。 

 

「ふはは、あんたら面白いな。そのスライムを使わせてくれ、砂漠をなくしたいんだ!改良点があるなら俺達でも研究したい、頼む!」

 

 砂漠に水を運べたら金になり、緑化する方法も金になる。ガロウに渡して良いものか…と、ヨナは悩む。 

 

「なあ頼む!正直金も名誉もある!この世での未練は、俺の故郷が砂漠に沈んだことだけなんだ!」演説するように彼は話す。

 

「ははっ、この世の未練って、まだ若いのに総支配人さんは死ぬ準備でもしてるみたいだー」 へらりとヨナが笑う。

 

「死ぬのよガロさん」カスミの静かな声が夜の街に霧散する。 

「はっ?嘘だろ姫さん?」 

「………さすが、医者だな。俺に触ったのは診察のためか?好意じゃなくて残念だよ」  

「ふふ、良いわ。ガロさんの命に免じて水風船スライムはお預けするわよ。ても、寂しがりやだからかわいがってね」

 

 

 

 

 ロッテトリスクの滞在予定日は5日間を越えた。カスミとヨナは、ガロウが用意した最高級客室(二人は別室)に泊まった。 

 カスミは午前中早くから、ガロウの手配した研究員と研究室にこもり水風船スライムの改良、増殖に没頭した。 

 午後からはカジノで遊び、ガロウと夕食をともにする。ガロウはカスミにドレスを送り、好意を隠さず頻繁に会いに来た。 

 

ある夜の夕食、個室で今日は魚料理を食べた。 


「俺の優秀な耳より報告だ。どうやらマミアナ商会がカスミを探しているようだ心当たりはあるか?」マミアナ商会は大陸一の武器商会だ。 

 

「あー。この魔道具のネックレスを頼んだ武器商会ね。うーん。何で私を探してるのは分からないわ~っ!」カスミはじっとガロウを見つめた。  

 

「ははっ、姫さんは嘘をつくときほど、見つめてくる」 

 

「~っ!違うわ!私、嘘なんて……もう、マミアナ商会の社長の馬鹿息子にホウダイ国の国賓として会ったことがあるの」諦めてカスミは、話始めた。 


「………まさか、口説かれたのか?」 


「正解!鼻息荒くのし掛かってきたから、スライムを押し付けたの。そしたらカエルみたいな声出して気持ち悪かったわー」 

 

「……それはそれは」

 ヨナは哀れな司祭たちを思い出した。彼らは元気だろうか? 

 

「カスミ、ロッテトリスクに居れば俺が死ぬまでなら守ってやれる。悪魔の穴に母親の墓参りに行く必要が本当にあるのか?」

ガロウはカスミに問いかけた。 

 

「行く必要は有るわ」

 

「………姫さん、墓参りなんて白々しい嘘が通じるわけないだろ?本当のことを教えてくれよ」ヨナが珍しく真剣な顔でカスミに詰め寄る。 

 

「……本当、の…こと」

 カスミは小さく震えた。


「いや!いやよ!!本当のことを言ったらヨナは私を嫌いになる!一緒に来てはくれないわ!また、一人になっちゃう!」

 わっとカスミは泣きながらレストランを出ていき、ヨナが慌てて追いかけた。 

  

 一人残されたガロウは、「……失恋か?まあ仕方ない俺、妻も子もいるからな………たまには家に帰るか」と、溜め息を吐くと重い腰をあげた。

 

 

 

◆◆◆   


  

 勇者たちと聖女が魔王を倒して、7年経過した。7はシーズー教の特別神聖な数。記念日に合わせ、魔王城の跡地に巨大な神の像を建てた。式典のため各国の勇者たち、王族、教団の幹部たちが一同に介す。その会場に勇者だったホウダイ国王、聖女ユリネと娘のカスミ、二人を心配した兄王子ナランもいた。 

 

(私がママを帰してあげる!) 

 

 式典の途中でカスミは聖なる力を解放した、時空の歪みのある魔王城目掛けて。 

 瓦礫の魔王城に光の柱が立ちのぼり、轟音とともに地面が崩れ、ぽっかりと虚無が広がる――時空の穴がその姿を表した。 

 穴から次々に魔物が溢れ、人々に襲いかかり会場は阿鼻叫喚と化した。

 

 兄王子は二人を守る盾になり魔物と戦う。一方ホウダイ国王(グズ)は、ひいいっと醜い悲鳴をあげ、「ユリネ、聖なる加護を俺に付加しろ!得意だったろう?」ユリネにしがみついた。ユリネは、ホウダイ国王に力いっぱい噛みつくと、怯んだ国王の顔をげしげし蹴飛ばした。 

 

「ママ!帰れるのよ!ママのお家に!!私が帰してあげるって約束したよ?早く!時間ない!」 

 カスミは蹴り続けるユリネを必死に止めた。鼻血を垂らす父王はどうでもいい。時空の穴をカスミの全ての力で無理にこじ開けたのだ、長くは持たない。 

 

「……帰れる?」 

「うん!ママも感じるよ!あっちの世界」カスミは穴を指差した。

 

「ああ!感じる。とっても懐かしい。ありがとうカスミ……不甲斐ない母で、ごめんなさい」 

 ユリネはカスミをぎゅうと抱きしめる。カスミと兄王子(ナラン)に聖なる加護を施すと、一度も振り返らず時空の穴に飛び込んだ。 

 

「……ユリネ。聖なる力を失ってなかったのか?」呆然と呟くホウダイ国王は魔物に取り囲まれた。四肢を八つ裂きにされ生きたまま喰われ、肉片すら残らなかった。 

 

 聖なる加護を得たカスミと兄王子(ナラン)は傷一つ負うことなくサイの町に逃げとおし、無事にホウダイ国にたどり着く。ナランが新たな国王となり、賢母ソーニャとともに国を発展させた。 

 

 時空の穴は、異世界への道を閉ざし、ただ無限に魔物を吐き出す悪魔の穴だけが残された。まるで聖女を不幸にした罰のように……。

 

 教会は都合の悪い真実を隠すため、聖女が魔王復活を阻止するため、その身を捧げたと流布した。


 

 

◇◇◇

 

 

 カスミはレストランの入り口階段下で膝を抱え、うずくまっていた。

 

「……ごめんなさいヨナ。私、嘘をついてたの」 

  

「ははっ、知ってましたよ初めからね」  

 

「そう、知ってたの?嘘でも、一緒に来てくれたのね」カスミは泣き笑いの顔をした。

 

「姫さんを護衛するって、約束しましたからね。俺は半獣だけど一度した約束は違えませんよー」 

 

 カスミは顔を歪め、手の甲で目頭を押さえ下を向き、くっと唇を噛みしめた。そして、何か決心したかのように顔をあげた。カスミは、もう泣いていなかった。

 

「ヨナ………ねえ聞いて、()のこと」 

 カスミは、自分の過去を犯した罪を語りはじめた。  

 

「悪魔の穴を開けたのは私なの………。

 私は、ただママが可哀想で帰してあげたかったの、そのための犠牲なんてこれっぽっちも考えなかった!」 

 

「10年前姫さんは、まだ子供だった」 


「そう、子供で無知で純粋で、時空の歪みがなぜ、魔王城に存在したのか考えなかったの」  


「うーん、確かになぜだろう?」  


「……魔王の躯があったからよ。死んでなお人々を怨み、呪い、泥沼化した負の強大な闇の力は、時空を歪ませ、魔物を生み出したの……私はそこに穴を開け魔物を解放してしまった。この10年で穴は広がり続けてる。もうすぐ臨界点を越えてしまうわ」  

 「ははっ、臨界点って?嘘みたいな話だ。そいつを越えると、どうなるんだ?」

「ナルシア大陸全てが穴になるの」 

「……穴に?」 

「そう、虚無。万物の根元としての無よ。みんな無くなるの」

「みんな……無くなる」 

 途方もない話に、ヨナは上手く言葉が続かない。のどが酷く乾いた。

 

「無くならないよう、私は穴を埋めに行くの」  


「穴を埋める、どうやって――そうか!だから聖なる力を貯めていたのか?」

 ヨナの言葉を肯定し、カスミは、にこり笑う。 

 

「ママを帰してから、兄王様と協力して穴を塞ぐ方法を探して、マミアナ商会に魔道具を作らせたの。それから、聖なる力を今までずーと貯めてきたの、長かったわ~! 

 初めての旅行で嬉しくて、たくさんヨナを振り回しまってごめんなさい。もう寄り道はしないわ。この先魔物も増えるし、マミアナ商会も絡んできて危険に巻き込んじゃうけど………ヨナに改めて護衛をお願いしたいの……だめかな?」カスミの瞳が不安そうに揺れた。

 

「……はあっ。散々人を振り回してきて、今さらですね姫さん。俺はこれから先もず~と姫さんの護衛です。最後まで一緒に行きます。決して一人にしませんよ~」ヨナは呆れたようにカスミの頭に手を載せた。 

 

「ヨナに甘えていいのね?私を……悪魔の穴に()()()()()()!」 

 

「姫さんはふらふらして危なっかしい、ちゃんと俺が責任持って()()()()()ますよー」 

 ヨナはおどけてみせた。カスミは、胸がいっぱいでヨナの首に抱き付いた。   

 


 2日後、カスミとヨナはロッテトリスクを後にした。カスミは、「みんなには、内緒ね」と、聖なる力を解放しガロウの病気を治療した。感謝するガロウに、奥さんと子供を大切にするようにと、釘を差すことも忘れなかった。

  

 ガロウは、砂漠を森にしてやると豪語し、半獣に飽きたらいつでも会いに来い、と余計な事を耳打ちした。 

 

「ヨナに飽きることないわよ!」

 カスミは、事も無げに返す。カスミに絶対的に信頼されている……護衛として。期待を裏切り、悲しませ嫌われたくないヨナは、カスミに手出し出来ない。 

   

 悪魔の穴が近づくにつれ、魔物が増える。町も村も減りその分野宿が増えた。当たり前のようにカスミは、ヨナのシュラフに潜りこむから、ヨナにとって辛く長い夜が続いた。 マミアナ商会からの執拗な刺客を振り切り。魔物には、必要最低限の聖なる力加護を使い進んだ。 


 そして、とうとうーー聖女の命日の前日廃墟の町サイにたどり着いた。 

 

 魔物がうようよする町まで刺客も追っては来ない。カスミは魔物対策で聖なる加護を自分とヨナに二重に施し、半分屋根の残った家屋に結界を張った。

 今夜は、早く夕食を済ませ、英気を養い明日早朝に悪魔の穴に向かう予定だ。 

 ヨナが荷物から食料を並べる。干した肉をスープに削いで入れ柔らかくし、お椀に入れカスミに手渡した。パンとチーズ、少しの果物を二人で分け合う。 

 

「うー。最後の晩餐にしては寂しいわねー」愚痴を言いながら、カスミは夕食を完食した。 

  

「姫さん、食い物があるだけましですよ!」 

 

「そうだけど……はあっ、煙草あと一本しかない。明日行く前に吸いたいから今夜は我慢か……あー。口寂しいわー」カスミは、床が剥がれ剥き出しになった土に生えた草を口に咥えた。

 

「こら!姫さん、草を咥えない!煙草なんて贅沢品は帰ったらしてくださいよー」 

 

「えー!帰りたくない!この先もヨナとずっとずっと一緒に居たいの!明日なんて…来なければいいのに……」 

 

「…姫さん、それって」 

 

「ごめん嘘。煙草なくて不安定なだけよ!あー!口寂しいわ!え?……ヨナ?」 

 

「―――これなら、寂しくないでしょう?」 

 ヨナは、荒々しくカスミの唇を塞いだ。 

  

 カスミが驚き抵抗しないのをいいことに、角度を変えて、何度も何度も繰り返す。いつものヨナらしくなく、どこか切羽詰まった行為。 

 

「カスミ、半獣の相手は嫌ですか?嫌なら止めます」ヨナの目が熱を込めて真っ直ぐカスミに向けられた。


「………ヨナって、ちゃんと男の人だったのね?」

「ははっ、姫さん。俺をなんだと思ってたんですか?人型の抱き枕か、なにかだと?」 

「違うわ。ヨナ最初私のこと警戒してたし、他の護衛みたいに、なにもしてこないから……」 


「一緒にシュラフで寝ても無害で安心だと!カスミが怖がるから、やせ我慢してただけですよー」


「我慢してたの?」  


「ええ、好きでもない男にキスされたら、カスミがかわいそうだ」  


「ふふ、私かわいそうなんだ?」酷く寂しくカスミは笑う。 

  

「さっきの言葉は嘘ですか?俺はカスミとこの先もずっと一緒に居たい!あなたを俺だけの恋人にしたい……好きですよ」 

 ヨナの真摯な告白がカスミは嬉しかった。胸が幸せで苦しい、ヨナと一緒に生きる未来はどんなに楽しいだろう。 

 

(私は、ヨナに好きと告白は出来ない。明日悪魔の穴に()()()()()のだから……せめて今夜だけ)

  

 カスミは、返事の変わりにヨナの胸に抱き付いた。


「ねぇヨナ、少し寒いわ。貴方のぬくもりを私にわけてちょうだい」 

  

「姫さん…」


「口寂しいのよ、お願い」 

 

「もう、俺のものですからね」 

 

 カスミは答え代わりにヨナの首筋にすがると大きな背中越しに満天の星が壊れた屋根から見えた。泣きそうなほど綺麗だった。



ーー夜明け前にカスミは一人目を覚ました。

隣には薬を飲ませたヨナが寝息をたてる。

 ヨナが風邪を引かないように毛布をかけ直してから、カスミは急ぎ服を羽織った。そして、一人穴に向けて足早に歩き始めた。


 不思議、服を着た方が寒いなんて、そんなことを思いながらーー。




◇◇◇ 

  

 

 

 カスミは、一人落ちていくーー。 

 


 光る穴の中、どちらが上か下か右か左かもうわからない。ペンダントに蓄積した全ての聖なる力を解放した今、穴が縮小していることだけはわかる。 


 

 なに……かしら?


 キラリと視界の端、遥か遠くが光った気がした。ゴミのように小さな白い点が、どんどん大きく鮮明になる。轟音とともに風が巻き起こり、それはカスミの前に姿を表した。純白の一対の翼、尖った嘴、鋭い鉤づめ。目を見張るほど美しい白隼だった。 

 隼は背中の翼の間にカスミを乗せ、ぐんと猛スピードで上昇した。 

 

「カスミ!しっかり捕まれ落ちるぞ!」 


「ヨナ!あなた隼の半獣だったの?」

 カスミはヨナの背中にしがみついた。 


「俺は、怒っているんですからね!!初めから俺を置いて死ぬ気だったんですね!!」 

「……ごめん…なさい。穴が広がり過ぎて、中から力を使うしなかったの」涙が盛り上がり頬を伝う。 

「最後まで一緒に行くと言ったでしょう!」 

「一緒に死んでなんて言えないわ。ヨナには、生きてほしかったの!」カスミは泣き叫んだ。 

「一人残され生きて何になるんですか?生きるなら、カスミも一緒だ!!」ヨナも負けじと叫んだ。 

「……うん、ヨナ。私……私も!ヨナと一緒に生きたい!」我慢していた気持ちが、ぶわっと溢れた。 

「それに、カスミは俺の獣化を見たんだ!嫁さんになるしか有りませんよ。隼は捕らえた獲物を絶対に逃がしたりしません!」

ギラギラと猛禽類の獰猛な瞳に捉えられた。


「よ、嫁さん?」 

 ヨナのプロポーズとも言える言葉に、カスミは耳まで真っ赤になった。 


「穴を抜けたら、結婚します。覚悟して下さい!絶対カスミから『好き』って言わせますからねー!」 

  

 ヨナは、更に速度をあげた。

 もう、風の音で何も聞こえなくなる。白い鳥は一筋の光のように深い穴の中、どこまでもどこまでも飛んでいく―――。 




◇ 

  

 

 王宮離宮の更に奥、花が咲き誇る東屋に眉目秀麗の男が護衛を遠ざけ一人。ホウダイ国王ナランだった。彼は紅茶を飲みため息をつく。悪魔の穴がナルシア大陸から消滅して、すでに半年経った。彼の優秀な密偵をもってしても、二人の安否は不明だ。 

 

(……ヨナならと思ったのだが、二人とも死んでしまったのか?) 

  

カスミ……穴を塞ぐためだけに生きてきた、連れて帰ってと帰り道を望めなかった妹。せめて最後に大陸中の観光がしたいと望んだ妹。本当は、幸せになって欲しかった。ぐっと涙がこみ上げ泣きまいと空を仰いだ。 

  

 その時ーー。


 彼の頭上を白いヒラヒラした物が舞った。 


(雪か?いや違う!!) 

 手のひらにそっと載せた――それは、美しい純白の大きな羽。 

 

 人の気配を感じ振り向く、彼の頬に流れたのは嬉し涙だった。 




終わり


基本はムーンさんに生息しています。 

時たま、なろうに出没しとります。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ