47話 『最期の時』
眼前に向けられている銃口。
これでは私が動くよりも早く撃たれてしまうし、一発で殺されることはないものの、眠らされるのは確定だ。こんな局面で油断してしまった私の負けだ。
「えっ、何をして――むぐっ!」
「これで良いんだ。僕がネメアを騙せる機会はここしかないからね」
私の負けで戦いは終わる。その筈だったのにクルスは予想外の行動を起こした。
それは眠らせることが出来る弾を使う事でも、私を撃つことでもない事。
実弾が何発も音を奏でる中、血飛沫は舞っているが、それは全てクルスから出ているものだった。
ネメアからすればクルスの背中で私は隠れているし、まるで私を撃っているかのように見えているだろう。
まさしく意味の分からない行動だ。
「……今まで随分と迷惑を掛けてしまったね。身勝手かもしれないけど、今から僕がする行動を邪魔しないで欲しいんだ」
「クルスさん? もしかして……」
「うん、君が想像している通りだと思うよ。きっと勝ち目なんてないだろうね。でも、今の僕にはもう、こうする他ないんだ。ごめんね」
諦めたような物憂げな顔と共に呟かれた小さな謝罪。
そんな顔を私へと向けるという事はクルスがネメアと戦おうとしている事に違いない。
でも、どうして今更戦おうと思ったのかは分からないし、仮に人質が殺されているからだとすれば、いつそれに気付いたのかも分からない。
疑問は浮かぶし、聞きたいことは沢山あるが、私はそれを全て飲み込んで突っ伏す事にした。
「ありがとう。僕の我が儘を聞いてくれて」
小さく微笑みながら感謝を述べたクルスは、痛みを抑えながらネメアの元へと歩き出すも、すぐに踵を返す。
そうして私の生死を確認するかのように脈へと指を当てながら、顔を耳へと近付けた。
「……あぁ、そうだ。最後に一つだけ。クロス総隊長は死なないよ。致命傷は避けたからね。それじゃ、僕は一足先に家族の元へと行ってくるよ」
最後に優しい声でもたらされた事実は驚愕に値するものだったが、それに反応しないように必死に体と口を抑えつけ、私は突っ伏して死んだ振りを続けた。
クルスの勇姿、戦いだけは見届けられるように視界を少しだけ確保しながら。
「ユフィ、いや器は動けなくしたよ。騙し討ちしちゃって申し訳ないけどね。これで家族は解放してくれるんだろう?」
「あぁ、本当に戦闘不能にしていたらだけどな。まずはその確認からだ」
「待ってくれ。この返り血を見れば分かるだろ? それにここまでしたんだから娘達が生きているかだけでも教えてくれないか?」
ネメアとクルスの会話が聞こえ、クルスが人質の生死を確認しようと問いかけたその時、私の僅かな視界でもハッキリと分かるほど、ネメアの表情は歪んだ。
口角は上がり、悪魔のような笑みでクルスへと耳打ちをしているネメアが何を言っているのかはおおよそ検討はつく。
きっと人質は既に殺されているのだろう。
「そうか。でも、さっき話した時からなんとなくお前はもう殺していると思っていたよ。だから、今ここで娘の仇を取らせもらう!」
「遅えんだよ! 雑魚が!」
「うぐっ、まだだ!」
「はっ! カスが抵抗してんじゃねえよ。じゃあな、てめえのお陰で色々助かったのだけは感謝しとくぜ」
「クソっ、僕は……無力……か」
銃を撃っても避けられ、蹴りを繰り出そうとしても防がれている。
挙句の果てには一瞬にして腹を貫かれてしまった。
仇も討てず、人質を救う事も叶わない最期。
この瞬間だけを切り抜けば、確かにクルスは無力な存在と言える。
……でもそれは違うのだ。確かに家族は救えなかったが、少なくともメルクを助けているし、なにより私を救ってくれている。
だからこそ、私はその恩を返さないといけない。
世界を救い、ネメアを討つことで少しでも殺されてしまったクルスが報われるように。
「さて、このゴミも処分した事だし、おい! 生きてるんだろ?」
既に息絶えているクルスをゴミの様に投げ捨て、ネメアは私へと声を掛ける。
「家族の為に命を張った人間を、その覚悟を、あんたは殺してからも踏みにじるんだね。少しでも気持ちが理解出来ない訳!?」
「はぁ? 意味わからねえこと言ってんじゃねえよ。ゴミにゴミと言って何が悪い。ってか、そもそもお前だってこっち側だろ? おかしな事言ってんじゃねえよ」
「私は確かに烙印者かもしれない。けど、あんた達と一緒にしないで!」
ネメアの言葉に激昂した私は怒りのままに立ち上がり、駆け出して武器を大きく振りかぶる。
「おいおい、獣みたいになったってどうしようもないぜ? 一回落ち着けよ」
「うるさい! だったら反撃の一つでもしたらどうなの!?」
売り言葉に買い言葉。
避けられ続ける事によって苛立ちと焦りが増してきている私は既に冷静じゃなくなっていた。
「反撃? んなもん必要ねえよ。俺様の目的は一つだけだからな。時間なんて一瞬で充分だ」
「っ!? その武器って天秤座の!?」
「良く分かったな。でも、もう手遅れだ。俺様は能力でどんな武器でも操れる。例え烙印者の武器だとしても、だ。つまりどういう事か分かるか? これで俺様の勝ちって事だよ!」
悠長に会話をするべきじゃなかった。
ネメアの言葉など無視して、ずっと攻め立てるべきだったのだ。
幾ら防がれようと、避けられようと、私の方が身体能力は上なのだから先に疲れるのはネメアだし、それを待つべきだった。
でも、こんな事を考えても――もう遅い。




