45話 『最後の命令』
瓦礫でメルクが怪我をしないように、敵に襲われても守れるよう手を引きながら駆けていく。
足場は悪く、普通の人間では走り辛いだろう。
それでもメルクは転んだり、体勢を崩す事なく、私の手を握ったまま走ってくれていた。
「はぁはぁ、あれ? ユフィさん、まだ声がするみたいですよ」
「うん、これは……カルマさんの声かな。でも、怒ってるみたい。これならまだ顔は出さない方が良さそうだね」
出来るだけスピードを抑えたつもりだったが、それでもメルクには速かったらしく、到着する頃には息切れを起こしていた。
しかし、そんな私達の足音や息遣いすら聞こえていないのか、未だ扉の前で聞き耳を立てている私達の耳にはカルマの怒声が聞こえてきている。
こっちに気付いている気配はなく、怒声を浴びせている相手がクルスだからこそ、そっちに注意が集中しているのだろう。
「クルス! てめえは裏切りもするし、ましてや恩を仇で返しやがって!」
クルスがどんな経緯でジャッジメントに入ったのかは分からないが、カルマの口ぶりから考えるにクロス絡みである事は間違いない。
ただ、クルスがカルマに言い返すことはなく、程なく沈黙が流れた後にパリンと窓が派手に壊される音が耳に届いた。
程なくしてドタドタと慌てて追いかける足音も聞こえるし、クルスは逃げたのだろう。
「カルマ、もう良い。あいつが決めた事だ。私を撃つときも泣いておったしな。あいつにも思う所はあるのだろう」
カルマへと向けての言葉はとてもか細く、クロスが傷を負っているという事は声を聞くだけで分かった。それも、恐らくは致命傷の類だ。
「……こうなったのも私の所為か」
小さな呟きはメルクには聞こえていないらしく、扉から離れて俯いている私を不思議そうに見つめてきている。
「メルク、私は中に入るけどさ。ごめん、手を握ってくれないかな? あはは。何を言われても覚悟は出来ているつもりだったんだけどね」
私が責任を感じる必要はないのかもしれない。
けど私が居なくなり、手薄になった所を襲われているのは間違いないし、責任の一端があるのも事実だ。
それを分かっているからこそ覚悟を決めていた筈なのに、いざこの時になれば怖くなってしまう。
それ程までに私の心は未だ弱すぎるのだ。
「大丈夫。私が言うのも変な話ですが、襲撃された事に対してユフィさんは何も悪くないですよ。でも、そうですね。怖いなら幾らでも手を握ってあげます。私達は仲間ですからね」
ぎゅっと握られた手から、言葉から、なによりもその笑顔から私の心は暖かな気持ちに包まれて、一歩を踏み出す力が湧いてきた。
「――誰だっ!? ……なんだ、お前らか。よく生きてたな」
「すいません。戻るのが遅くなってしまってこんな事態に……」
部屋に入ってすぐにカルマから声を掛けられ、私は開口一番謝罪を口に出す。
「……ユフィさん」
シーンと張り詰めた空気の中、手を握る力が強くなっていたのか、メルクが落ち着かせるように小さな声で私の名前を呼ぶ。
「ご、ごめん。痛かったよね!」
「ううん。大丈夫。それより、ほら、ちゃんと顔上げないと!」
頭を下げ、視線が下を向いていたから気付けなかったが、メルクの言う通り顔を上げてみればクロスもカルマも怒っている気配はなく、むしろ呆れているような表情をしていた。
「はぁ。てめえは何を気にしてやがる。今はそれどころじゃねえだろうが。ってかなぁ、お前がこの国を案じてすぐに戻ってきてくれただけでも俺たちとしたらありがてえんだよ」
「そうだな。今回の襲撃はクルスが門を開けて敵を誘導した結果だ。ユフィ君が気に病むことじゃないさ。そう、悪いのは全てクルスの奴だからな」
怒る訳でもなく、私が戻ってきたことに感謝してくれているのは予想外であり、呆気にとられた私は唖然としていた。
「おいユフィ。お前は一人で来たのか? それともルーナやノーヴァも一緒か?」
唖然としている私を引き戻すように、カルマは近付いて肩を叩き、訊ねてくる。
ハッとした私は隣国に居た烙印者を討伐した事や、ノーヴァと二人で来たことを伝えた。
「そうか。ルーナが来てないって事は動けない程負傷したって事だな?」
「はい。毒を使ってくる烙印者が居たのと、矢による深い傷を負ってしまったので今すぐ戦線復帰は難しいと思い、置いていくことを決断しました」
私がルーナについて答えている最中、クロスはフラフラとした足でなんとか立ち上がり、カルマの肩に掴まりながら私の事を見据えている。
「それは英断だ。さて、ここら辺で話は終わりで良いだろう。今は未曽有のピンチだ。私も動けず、隊長も居ない。ここまで言えばユフィ君は自分が何をするべきか分かるだろう?」
そして、私が話し終わると矢継ぎ早にクロスは『動け』と指示を出してきた。
「分かっています。この国を私が救います! 烙印者を、クルス隊長を倒してみせます!」
「そうだ、それで良い。私達の事など気にせずさっさと終わらせてこい!」
ドクンと心臓が脈打つほどの声。
覇気のようなものが体を突き抜け、私に委ねられている重圧を退ける様に心を鼓舞していく。
メルクの目が、カルマの目が、クロスの目が。
ーー『お前ならやれる』と言うかのように訴えかけ、全員の期待を背負った私の体は漲っていた。
「はい! 必ずや期待に応えてみせます!」
「ユフィさん、絶対に戻ってきてくださいね!」
「……ごめん。それは保証出来ないかも」
「えっ?」
「でも! 全力は尽くすから! もし戻って来なかったら……ごめんね」
例え生きていたとしても魔女になれば戻ってくることは出来ない。
それを私だけが理解しているからこそ、約束はせず、メルクの顔も見ずに踵を返した。




