30話 『眩しい笑顔』
自らの弱さを再度自覚した。
確かに強くはなって、烙印者とも戦えるようになった。
でも、それでも足りない。
全てを守るには、全てを葬るには。
永遠と続く罵倒と暴行に耐え抜きながら、私は心が折れないようにと思考を絶やさない。
どうすればもっと強くなれるのか。
どうすれば今ここで生き残れるのか。
少なくとも、二つ目の答えは助けが来る事だけ。
そして、それはすぐそばまで迫っていた。
「――それはどうかな?」
「なっ! てめえ、裏切っ――ガハッ!」
クレヴィスが最初に宣言した通りに四肢を切り落とそうとしたその時、ハサミが閉じられるよりも早く声が聞こえる。
すると、クレヴィスは驚いたように声を上げながら振り向こうとした。
しかしそれは途中で遮られ、若干聞こえた言葉に私は一瞬の疑心を抱いたものの、クレヴィスの体を貫いた弾丸と顔面を殴られる形で吹き飛んでいく姿を見て薄れていった。
「大丈夫か!? 救援に遅れて済まない、ここに来るまで少し手間取ってしまって……」
「おいクルス。さっきの奴、俺が殴る前になんか言おうとしてなかったか? 裏切りがどうとかよ。どういう意味か分かるか?」
「いや、済まないが全く分からないな。ユフィ君と一対一の勝負でもしてたんじゃないか? それに横やりが入ったから約束を破ったみたいな意味で言ったとしか考えられないな……」
クルスとカルマが助けに来てくれたという事実が心を安堵させた事により、集中力が切れた私は声を掛けられても反応できず、二人の会話すらも上手く聞き取ることが出来ない。
全ては緊張が解かれた為に襲い掛かってきた激痛の所為だが、視界も耳も悪くとも、私は一つだけ聞かなきゃいけない事がある。
痛みに耐えてでも、絶対にメルクの安否についてだけは聞かないといけないのだ。
「……メル……クは……生きて、ますか?」
「っ! 良かった! 反応がないから駄目かと思ったよ。大丈夫、メルク君も既に本部の医務室に運ばれているよ。君も重傷だからすぐに運びたい所だけど、さすがにボロボロの烙印者を捨ておくわけにはいかないから、もう少しだけ耐えてくれ」
「……良かった。私、メルクの事を助けられたんだ……」
クルスの言葉を聞いて、メルクが逃げ延びた安心感と自分が役目を果たせたことに感情が爆発し、目からは涙が零れ落ちる。
「ちっ! 烙印者がヒーローみたいな真似しやがって。……でもまぁ、その心意気は嫌いじゃねえ。てめえは巻き込まれねえように遠くで寝てな!」
「ちょ、カルマ! 怪我人をそんな扱いしたら!」
「良いんだよ、こいつはこの程度じゃ死なねえ。烙印者はどいつもこいつも頑丈だからな」
みっともなく泣いている私はカルマによって持ち上げられ、少しの浮遊感を味わった後に離れた地面へと転がる。
濡れた顔には土が付き、軽い衝撃でも全身の痛みを何倍にも引き上げられていく。
「てめえら、私様の邪魔をしやがって。ぶっ殺す!」
「やっぱり生きてるよなぁ! ははっ! ほら、今度は俺達が遊んでやるよ!」
「はぁ、挑発なんてするもんじゃないっていうのに……」
「調子乗ってんなぁお前! 良いぜ、てめえの安い挑発に乗っかってやるよ!」
必死に意識を失うまいと砂を掴み、全身に力を込めて朧げな視界を維持するが、戦闘開始を告げるように発生した砂嵐と戦闘の余波を耐える事は叶わなかった。
「ん……ここは……?」
目を開けば天井が見え、背中に感じている感触と若干の痛みを無視し、私は体を起こす。
周囲を見渡せばここが病室だという事を理解するのにそう時間は掛からない。
隣のベッドにはメルクが居て、寝息だけが聞こえる静かな部屋だ。
「ん、むぅ、ユフィ……さん?」
「あ、ごめん。起こしちゃった?」
微かな物音によって熟睡していたメルクは目を覚まし、寝ぼけた目を擦りながら傍らにあった眼鏡を手に取った。
「いえ、なんとなく目が覚めちゃいました。ユフィさんの所為じゃないですよ。あっ! それよりもあの烙印者は倒せましたか!?」
「あー、うーん。ごめん、私だけじゃ倒せなかったんだ。私がここに居るって事は多分クルスさんとカルマさんが倒したんだろうけど……」
期待の籠ったメルクの眼差しに対し、私は自分で倒せなかったという事実をそのまま伝えた。
追い詰めたけど瀕死になってしまった事、カルマとクルスが寸前の所で助けてくれたことも。
「……そんな事があったんですね。でも、それならきっと倒せてますよ! 私を助けてくれた救援部隊の人だって向かったんですし、それにユフィさんが追い詰めたんですから!」
私の顔を掴んで無理やり上げ、目を合わせてメルクはそう言い放つと、続けて私の手を優しく包み込むように握り、言葉を続ける。
「ユフィさんは私を守るために戦ってくれました。ちゃんと見届ける事が出来なかったのは悔しいですが、きっとその姿はとても恰好良かったと思います。だから、そんな顔しないで下さい。貴方はもう私の英雄なんですから!」
窓から差し込む光がメルクを照らす。
涙は輝き、はにかんだような笑顔は――一瞬言葉を失う程に眩しかった。
「……違うよ。私は英雄なんかじゃない。怪我もさせちゃったし、ちゃんと守れなかった」
「そうですね。確かにそうかもしれません。けど、それでも私の中ではもう揺るぎません。ユフィさんが何と言おうともう変わりませんから」
「そっか。それなら諦めるしかないか。でもさ、やっぱり英雄ってのはやめない? ほら、私としては友達とかの方が良いかなって……。なんて、根本は烙印者の私じゃ無理かな?」
どれだけ否定しようともメルクが頑なに考えを変えない以上、私が折れる他ない。
……けど、やっぱり私としては英雄として見られるよりも友達として側にいて欲しいと思う。
それが叶うかどうかは本心を聞いたメルク次第だが、驚いた顔を見る限りだとやっぱり難しいのかもしれない。
「あの、ホントに良いんですか?」
想定外の返答だった。英雄と友達は違うし、てっきり拒否されるんじゃないかと思っていた。
だからこそ嬉しさというより驚愕が勝り、咄嗟に返答の言葉は出てこない。
「……そう、ですよね。私ってほら、任務外だと露骨に嫌がる素振りしてましたもんね。ユフィさんもそれに気付いてたと思いますし、手のひらを返すように私が友達になるのなんて嫌ですよね。ごめんなさい、ちょっとぬか喜びしちゃいました」
そう言ってメルクは小さく笑う。無理に作ったような笑顔で。
「ち、違う。違うの! そう言ってくれるのが嬉しくて固まっちゃってただけ! 勘違いさせてごめんね。メルクが受け入れてくれるなら、友達になってくれるならすっごく嬉しいよ!」
そんなメルクの顔を見た私は、離された手を掴んで力を込めながら慌てて否定した。
「えっ!? す、すいません。早とちりしちゃいました……。あはは、そ、それじゃあ改めてよろしくお願いします、ユフィさん!」
「うん! こちらこそ迷惑かけるかもだけど宜しくね!」
メルクと手を握り合ったままに正面から向き合い、ここからどうしようと思った矢先、聞き覚えのある慌ただしい足音が耳に届いた。




