『曝け出す本心』
ルーナの言葉を待ち続ける。
動悸は止まらず、周囲にも心臓の音が響いているのではないかと思ってしまう。
いつ喋るのか。ルーナへと視線を向けられないままに、短い沈黙は破られた。
「――やっぱり一度の戦場での判断は誤ってると考えます。ですので、これから私とユフィで戦い、ユフィが善戦もしくは私に勝利したならば今回は見逃していただけないでしょうか?」
「……えっ? 何言ってるの? 私がルーナちゃんと戦う……。も、模擬戦だよね?」
「違います。お互いに本気の殺し合いです。実力を確かめるのはそれしかないでしょう?」
ルーナの下した答えに、困惑した私は疑問をぶつけるが、返ってきたのは冷たい視線と棘のように突き刺さる言葉だけ。
これは明らかに本気で殺し合いをするつもりだし、なにより周りを見てみればクルスは驚愕しているものの、他の人達は皆納得したように頷いている。
隊員同士。それも烙印者との殺し合いをたかだか実力確認の為にさせるなんてあり得ないと思いたいが、私がどう思い、考えたとて既にクロス達の中で決定した事実は覆らないようだ。
「そうか。隊長に匹敵するルーナ君の実力なら申し分ない。許可しよう」
「あ、ありがとうございます!」
とはいえ、結果として私が一時的に救われたのには変わりない。
が、本気の殺し合いというのを私以外の全員が許可したことで、誰も止めることなくルーナの提案は通ってしまった。
そうして私は今から始まる殺し合いに対して意気消沈しながらも、場所を移すためにクロスや隊長達と共に訓練場へと向かう事になった。
「クロス総隊長。私は別室に居る二人へと任務の話がありますので、後ほどユフィ君の実力の程をお聞かせしてもらっても宜しいでしょうか?」
「あぁ、構わないよ。そちらはクルス、君に頼んだ」
「はい、お任せください」
部屋を出て訓練場へと向かおうと歩き始めた時、クルスだけが別室に居るノーヴァとメルクへと新たな任務を言い渡しに去っていく。
私は最悪の状況になった場合を想定して引き留めようとしたけれど、立ち止まる私の手をルーナが強く握った事ですぐに考えを改める。
戦うにしても、説得を試みるにしてもクルスに頼ってばかりではいられないのだ。これは――あくまでも私自身の問題なのだから。
「ここで良いだろう。ギャラリーも少なく寂しい場所だが、充分な広さはある。存分に戦い、君の力を見せてくれたまえ」
人払いがされていて他の人達が誰もいない訓練場に辿り着いた後、クロスは私に向けてそう言い放つ。
その後、スタークとカルマを連れて距離を取り始めた。
残されたルーナも戦闘準備をするかのように間合いを取り始め、未だ戦いたくない私だけが静かで広い空間の中で呆然としながらポツンと立ち尽くしている。
「ホントに、戦わないといけないの……?」
「えぇ。でもね、そもそも貴方が戦場で何も出来なかったのが原因なのよ。今更後悔しても遅いわ。いい加減覚悟を決めなさい」
ルーナの言う通りこの状況になったのも自業自得に違いない。
でも、改めてそう言われてしまえば余計に心は沈んでいく。
ただ、ルーナはそんな私を見て苛ついているのか、今度は殺意や敵意の籠った視線を向けながら徐に喋り始めた。
「ユフィ、貴方がまだ自由でいたいのならその態度はいい加減やめた方が良いわ。これが最後のチャンスなのよ?」
「で、でもルーナちゃんを殺しちゃうかもしれないんだよ!?」
「っ! 私はそんなに弱くないわ! 舐めないでちょうだい!」
激昂したルーナは喋りながら持っていた茨鞭を振るい、瞬時に私の頬を切り裂いた。
頬を伝う血は暖かく、痛みも遅れてやってくる。が、躊躇なく傷付けられた事に今更驚きはしない。
むしろ、血が抜けた事である程度の冷静さを取り戻す事が出来た。
「……その武器、ルーナちゃんは本気なんだね」
「えぇ、貴方という烙印者相手には本気を出さないと勝てそうにないもの」
「そっか……」
烙印者の武器である茨鞭を使う以上、私が抵抗しなければきっと本当に殺すつもりなのだろう。
とはいえ、私は依然として戦いたくないし、ましてや殺しなんて以ての外だ。
とて、無抵抗のまま殺されたくもない。未だに覚悟は決まらないが、少なくとも攻撃を凌ぐ為に武器は構えておかなければならない。
「――そうよ、それで良いの。これでようやく戦えるわ!」
「武器は出したよ。けどさ、やっぱりこんなの間違ってるよ! 仲間同士で戦うなんて!」
「はぁ? 私と貴方が仲間? 可笑しなことを言わないで下さい。私と貴方の関係はそんな生温いものじゃありません。烙印者と監視者――って、こんな事もうどうでも良いです。貴方が何もしないのなら無様に死になさい」
武器を出したのは良いものの、相変わらず戦いを避けようとする私に対して、ルーナが取った行動は無慈悲な攻撃。
それも、確固たる殺意の込もった全力の一撃だ。
「っ! こんな所まで届くなんて!?」
避けるつもりだった。まだ話をしたかったから。
けど、見た目からは考えられない。というよりもあり得ないまでの攻撃範囲によって防御する事を強いられてしまったのだ。
「良い反応ね。でも、これならどうかしら!」
私が防いだことによって、無情にも戦闘は始まってしまい、今度は防御すら許さないとでも言うようにルーナは激しく茨鞭を振り回す。
荒れ狂う風が視界を狭め、放たれた連撃は全方向から攻撃されているかのような感覚に陥ってしまう。
これでは幾ら身体能力が高くても全ては防げず、傷は次々に増えていった。
凄まじい連撃。こんなの私じゃなかったら即刻死んでいてもおかしくない。
止まる事のない猛攻にやがて服は破れ、体の至る所から血が垂れるくらい満身創痍になった時、不意に鞭を振るう手を止めたルーナは、
「……貴方が今まで貴方が殺してきた人にも子供や大事な人が居て、裏切ったのだってやむを得ない事情があったのかもしれません。勿論、貴方がそれを理解していないとは思えませんし、それを理解した上で殺したのだと私は思っています」
心に問いかけるように言葉の刃を放ちながら私へと歩みを進め始めた。
「そ、そんな事今関係ないでしょ!?」
ルーナの言っている事が今と何の関係があるのか分からず、私は声を荒げながら言葉を返す。
まるで自分が蓋をしてきた、考えたくなかった事から逃げるように。
「いえ、関係ありますよ。だって、貴方は生きる為に今まで殺してきたのでしょう? だったら今だってそれと同じ事をすれば良いじゃないですか。今だって大切な人を殺せないだとか、私を気遣った振りをして逃げ道を探したいだけじゃないですよね? 自分も助かって、私とも戦わない。そんな良い選択肢なんてある訳がないと分かっているでしょうに」
「それは……」
分かっているつもりだった。ルーナに言われなくとも戦う以外選択肢がない事くらい。
けど、今までだってずっとこうやって生きてきたのだ。
嫌な事からは出来るだけ逃げて、自分が正しい事をしていると言い聞かせ、なんとか生き延びてきた。
これが自分勝手で、自分本位で、なんだかんだ全てが自分にとって良いようになる為の事だと心の奥底では理解している。
だって――私の行動は全て私が生きる為で、生かされた命を永らえさせる為のものだから。
「……ルーナちゃんの言う通りかもしれないね。でも、私の本能が勝手に行動させるんだから仕方ないよ。止められないんだもん」
「はぁ、別に責めてるつもりなんてないわ。誰だって死にたくないし、自分にとって都合の良い現実を求めるものだもの」
「じゃあ別に言わなくても良かったじゃん。なんなの!? 一体私をどうしたいの!?」
ルーナが何を言いたいのか全く理解出来ない。
責めたいのか、慰めてくれているのか。理解してくれているのか、何もかも分からない。
心に渦巻く混乱に無性に苛立ちを覚えてしまうから、私は癇癪を起こしたように頭を抱えて叫んでしまった。
やり場のない気持ちを発散するように。
「――戦わせたいのよ。最初から言っているでしょう? 私は貴方が必死に生きようとしてきたことを知っている。貴方がただのベッドで喜んだり、誰かと話すことで楽しむことだって。だから、そんな貴方を私は助けたいと思って手を差し伸べたのよ!?」
八つ当たりをしてうずくまる私へとルーナは想いの丈を声の限り叫んでくれた。
聞きたくないと耳を閉じていても聞こえる程の声は私の心へと確かに届き、体を震わせた。
こんなにも想ってくれている。そう分かった以上私としては余計に戦い辛くなり、希望を込めながらルーナの手を掴む。
「ルーナちゃん……やっぱりもうやめようよ。まだきっと私が生きる道だって、ほら、裏切り者とかを沢山殺したりすればさ!」
ぎこちない顔、薄ら笑いで言ってしまった私は、直後に手を無理やり振り払われた事で驚愕と共に自分が何を言ったのか理解した。
ルーナと戦いたくないが為に、人を沢山殺すと言ってしまったのだ。余りにも最低な発言だろう。
「……そう。貴方は、ここまで言っても駄目なのね。もしかしたら今すぐ死んだ方が良いかもしれないわ。じゃないと貴方を守って死んだ人が不憫で仕方がない。貴方がどう思っていようとその人の思いは確かに伝わっていた筈なのに……そんな事を言うなんて最低だわ」
怒りの籠った返答に心は抉られてしまう。でも、こう言われてしまうのは仕方ない事だ。
なにせ、例え裏切り者だろうと人間という括りに違いはなく、さっきの発言は敵である烙印者がしてきた大量虐殺と殆ど同じようなもの。
ルーナがシスターを不憫と言うのも、今の見苦しい私を見れば当たり前なのかもしれない。
「ご、ごめんなさい。そんなつもりじゃなくて、ただ私は……」
ここまで敵視されても尚、媚びへつらおうと私は上目遣いをしながら脳をフル回転させ、必死に言い訳を考えようとした。
でも、今更取り繕う事すら出来ない程にルーナの目は冷え切っている。
瞳の奥には煮えたぎるように怒りが垣間見え、私は失言しないようにと思わず口をつぐんでしまった。
「その目、気持ち悪いわ。あんな事を言ってもまだ貴方は自分の保身を大事にしているの?」
嫌悪感を露わにしながら、ルーナは問いかけてきた。
図星を突かれた私は後ずさりながら声を張り上げる。
「なんで、やめて、やめてよ! なんでそんな事言うの!?」
「言われたくないなら行動で示しなさいよ! 現実から目を逸らしているだけじゃ何も変わらない! 貴方の価値は戦う事でしか見出せないのよ!?」
バチンッと鞭で地面を叩きながら怒りをぶつけるルーナ。
「っ! 確かにそうなのかもしれない……けど、私だって戦う事しか出来ないのは自分でも分かってるもん! でもさ、分かっててもそう簡単に覚悟を決められる訳ないでしょ!?」
対して私は勢いのまま、感情のままに言葉をぶつける。
自分の中で抱えていた感情を言葉に変えて吐き出していくように。
まるで我が儘な子供だと分かっていてもやめられない。
「――なら今決めて、そして戦いなさい。貴方が生き抜くためには誰が相手でも戦うしかないの。だから弱腰になっちゃ駄目、弱音も吐いちゃ駄目、怖がるのも論外。戦場じゃ臆したら死ぬんです。――私は貴方に生きて欲しいんです」
これまで醜態を晒し続けてきた私への最後の審判。さっきまでとは違う、今までのルーナと同じ声色。
優しく、それでいて厳しさもある言葉の数々に心打たれていく。
だったら私は、覚悟を決めるまで時間が掛かったけどその心に正面からちゃんと応えないといけない。
きっとそれが大切な仲間に対しての最低限の礼儀なのだから。
「……ありがとう、今までわざと私の為に言ってくれてたんだよね。覚悟は決まったよ。ちゃんと戦う。だから、絶対に死なないでね。多分この力は加減出来ないから」
「べ、別に全部が全部貴方の為じゃありません! 私は少しでも親しくなった人には簡単に死んでほしくないだけです! ……あぁ、それと甘く見ているかもしれませんが私も強いので心配は無用です。どうぞ、全力できてください!」
言葉を交わし、お互いに一瞬だけ目を合わせた後、少しの沈黙が流れたがそこから先の戦いはまさしく一瞬だった。
「ルーナちゃん、行くよ!」
先に動いたのは私。ルーナは茨鞭を構え、私がどう動くのかを見てからカウンターをしようと考えていたのだろうけど、その時点で九割方勝敗は決した。
ーー私の勝ちだ。
「なっ、これは――蛇!? まさか貴方、遂に武器の能力を使えるようになったのね!?」
「うん、自分でも驚いてる所。でもごめんね、先手を許した時点でルーナちゃんの負けだよ」
覚悟を決めたことで殻を破った私は、笛を吹くようにして武器を扱い、ルーナの真下から数体の蛇を呼び出して四肢を拘束した上で、更に首を噛みつかせて麻痺させている。
この時点で既に普通の人なら勝負を諦めていたと思う。常人とは一線を画す速さだから対応出来ないのは仕方ない事だ。
「まだよ! まだ終わらない!」
しかし、ルーナは違った。
麻痺が体に回る前に蛇を無理やり振り解き、茨鞭を横薙ぎに振るう事で棘を飛ばしてきたのだ。
「さすがだね、けどこんなの効かないよ!」
「っ! 想定外だわ」
麻痺毒が回った事でフラフラしている以上、これ以上拘束する意味はないと思った私は飛んでくる棘を蛇の体で防ぐと、同時に迫っていた鞭も巨大な蛇の頭を踏み台にして避けた。
そして着地すると同時に駆け出し、最後の力で鞭を束にして防ごうとするルーナの事を笛で強打。
思いっきり振り抜くようにして吹き飛ばす事で訓練場の壁へと激突させた。
――そうして私たちの戦いは数分にも満たない一瞬の攻防で終わったのだ。
「この力、これ以上は仲間に使えないな」
今回は初めてだったこともあって手加減せずに力を使ったが、今後は仲間相手にこの力を振るう事はないだろう。
いや、というよりも使えないというのが正しい。
結局私が無意識に殺したくないと思ってしまえば、恐らく力への制御は勝手に起きてしまう。
「ルーナちゃん、痛くしちゃってごめんね」
ルーナが弱かったわけじゃない。むしろやっぱり強い方だと思う。
だけど最初から守りに、後手に回った事がルーナの敗因だったのだ。
最初から強気に攻めて来れば勝敗はまだ分からなかっただろう。
「――ごほっ、ごほっ。はぁはぁ、まさかここまで簡単に負けるとは思いませんでしたよ。随分と凄まじい力を隠していたものですね」
「意識が戻ったの!? 安静にしてなきゃ! 喋らないで!」
私が思っていた以上に衝撃は少なかったのか、すぐに目を覚ましたルーナは咳き込みながらたどたどしく話し始める。
けれど喋るたびに体が痛むのか、顔は歪んで辛そうだ。
どうにかして喋るのをやめさせたいのだが、ルーナの口は止まりそうにない。
「……その、貴方の為とはいえ傷付けてしまい申し訳ありません」
「ううん、大丈夫だよ。こちらこそ醜い姿を見せてごめんね」
悲し気な表情で謝るルーナへと首を振りながら私は言葉を返し、謝罪する。
ルーナが謝る必要はなく、罪悪感も抱いて欲しくないが為に。
「ホントですよ。ちょっとだけですが、引いちゃいましたからね」
「うー、そうだよね。気持ち悪かったよね。……でも、もう弱音は吐かないよ。ルーナちゃんのお陰で自分を変えられたからね! 本当にありがとね!」
「そ、そんな感謝とか良いですから! とにかく、今回は一応助かったみたいですから今はその事を喜んでください! 言っておきますがもう私は助けませんからね!?」
キッと睨むような形で強く宣言してくるが、多分ルーナはもう一度私が同じような状況になっても助けてくれると思う。
勿論最初から頼るつもりはないけれど、こうした危機に陥った時に助けてくれる人が出来たのはなによりも嬉しい事だ。
「えへへー、分かってるよ!」
「だ、抱きつかないで下さい! 痛いです! ちょ、本気で怒りますよ!? 骨が折れてて痛いんですって! というか馴れ馴れしいです!」
抱きつき、喜んでいる私を他所にクロス達は烙印者としての実力を垣間見た事で戦力として納得したのか、少し呆れながらも訓練場を去っていった。




