『戦力外通告』
ルーナが離れた直後、タイミングを見計らったように背後から気配を感じた。
「……てめえが件の器か」
耳元から囁くように声が届く。苛立ちを込めたような低く、ドスの効いた声が。
「だ、誰っ!?」
今の今まで気配を全く感じなかったのに、突如現れた誰かに肩を掴まれた私は、声を上げながら手を振り払って振り向いた。
『ユフィさん! 逃げてください、貴方の付近に烙印者が!』
「あっ、えっ、蟹座の……烙印者……?」
『聞こえてますか!? 早くその場を離れてください!』
メルクの必死な叫びは届いてる。
でも、蟹座のマークを確認したその瞬間に目が合ってしまった事で、声が出せなくなってしまったのだ。
まるで心の奥底を覗き込まれているようで、ルーナの手によりギリギリ克服した恐怖という感情も再度呼び起こされている。
それに、明らかな殺気に当てられている今、自分の命すらも握られている感覚に冷や汗は止まりそうにない。
早く戦わなきゃいけない。そう思った矢先、烙印者は私の正面に立って喋り掛けてきた。
「おいおい、わざわざ残滓に紛れて会いに来てやったのに拍子抜けだな。こりゃ雑魚過ぎて退屈凌ぎにもならねえじゃねえか」
落胆している烙印者の姿から目を離せない私は震えに拍車がかかり、更に体を震わせる。
「子ウサギみたいに震えやがって。つまらねえ奴だな。てめえが器じゃなかったら攫うんじゃなくてさっさと殺してやりてえくらいだ」
そう言って烙印者は私を連れていこうとするが、
「ようやく姿を見せたわね! 器は貴方たちに渡さないわ!」
間一髪、急いで戻ってきたルーナが横から強襲するように攻撃を仕掛けた。
「おー、怖い怖い。凄い気迫だ。でもまぁ、中々楽しめそうな相手だな」
しかし、烙印者はそれを簡単にいなすと俊敏な動きで距離を取るように離れていく。
けれど、ニヤニヤと笑いながらこれから戦うような事を言ったかと思えば、
「ちっ! ふざけやがって。私様に向かって指図しやがってよ。良かったなぁお前ら。今回は別の用事があるから見逃してやるよ」
まるで誰かから指示を受けたかのように悪態を吐き始めた。
とはいえ、烙印者が指示に背く事はなく、苛立ちを発散するように地面を蹴り上げると、背を向けて歩き出してしまった。
「このまま易々と逃がすと思っているのですか!? ここで貴方には死んでいただきます!」
敵である私達を前にして見せた隙。
それを狙ったルーナがすぐさま鞭を振るうが、烙印者は振り向きざまに難なく片手で防いでしまう。
「そういう訳にもいかねえんだ。じゃあな。次は心ゆくまで殺し合いをしようじゃねえか!」
烙印者が話している間にも、ルーナの攻撃は続いていた。
にも関わらず、烙印者は残念そうな顔で防ぎ続けるのだ。
それも、変わらず全てを片手のみで弾いている。
必死なルーナと涼しい顔の烙印者。私達と強さの次元が違うのは誰の目から見ても明らかだ。
「どこに行こうと、くっ、残滓が邪魔で……ユフィ! 貴方もいい加減戦いなさい! このままじゃ残滓に殺されるわよ!?」
「う、うん! 分かってるんだけど……」
逃げる烙印者を追いかけようにも、行く手を阻むように創り出された残滓が邪魔でルーナは身動きが取れていない。
私は私で腰が抜けてしまっている現状、立ち上がれてすらない。
そうして相変わらず役に立たない私を助けながらルーナは一人で残滓を片付けていくが、その頃には既に烙印者の姿は消えてしまっていた。
ただ、不幸中の幸いというべきか当初の任務である残滓を討伐するという事は果たせていた。
問題は烙印者をみすみす逃がした事、それに加えて私が何も出来なかった事だ。
これはノーヴァやルーナ、他の隊員がしっかりと戦った中での失態であり、任務が終わってジャッジメントに戻った後にクロスから呼び出されるのも無理はなかった。
「まさかウチらも呼ばれるとは……。お、怒られたりしないっすよね?」
「うーん、大丈夫だと思うけど……覚悟はしといた方が良いかもしれないね」
「ノーヴァもメルクも隊長たちの前で無駄話はやめなさい」
ノーヴァがどうして呼ばれたのかあまり理解していない中で、私は私の所為というか処遇に関して呼ばれたのではないかと鼓動は恐怖で早まっていた。
「ご、ごめんね。きっと私が動けなかった所為で……だから――」
罪悪感を苛まれた私は謝り、三人へと頭を下げようとしたが、同時にクロスが入室した事で皆が敬礼する事になってしまった。
これでは頭を下げるなど出来そうにない。
「――さて、君たちを呼んだのは他でもない、先の任務についてだ。ノーヴァ君とメルク君が迅速な対応をしてくれたお陰で被害はある程度抑えることが出来た。感謝する。それとルーナ君、君は烙印者にも怯まず向かって行き、数多くの残滓を討伐したと聞いている。隊長達にも引けを取らない素晴らしい活躍だ」
私がしようとしていた事になど目もくれず、話し始めるクロス。
無論、ルーナ達が褒められている中で私の名前はなく、視線を向けられる事すらない。
「いやー、まさか総隊長直々に褒められるとなんだか照れるっすね」
「ちょ、ちょっと、勝手に喋っちゃダメだよ。まだ総隊長様のお話は終わってないんだから」
「構わないよ。あぁ、それと申し訳ないのだが、君たち二人には後ほど別の任務の話があるから別室で待機してもらっても構わないかな?」
ノーヴァたちが喋っているのを慌ててルーナが止めようとしたが、それよりも早くにクロスが二人を別室へと誘導した事で、ノーヴァとメルクは部屋から居なくなってしまった。
そして場が静かになったことで、クロスは私へと視線を向けて喋り始める。
「ユフィ君、もう分かっていると思うが、先の戦場において烙印者を討伐し損ねた。且つ、君が動けなかったのが問題なのは理解しているな?」
向けられる冷めた視線。もっとも、こうなる事は呼ばれた時点で覚悟出来ていた。
「はい……分かっています。戦力として生かされているのに何も出来なかったのは紛れもなく私の失態です」
「クロス総隊長。今回の事を鑑みても、やはり利用価値はないのではと私は思いますが、どうでしょうか?」
クロスの投げかけてきた言葉に対して、言い繕いもせずに私が返すと、それを聞いたスタークが瞬時に意見を返してきた。
けれど、スタークの言う利用価値がないというのは最もだ。
今回の戦場の事を考えればそう思われてしまうのも仕方ない。
だから私は、黙って俯くことしか出来なかった。
「ふむ。他の隊長達はどう考えるかな? それと、監視者であるルーナ君も出来たら意見を述べてくれると助かるよ」
「俺はスタークに賛成だ。やっぱり烙印者を戦力として扱うなんて無理があったんだよ」
クロスが他へと意見を求めると、まずはカルマが一歩前に出てスタークに同調した。
しかし、続けざまにクルスとルーナが前に出ると、
「私としては幾ら烙印者といえども初めての戦場ならば仕方ないと思います。確かに戦力として見れば最悪の結果かもしれませんが、一度で判断するのはあまりに早計過ぎるかと」
「わ、私もクルス隊長の意見に同意致します。そもそも今回はリーダーとして私がどうにかしなきゃいけませんでしたし、烙印者を取り逃がしたのだって私にも責はありますから……」
スタークやカルマが否定する中で、対立するように私を擁護する言葉を述べてくれた。
ルーナに関しては戦場で私の意気地の無さを見たのにも関わらず、あくまでも自分にも責任の一端があるとまで言ってくれたのだ。
「――ふむ。一度の判断は早計か。ならば、今回はリーダーとしての責を果たせなかったと言っていた事だし、ルーナ君がユフィ君の処遇を決めたまえ。お前達もそれで良いな?」
「はい。チームとしてリーダーが判断を下すのも宜しいと思います。それにクロス総隊長が委ねた以上、私共は口出し致しません」
スタークの言葉にカルマも嫌々ながら頷き、続いてクルスも目を閉じて静かに頷いた。
思わぬ事態に困惑しているルーナ。
だが私としては生殺与奪を握られているとはいえ、ルーナなら良い方向に導いてくれる気がした。
勝手な信頼だが、間違ってはいないはずだ。
「私としては……」
沈黙の中で響き渡る声に、多少落ち着いていた心臓は高鳴り始め、激しく揺れ動く。
次の一言で全てが決まるという事実に呼吸すらも荒くなってしまう。
それでも俯いて必死に耐え、ルーナへと縋るような事だけはしないようにした。
もし生き延びることが出来たとして、万が一にも同情で生かされたなら、きっと私は二度とルーナと仲良くなれないと思うから。




