『模擬戦』
模擬戦と残滓との戦いを繰り返して一月余りが経った時、
「よし、そろそろ君もある程度戦えるようになったことだし、烙印者としての武器を使って訓練していこうか」
唐突にクルスは私へとそう告げた。
完全に予想の斜め上からの言葉は一度では理解しきれず、私は頭に疑問を浮かべながら首を傾げることしか出来ない。
「聞こえなかったのかい? それともまさか、また水が必要かな?」
どこから取り出したのか、クルスの手中にある水バケツを見た瞬間に地獄の日々がフラッシュバックした。
途端、私の顔からは血の気が引き、必死に首を振ってから言葉を紡ぐ。
「ちょ、ちょっと待ってください。私が武器を使うのは分かるし、訓練するのも分かるんですが、他の隊員の前で普通に使っても良いんですか!?」
私が未だに期待の新人という立場でいるのはあくまでも烙印者だと認識されていないからだ。
そんな中で私が自分の力を使おうものなら、敵意や殺意を向けられてしまうのは嫌でも分かる。
例えクルスや総隊長が戦力として考えていても、人間の心というのはそう簡単なものじゃない。
なにか考えでもあるのだろうか? いや、というかあってくれなきゃ困る。
「その点についても問題ないよ。今日中に君の素性については総隊長が全隊員へと知らせるからね。君が敵意を向けたり暴れたりしない限りは基本的に大丈夫だよ」
「で、でも、それは……」
返ってきた答えを聞いても安心は出来そうにない。陰で色々言われるのも仕方ないとはいえ、それもいずれは心が耐えられなくなるだろう。
だから、せめてやり返しても良いのなら。
「君にとって酷かもしれない。けど、そこはどうにか耐えて欲しい。僕たちも君という存在を大切な戦力として見ているから異例の対応をしているんだ」
「……分かりました。でも、万が一にも私が襲われた場合は抵抗して良いのですか?」
「それについてはやり過ぎない程度なら目を瞑るつもりだ。まぁ出来るなら模擬戦とかで実力を見せて黙らせて欲しいけどね」
「場合によると思いますけど、善処はします」
少しだけ、ほんの少しだけこれからの事を考えたら心が苦しくなって泣きそうになるけど、やり返していいという言質はとったし、こういう運命を受け入れるしかない。
それにジャッジメントがここまでの対応をしてくれたことを有り難く思うべきなのだろう。
でも、これで心からの仲間や友達は出来なくなってしまうのが確定したようなものだ。
「悲観するのは実際に君が他の隊員と接してからにすると良いと思うけどね。別にジャッジメントに所属する皆が烙印者を恨んでる訳じゃないし、他に目的があって入隊している人も大勢居るよ。もっと広い視野を持ってから考えた方が良い」
より広い視野で世界を見ろと、そんな風に言われても狭い世界しか知らない私では閉じこもったような考えしか現状は生み出せそうにない。
とはいえ、クルスの言う事も一理あるのも事実だ。現に隊長であるクルスは私を烙印者だと知っても友好的に接してくれている。
けど、だからなのかもしれない。そうした存在の言葉だからこそ、私の心に言葉はスッと入っていき、暗い気持ちは次第に霧散していった。
「私は――この力で絶対に認めさせてみせます! さぁ、早く訓練をやりましょう!」
燃え滾った心が体を突き動かし、それは行動となって現れる。
どれだけの人に認めさせられるかはともかく、一つの目標が決まったのだから今はそこに向かって突き進むのみだ。
「やる気になってくれてよかったよ。それじゃ早速武器を創り出してくれるかな?」
「はい! やってみます!」
あの時以来一度も創り出していないからこそ多少の不安はあったが、私の思いに問題なく応えてくれたようで、簡単に創り出す事が出来た。
「やっぱり君の武器は巨大な笛で間違いなさそうだね。ということは吹けば何か起きるってことかな? 一度やってみてもらえるかい?」
「分かりました。……あと、その、あんまりジッと見ないでください……」
顎に手を置き、武器をマジマジと見ながら分析しているクルスの様子は傍から見れば不審者極まりないと思う。
例え視線が武器にいっていようとも隈なく全身を見られているような気になるし、どうしても気恥ずかしい気持ちになってしまう。
「あ、あぁ。確かに女の子に対して失礼な行為だったね。申し訳ない」
「いえ、謝る必要は別に……。そ、それじゃあとりあえず吹いてみますね!」
クルスが頭を下げてしまったことでなんとなく場の雰囲気が重くなったような気がして、ひとまず話題を元に戻す為に私は笛に口を当てて息を吹き込んだ。
「あ、あれ?」
しかし、どんなに吹こうとしても音が鳴らず、何も起きる気配はない。
能力が発動するとか、音色が出るとか、そういった事は本当に何もない。
必死な私を暖かい目で見守ってくれているクルスには申し訳ないと思ってしまう。
というか、このまま笛としての機能がないのであれば私の武器は鈍器でしかないのだが……。
「うーん、駄目みたいだし、一旦僕と模擬戦して試してみようか。戦っている最中に能力が発現するかもしれないからね」
そう言って苦笑いを浮かべたクルスは烙印者の銃ではなく、剣を取り出した。
「えっ、クルスさんは普通の武器で良いんですか?」
「うん、構わないよ。君に負けるつもりもないからね」
余裕綽々と言い放って距離を取り、武器を構えたクルス。
その様子を見た私は驚きつつも、多少の心配をしながら笛を担いで使い方をイメージする。
けど、どんなにイメージしても自分の身長の半分以上もある大きさの笛なんて振り回すくらいしか使い道が浮かばなかった。
なまじ大きい分重さもあるし、ハンマーように扱うにしたって、相当扱いが上手くならないとこのままじゃ武器に振り回されてしまいそうだ。
「大丈夫かい? 今回は別に上手く扱う必要はないから適当に掛かってきてごらん」
「分かりました。それじゃ、行きます!」
笛を強く握りながら走り出し、両手で下から掬い上げるように振り抜く。
が、私の力が足りていないのか、或いは振りが遅すぎたか気付けば私は下から武器も使われずに殴られていた。
顎に拳が当たり、咄嗟の事で防げなかった私の体は仰け反り、そのまま地面に倒れてしまう。
「怪我はないかい?」
「はい、なんとか大丈夫です……」
伸ばされた手を掴み、起き上がった私は、次こそはもう少し戦ってみせると意気込み、痛む体に鞭打ってクルスとの模擬戦を続けていった。
「や、やった! ちゃんと戦えた!」
汗もとめどなく溢れ、息も安定しない。体中に傷があり、血だって垂れている。
それでも戦い続けた私は、都合三十戦以上したお陰もあって、クルスに片膝をつかせることが出来た。
多分、誰が見てもこの程度で喜ぶなんてあり得ないと思うし、ここまで頑張る必要もないと思うだろう。
けれど、それでも戦っていく中で感じたクルスとの圧倒的な力の差に少しでも追いつけたような気がして、思わず私は嬉しさで飛び上がってしまった。
「まさか最後の最後にやられるなんて思わなかったよ。一日で随分と扱いが上手くなったみたいだね。この調子ならすぐにでも追い越されちゃいそうで怖くなっちゃうよ」
「いやいや、買い被りすぎですよ。まだまだ勝てる気がしませんもん」
クルスの動きに追いついたり、笛を上手く扱って攻撃を防いだりと、なんとか重さにも慣れて扱いが上手くなったとは思うが、それでもやっぱりクルスにはまだ勝てる気がしない。
そもそも今日が初めてだから仕方ないとはいえ、私が傷だらけなのに対して、クルスは動いたことで疲れてはいるものの、傷は最後に掠った一つだけ。
「明日は、明日こそは少しでも追いつきます」
自分が弱い事は分かっている。
だけど、弱ければ私に利用価値はない。戦力として生かされている以上、絶対に強くならないといけない。
「大丈夫。焦らなくても君は強くなれるよ」
気付けば流れている涙を隠すように俯いている私の頭を撫で、声を掛けてくれたクルスはきっと私の本心に気付いているのだろう。
勿論強くならないといけないと思っているのも事実だけど、それ以上に私は手も足も出なかった自分が悔しかったのだ。
「君が感じているその思いは誰もが感じているものだ。君がそれを糧に出来るかどうかは君次第だけど――」
撫でるのをやめ、その場から立ち去ろうとしながらも、私へと告げる言葉はまだ止まらない。それに、まるで私の返答を待っているように不自然な間すら感じたからこそ、
「――クルスさん! これからもよろしくお願いします!」
私はその背中に頭を下げた。その強さをこれからも学ばせてもらう為に。
そして、そんな私の言葉を受けたクルスは、振り向いてから一度だけ頷き、踵を返して視界から消えていった。そうして残された私はその場に寝転んで少しだけ休んだ後、
「……私だけの能力。いつか見つかるよね」
と、マジマジと武器を見つめながら小さく呟き目を閉じた。




