ただ有明の月ぞ残れる
だいぶ前に書いた作品が眠っていたので、気になったところを修正して、本サイトへの投稿を決めました。
初めての投稿です!
「じゃあさ、オレが大人になったらお前の服屋に行くよ!」
「おぉ、マジか!?お前と和也が来てくれたら、サービスしてやるよ!」
「ガチかよ大翔!あと優多、大翔、俺のレストランにも来てくれよなぁ!」
「行くに決まってんだろ!これは三人だけの約束だ!」
少年たちは、夢のそのまた先の夢について、溢れんばかりの笑顔で語り明かしていた。
10年後──────
「あの日の約束を、果たしに行こう」
青年は誰が居る訳でもない、自分が居るだけのその場所で、自分だけに語りかけた。
赤いワゴンで青年が向かった場所、それは大都会に建つ大きな服屋「シラユリ・フラワーワード」だった。
「いらっしゃいませ…って、お前、優多か!?」
優多の入店に驚いた彼の名前は前田大翔。シラユリ・フラワーワードの店長だ。
「久しぶりだな、大翔。」
「お前、何年ぶりだよ!…元気にしてたか?」
喜びと懐かしさが混じった感情で、大翔はそう問いかけた。
「あぁ、元気だよ。お前、本当に服屋を始めたんだなぁ。スゲェよ、マジで。」
「おう。色々挫折も経験したけど、どうにかな。」
二人の会話は、10年前からまるで変わっていなかった。
「…ところで、おすすめな服はあるか?」
「あ、そうだなぁ、今は冬だし、このセーターが人気だな。あとは、このズボンだ。スゲェ暖かいぜ!」
大翔は、優多からの質問がよっぽど嬉しかったのか、商品を指さしながら、ブランド名や細かな特徴まで優多に説明した。
「おお、マジか!なら、このセーターとズボンを貰うよ。」
「わかった。じゃあ、会計するか?」
「うん。頼んだぜ。」
優多と大翔は、会計の機械を置いた白い長机を挟んで、会話を交えた。
「なぁ、優多。お前は今何の仕事してるんだ?」
「あぁ、そういえば言ってなかったな。俺は塾の講師やってるよ。」
「マジ?まぁ、お前頭良いからなぁ。」
「いやいや、そこそこだぜ?」
そんな話をしているうちに、会計が終わった。
「セーターとズボン、2点で14000円になります。」
「14000円だな、ちょっとまってくれよ…。 」
そう言って、優多は財布から10000円を2枚取り出し、長机の上に置いた。
「20000円お預かりします、6000円のお釣りです。」
優多はレシートと共にお釣りを受け取った。
「なぁ大翔、この服、来て帰りたいから試着室貸してくれるか?」
「もちろんだ。」
試着室で丁寧に服を着た優多は、ゆっくりと試着室から出てきた。
「似合ってるぞ、優多。」
「ありがとよ。」
二人は笑顔で笑いあった。
「優多、今日は本当にありがとう。それじゃあまたな。」
「…あぁ。」
さっきまであった二人の笑顔は、少しだけ緩んでいた。
そして、店のロゴが刻まれたマットを踏み、自動ドアが開くと共に、優多は振り返り、大翔にこう言った。
「本当にありがとう、大翔。」
振り返った優多の顔に浮かんでいたのは、喜びと悲しみが混ざりあったような、そんな顔だった。
「…おう!どういたしまして!」
優多は、ゆっくりと小さな歩幅で外へ出た。そして車に乗った青年は、再び目的地へと車を走らせた。
優多は、ラジオの音量を上げた
『次のリクエスト曲は…』
流れたのは、優多が大好きな曲だった。
約1時間後、目的地のレストラン「バードランド」に到着した。
「いらっしゃいませ~。」
店長は、前とは違って自分に気付いていないようだ。
「お客様、メニューがお決まりになられましたら、そちらのボタンを押して下さい。」
店員が丁寧な口調でこう言った。
「あ、すみません、もう決まりました。」
「お客様、失礼致しました。」
混乱した店員が急いでメモ帳を取り出した。
「バードランドライスを下さい。」
「バーストランドライスですね、承知しました!」
店員は小走りで調理場に向かった。
優多は、料理を待っている間、この世界の景色を見ていた。冬特有の、早い夕暮れ、夕日に照らされて光る雪、人々が行き来する道路。
全てが、優多にとっては特別なものであった。
「お客様、お待ちしました~。」
今度は、店長が直々に料理を運んできた。
「ありがとうございます。」
店長は優多を見てこう言った。
「お、おい、優多か!?」
「よう、和也、元気してたか?」
あまりにも久しぶりすぎる再開に、和也は驚きを隠せなかった。
「元気に決まってるだろ!…いやぁ、それにしても、びっくりしたよ…。10年ぶりだもんなぁ。」
「そうだぜ、もう10年も経ったんだよ。」
二人に一瞬、それぞれの学生姿、そして教室中に響き渡る会話や話し声が見え、聞こえた。その景色には、大翔の姿もあった。
「…いやぁ、この料理マジで美味いなぁ。店の名前が入ってるっつう事は、オリジナルなんだろ?」
優多が問いかける。
「そうなんだよ!オリジナルのメニューなんだ!美味いだろ?」
「最高だよ。本当に。」
10年ぶりなのにも関わらず、二人の間には沈黙が走った。そんな時に聴こえてきたラジオが、こんな事を喋った
<いやぁね、私、昨日友人と百人一首で遊んだんですよ。何十年ぶりだろう?まぁ、それでですよ。私、『ほととぎす鳴きつる方を眺むれば ただ有明の月ぞ残れる』という歌が大好きで、意味を調べてみたんですよね。そしたら、『ホトトギスの鳴き声が聞こえてきたから、見てみたらそこにはホトトギスは既に居なくて、有明の月しか無かった』っていう意味らしいんですよ。いやぁ、ロマンチックだなぁって。>
「…なんだよ、それ」
優多が少し無邪気に笑いながら言った。
「見るの遅かったよな、確実に」
予想外の和也の答えに、優多は笑いを漏らした。それに釣られて、和也も笑ってしまった。
「…よし、食い終わったし、会計をお願いしても良いか?」
優多が和也にそう話す。
「もちろんだ!バードランドライス単品だから、1100円だな。」
「えぇ!?…あの味でこの価格は、かなりお得だな。了解。」
優多は財布から1100円を丁度出し、レジに建つ和也に渡した。
「いやぁ、本当に美味かったよ、和也。」
「ありがとうな。優多。」
「いやいや、こちらこそだ。」
2秒程の沈黙を破り、優多は告げた。
「ありがとう。和也。」
「あぁ。じゃあな、優多。」
手動ドアを開き、優多は外に出た。そして、独り言を呟いた。
「…約束は全部果たした。本当に楽しかったなぁ。」
5分後、シラユリ・フラワーワードにて──────
大翔は、閉店後の店で一人、電話をしていた。
「松川、どうした?」
相手は松川谷也。同級生だ。
<おい、聞いたか大翔。優多が病気で亡くなったってよ。>
大翔は、自分の耳を疑った。さっきまで店にいた筈の彼が、有り得ない。
「…う、嘘だろ。変な冗談言うなよ!!…優多は何時間か前にウチでセーターとズボンを買っていったんだよ!!」
大翔は取り乱した。これまでにない程に。
<落ちつけよ、大翔。確かにお前たちは中が良かったから取り乱すのもわかるけど、とりあえず落ちつけ。>
電話相手からの言葉で少しは落ち着いた大翔は、話を聞くことにした。
<お前、見間違えじゃないのか。警察が言うには、優多は亡くなってからもう27時間は経ってるらしいぞ。>
「…は?」
有り得ない。そんなこと。確かに大翔は優多をその目で見たのだ。はっきりと。
「ち、ちょっと時間をくれないか…。」
<あぁ、もちろんだ。無理するなよ。>
そして大翔は、電話を切った。
同時刻 バードランドにて──────
「優多が、死んだ…?」
<あぁ、遺体が家で見つかったらしいぞ。死因は病気みたいだ。>
和也の目に、光は宿っていなかった。親友の死を、受けいる事ができなかった。しかも、5分前に店を出た親友の死だ。
「川上、聞いてくれ、さっきまで優多は俺の店にいたんだ。だ、だから有り得ねぇよ…。きっとそいつは優多じゃあない。」
<おい、和也、大丈夫か?…受け入れるのは難しいと思うが、事実なんだよ…。>
「…ごめん、川上、一旦電話を切らせてくれ 。」
<お、おう…。>
ピッ
大翔と和也は、涙を流す気力も無かった。ただ、時間が経つにつれて、気持ちが落ち着き、「親友の死」を受け入れていった。
ただ、その代わりに涙が溢れてきた。流す気力なんて、無いはずなのに。親友の死という「重り」を、水が満タンのコップが受け入れたのだ。
そんな二人は、記憶を遡り、とある会話にたどり着いた。それは、14歳の冬、3人で交わした約束の記憶。
10年前──────
「じゃあさ、オレが大人になったらお前の服屋に行くよ!」
「おぉ、マジか!?お前と和也が来てくれたら、サービスしてやるよ!」
「ガチかよ大翔!あと優多、大翔、俺のレストランにも来てくれよなぁ!」
「行くに決まってんだろ!これは三人だけの約束だ!」
現在──────
二人は、その記憶を思い出して、やっと理解した。優多は、一足早くその約束を果たしに来たのだと。
大翔は思った、「三人で果たしたかった約束だった」と。
和也は思った、「気付いてやりたかった」
と。
二人の思いは違った。ただ、この思いだけは一緒だった、「改めて、『ありがとう』を言いたい」。
シラユリ・フラワーワードにて──────
「大翔、素敵な服をありがとう。元気でな。」
大翔は、優多の声が聞こえた気がした。
バードランドにて──────
「和也、お前の料理、本当に美味かったよ。」
和也は、優多の声が聞こえた気がした。
二人は同時に、外へ出た。
「優多!」
「優多!居るのか!?」
そこに、優多は居ない。この世界に、あのだれよりも人を想い、約束を忘れなかった優しき青年は居ない。ただ、二人の目に映っていたのは、満月だった。有明の月よりも美しく、完璧な、満月だった。
終わり。
ご精読ありがとうございました。
色々大変な世の中を生き抜く上で、小説を書くことに楽しさを今よりもっと見出して行きたいと思っています。