創作メモ16
クライミングの話を書こうとした名残
『――スピードクライミングで日本代表××選手が金メダルを獲得しました』
そんな華々しいニュースが目に飛び込んで来た。
がたがたと揺れる電車の車内は、平日昼間とあって空いている。向かいの七人掛けの座席には、三人の男女が間を空けて座っていた。そのうちのひとり、ちょうど斜め向かいに座っている男の持つ新聞の紙面が、こちらを向いたのだ。
スポーツクライミングがオリンピック競技に加わったのはつい最近で、当時は少し話題になったように思う。とはいえ、スポーツとしてはサッカーや野球ほどメジャーではない。載っている選手の名前は、もちろん聞いたこともなかった。
駅が近くなり、列車が減速する。俺は立ち上がって、扉近くに立った。
窓の外に広がる景色は、何も変わっていないようで、ところどころに違和感が残る。細かな間違い探しをするような気持ちでいるうちに、あっという間にホームに塗り潰された。
がくん、と静かに停止したかと思うと、ぷしゅーと空気の抜ける音がして扉が開く。
『――××駅、××駅です。△△線にお乗り換えのお客様は――』
ホームに降りた瞬間、もわっとした夏の空気が体を包んだ。
七年ぶりに帰ってきた故郷の夏は、やはりというか、暑い。立っているだけで汗が噴き出るような熱気を払いながら改札を抜ければ「アキラ!」とこちらを呼ぶ声がした。
振り返れば、おおい、と手を振る懐かしい顔。
「リョウ、暑くねえか、こんなとこで待って」
「さっきまでそこのコンビニで涼んでた。この電車だろうなって思って出てきたとこ。でも既に暑い」
額に滲んでる汗を見て、だろうな、と笑った。
◆
リョウとは、言ってしまえば幼馴染のようなものだった。七年前、まだこちらに住んでいた頃、よく公園で一緒に遊んだ仲だった。家自体は区画も違ったのだけれど、近所には公園がひとつしかなかったものだから、近くの子どもたちは自然とそこに集合したのだ。
七年前、俺の親父が勤めている会社の東北ブロックの支社長に任命されて、一家揃って東北に越した。こっちでは見ないレベルの積雪が楽しかったのは最初の一年間だけで、それ以降は雪を嫌いになるレベルだった。貴重な男手、貴重な雪かき要員として、家の前はもちろんのこと、共有の駐車場やゴミ捨て場の前に積もった雪なんかもせっせせっせと運んだものだった。だが、逆に夏は過ごしやすい気候が多く、日中気温は高くとも風が通れば心地良かった。
引っ越しでほとんどの友だちとは疎遠になったが、リョウとの関係は続いていた。小さい頃は手紙を出して、高校に上がってスマホを持てるようになったらラインでちょくちょく連絡を取った。年に一回くらい、親父が本社に行く用事があればついていって、リョウときそのたびに会っていた。最後に遊んだのは小学生で、それから七年。お互いに背も伸びて、顔つきも変わって、中学から高校に上がったときなんかは、一瞬誰だかわからなくて、近くにいるのにずっとお互いの姿を探したこともあった。
そして今年。またしても親父の栄転が決まり、今度は本社勤めとなって、俺たち一家は戻ってくることになった。だが、その辞令が出たのが年度末もギリギリで、引っ越し屋なんてどこもいっぱいで、だから先に親父だけこっちに来て、俺と母親は後から合流することにしたのだ。夏までずれ込んだのは、少しばかり想定外だったが。
「家、どり辺りになったの?」
「××町」
「え、うちのめっちゃ近くじゃん」
「そ、だから勉強教えてくれ」
「予備校は?」
「いま急いで探してるところ」
「なんつか、すごいタイミングで引っ越し決まったな」
「でも、逆に浪人して正解だったぜ? 向こうの大学に受かってようもんなら、俺だけ一人暮らしだ」
リョウに言われて、俺はそう返した。
そう。リョウは現在大学一年生。対する俺は、浪人一年生。昨年いくつか大学を受けたものの、見事に全滅した。勉強をしていなかったのは事実だし、少し高望みをした反省もあるが、結果から見れば神様が「お前は来年引っ越すから今はやめとけ」と言ったのだろう。そう考えることにする。
「うちの大学は? 受ける?」
「偏差値クソ高いじゃんかよ……」