創作メモ8
護送車の会話
「お前はなんで人なんて殺したんだ」
うっかりそんなことを聞いてしまったのは、それほどまでに同乗者が人殺しをするように見えなかったからだろう。
ぼさぼさの髪は捕らえられてから一度も整えていなかったもの。ぼろ布の下は鞭打ちの傷でいっぱいだろう。そうしてこれからこいつは、処刑場へと送られる。首と胴が切り離され、どちらも鳥獣の餌となる運命だ。
「……なんだっていいだろ。そういうあんたはどうなんだ」
「必要だったから殺した」
「なんだよそれ」
それが通るなら俺も同じだ。
「……不満はないのか」
「何が?」
「私もお前も、人を殺した罪でこの馬車に乗せられている」
「そうだな」
「だが、行き着く先は違う」
「……」
この男は処刑場に。
そして私は。
「……さっきのは、やっぱなしだ」
「さっきの?」
「人を殺した理由があんたと同じってやつだ」
初めて、そう初めて男がこちらを向いた気がした。人を殺したとは思えない、澄んだ碧色の瞳。この目だけを見たなら、きっと誰もがこいつは「人殺し」だとは思わないだろう。
「あんたの殺しには必要な理由があった。だからあんたは生かされるんだ」
「理由なんて、後からいくらでもつけられるがね」
私は、研究施設に送られる。実験材料になるのではない、研究者として雇われるのだ。当然、犯罪者としての烙印からは逃れられないが。
この護送用の馬車で運ばれているのも、その立場を確かにするためだろう。
「お前ももう長くない命だ。留置所では遺言を残す暇もなかったろう。誰かに伝えたいことでもあれば、私が伝えようか」
「あんただって監視下に置かれるだろうが。研究者なんて建前で、実際は何されるかわかったもんじゃないだろうよ」
男の言葉に笑う。
実験材料にされることはないだろう。これは確信していた。私を実験材料に使ったところで、なんの成果も得られないからだ。
だが、別の目的なら?
人の体というのは、存外に使い道が豊富だ。だからこそ、私もまた、人を殺した。
「そうだな。せいぜい助言するだけの脳みそだけにならないよう、祈りたいものだ」
そう冗談交じりに言えば、目の前の男は静かに笑った。