創作メモ26
ネタ出し用に書いた断片
「天国ってひとつだと思う?」
小学生のとき、隣の市に引っ越した友達がいた。当時の俺にとってそこは一度も行ったことのない場所で、当然聞いたこともない地名で、だから、簡単にたどり着くことも戻ってくることもできない異世界だと思ったのだ。
そんなことを思い出しながらぼんやりと窓の外を眺めているうちに、目的の駅に到着した。各駅停車しか停まらないこじんまりとした駅は、平日の昼間ということもあってか、乗降客も少ない。初めて降りた駅だったが、改札の場所はすぐにわかった。どうやら反対方向の車両に乗ってしまっていたらしい。遠いな、と思いながらホームを歩いた。ところどころ欠けた広告スペースには、見知らぬ店が並んでいる。けれど、それも結局この地域のものだからで、内容は歯医者だとか、分譲マンションだとか、そういったどこでも見られるものだった。それに、どこか期待外れな気持ちになりながら、改札を抜ける。こじんまりとはしているが、駅前にはロータリーも商業施設も並んでいる。どこまでも日常の延長線上にある景色に、俺は息をついた。
大学生活までは順風満帆な人生だった。就職活動には苦戦したものの、なんとか内定をもらうこともできた。けれど、せっかく入った会社に馴染めず、半年もしないまま辞めてからは一転、坂道を転がるように転落していった。その後就いた仕事も続かず、最初こそ心配していた親にも厄介者扱いされるようになり、そんな有様が一年も二年も続いたものだから先日遂に恋人にも別れを告げられた。生きる理由が、指の隙間から砂のようにこぼれていく。いまさらやり直せる自信もない。終わりにしたい、という思いだけが日に日に膨らんでいった。
どうせ死ぬなら、誰も知らない場所で人知れず死にたい。
そうして思いついたのが、僅か電車で三十分の距離、かつての友達が引っ越した先だったのだから、自分の思考の狭さに呆れてしまう。大学や職場の方が、もっとずっと遠い場所にあるというのに。
「……疲れたな」
ふらふらと近場の喫茶店に入る。チェーン店でなく個人店のようで、入口にはアルバイト募集のチラシが貼ってあった。空いていた隅のソファ席に腰かけて、コーヒーを注文した。
バカみたいなことをしている、と思った。
死にたい、消えたい、そんなことを思いながら辿り着いたのが、小学生の頃の思い出。あの頃は知らないことの方が多くて、その分、今よりずっと世界は狭かった。
「お待たせしました」
コーヒーが運ばれてくる。お礼を言って見上げたウェイターの顔に、どことなく見覚えがある気がした。
相手もまた、何か考えるような顔をし、それから「失礼ですが」と前置きをしたうえで、出身小学校を尋ねてきた。




