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第8話 アットレイ・クライスの提案と弟子が追いかける魔術師

 ティカは七日間、俺の言いつけ通りの生活を始めた。

 この七日間でやることはただ一つ。

 魔力を使い切るまで魔術を使うこと。

 選ばれた魔術は村の安全性を加味しての初級魔術ウォーターボールだ。


 そんな生活から七日が過ぎたころ。

 

「すごいっ! 魔術使い放題っ!!」


「…………マジですか」


 七日間、ティカは俺の言いつけ通りの生活を送った。

 その結果、ティカの相対的魔力総量は七日前の7倍近くまで上がっていた。

 最初のころはウォーターボールを100回ぐらい起動させて、魔力が尽きた。

 次の日は200回ぐらい。

 その次の日は300回ぐらい。

 それを七日間続けて、今では700以上初級魔術ウォーターボールを起動させても、魔力が尽きることはなくなった。


 正直に言おう。

 魔力総量の伸び方が俺の比ではない。


 もしかしなくても、ティカって魔術師の才能があるんじゃないか。

 と思わざるおえないぐらいだ。


 …………これは教えがいがあるな。


 思わず、にやけそうになる顔を掌で隠すも、ティカはこちらを見て。


「な、なにニヤニヤしているの、師匠。キモイよ」


「キモイ言うな!!」


 師匠に対して、キモイというのはさすがに失礼だと思うが、意外にもこの会話に不快感を感じていない。

 むしろ、少しだけ居心地の良さを感じている自分がいる。


「だったら、ニヤニヤしないことだね」


「別にニヤニヤしたてくニヤニヤしているわけじゃないし、というかそんなに言うんだったら、もう教えませんよ」


「うぅっ、卑怯者」


「なんとでも言ってくれ」


 そう、俺は師匠だ。

 いつでもティカを見放すことができる。


「そんなんだから、モテないんじゃない」


「関係ないだろ。というか、モテたいと思ったことないです」


「噓」


「噓じゃないですぅ〜。というか、こんな会話はおしまい。そろそろ本格的に魔術を教えます」


 キリッと師匠っぽい雰囲気を醸し出しながらそう言うとティカの雰囲気はガラリと変わり、目を輝かせた。

 

「とりあえず、最初に使った初級魔術ウォーターボールをからやっていこう」


「え、ウォーターボールならもう使えるけど」


「いやいや、だって今だと詠唱が必要だし、まずは無詠唱魔術で初級魔術を使えるようにしないと」


「何言ってるの、詠唱しないと魔術なんて使えないでしょ」


「え?」


「え?」


 お互いに目を合わせた。


 詠唱しないと魔術が使えないってどういうことだ?


 俺は少しだけ考えた後、思い出した。

 それはそもそも魔術は詠唱するもの、というのが常識だということ。


(そうか、いつもお母さんが無詠唱で魔術を使うから、不覚にも忘れてた)


 でも、無詠唱魔術は覚えていて損は無いし、本気でティカが魔術師を目指しているなら無詠唱魔術が使える事は大きなアドバンテージになる、俺のように。

 

「ティカ、実は詠唱しなくても魔術を使えるんだ。こんな風に、ウォーターボール!!」


 すると、手元から水球が生成され、勢いよく発射された。


「う、噓…………」


「というか、一回見せたと思うけど、まあいいか。とにかく、僕が無詠唱のコツを教えるから、まずは初級魔術ウォーターボールを無詠唱で起動できるようにする。これが僕が最初に出す、宿題だ」


 ティカは無言で黙り込む。


「どうした?」


「なんでもない。それより、早く教えて!無詠唱のコツっ!!」


「わかった」


 俺はティカに魔術のとらえ方、詠唱の意味、工程、無詠唱を理解するの必要な知識をまず教えた。

 

 だが、ティカは。


「難しすぎて全然理解できないっ!もっと簡単に説明してっ!!」


「え…………これでも簡単に説明しているつもりなんだけど」


 魔術はすごく奥深い。

 それ故に理解するのが難しいのはわかる。

 だから、簡潔に伝えたのだが、どうやら伝わっていないらしい。


(教えるのって難しいな。う〜ん、そうだ、まずはあっちの方を教えるか)


「わかった。ならさらに簡潔に。ごほんっ!初級魔術ウォーターボールを無詠唱で起動させるには、まず水球をイメージして、次は大きさを決める。あと真っ直ぐ放つイメージをする。それができたら、手元に魔力を集中させるんだ。そうすれば、一応、無詠唱でウォーターボールを起動させられるはず」


「イメージだね、わかったっ!!」


 ティカは右手を前に突き出し、目をつむる。


 正直に言って、今の説明は当初俺が思っていた無詠唱の考え方。

 イメージという曖昧な考えのもと、起動させた無詠唱魔術は確かに起動するが、完全ではない。

 だがなんにせよ、まずは無詠唱魔術を起動させ、実感し、体感する事が大事だ。


「…………」


 やっぱり、最初っから無詠唱を教えるのは無謀だっただろうか。

 そもそも俺だって無詠唱魔術を扱うのには時間がかかったし、魔術を初めて1週間ぐらいのティカには難易度が高かったかもしれない。


 ティカは集中しているのか、目をつむったまま指先一つ動かない。

 かなりの集中力だ。


「おっ」


 小さくはあるが右手から水球が生成された。

 水球にしては歪で不安定。だが、詠唱せずに水そのものを生み出している。

 さらにそれは徐々に大きくなっていき、歪な形をした水球もきれいな形になっていく。


 そして。


「ウォーターボール!!」


 それは勢いよく放たれ、木に直撃した。


「で、できたっ!!」


 イメージだけで、初級魔術を無詠唱で起動させるなんて。

 しかも、ちゃんと一発で初級魔術ウォーターボールを起動している。

 これは俺でもできなかったことだ。

 やっぱり、ティカにはセンスがある。

 というか、一発で出来てしまうティカはもはや天才の部類に入るのかもしれない。


(俺もうかうかしてたら追い抜かれそうだな)


 完全な無詠唱ではないとはいえ、俺は危機感を覚えた。


「どうっ!どうっ!!」


「初めてにしては上出来。でもまだまだ、これからだ、ティカ。とりあえず、初級魔術をすべて無詠唱で起動できるようにすることを課題にしてやっていこう」


「うんっ!!」


 やる気に満ちた目。

 完全に魔術にハマった目であることは一目で分かった。


(本当に教え甲斐があるな)


 こうして。

 魔術の授業は続いたのだった。


□■□


 時が経ち。

 お母さんがネムット村との間に転移魔術陣を設置した。

 おかげで俺はお母さんに連れて行ってもらわなくてもいつでもネムット村に訪れられるようになり。

 毎日、ティカに魔術を教えることができている。

 そんな日々が1ヶ月ほど続いた。


「やっとできたっ!!!」


 ちょうど、お昼前ごろ、ティカと俺しか知らない秘密の場所で歓喜の声が響き渡る。


「大声で叫ぶなよ、耳が痛い」


「別にいいでしょ。ここはいくら叫んでも聞こえないんだから」


 ティカと俺しか知らないこの場所はネムット村の中にありながら別世界かのような雰囲気がある。その中で、毎日ティカに魔術を教えていたのだが、その中で気づいた。

 ここはどんなに大声を出しても村の外からは聞こえない、つまり、声を通さないのだ。

 その原因はおそらくこの空間の周りをかこっている薄い魔力の壁が原因だ。


 観察すればするほどこの場所は意図的に作られている。

 だからこそ、村の人は誰一人として知らないは少し不自然だ。


「これで無詠唱はマスターしたよね」


 ティカはこの1か月、初級魔術を全て無詠唱で起動させることを目標にしていたが、それはたった1日でこなしてしまったため、途中でシフトチェンジ。

 無詠唱の原理と理解を深めることに時間を使った。

 その結果、最初はイメージのみの無詠唱魔術だったのだが、工程を覚えて、自由自在に速度や威力などを設定し、魔術を起動できるようになった、と思う。


「あ、ああ…………」


 ティカはセンスがあるが、どちらかと言うと感覚派。

 原理とかをなんとなくで理解して、感覚で出来てしまう。言ってしまえば天才肌。

 本来なら原理を完全に理解してほしいが、それを説明したところでティカにいい影響を与えないと思う。

 むしろ、その感覚を研ぎ澄まさせたほうがティカは魔術師として伸びる。

 そんな気がしている。


「なんで微妙そうなの?」


 ぷくっと頬を膨らませながら両手を腰に当てるティカ。


「なるほど、ティカはあれか。僕に褒めてほしかったんだ」


「は、はぁ!?そ、そんなわけないでしょっ!誰が師匠に褒めてほしいなんて…………自意識過剰なんじゃないの?」


 グサッ!!


 心に鋭い針が突き刺さった。


 相変わらず、言葉の節々に棘がある。

 しかも、その棘がすべて急所を貫いてくる。


 そんなこともありながら魔術の特訓は続いた。

 ティカはより早く魔術を起動できるよう、努力を続け、その傍では俺は混合魔術の特訓に励んだ。

 時刻は日本時間で言うと15時ごろ、ティカは手を止めて、俺の前に立った。


「師匠、この後、暇?」


 急にやめたと思ったら、急に暇?ってたいていこの場合、ティカは何か企んでいる。

 だが、いきなり拒絶するのもアレだし、内容だけ聞いてみるか。


「な、なんですか」


「お父さんが会いたがってたから、この後、家に来てほしいだけど」


「はぃ?」


 急なことに声が裏返るカノン。


 ティカのお父さんってたしか次期村長って周りから言われてる人だったよな。

 名前は知らないけど。

 というか、なぜ急に?


 考えられる理由が見当たらない。


「どうしてそんなことに」


「私がカノンのことを喋ってたら、お父さんが興味持っちゃって、今日連れてこいって言われたの。でも聞いて、私だって正直、カノンをお父さんに会わせたくないの」


「おいおい、急に攻撃されたな」


「でも、お父さんに逆らうと怖いし、可愛い弟子の頼みだと思って私の家に来て」


 そういえば、ティカのお父さんって厳しいんだっけ。


「う〜ん、行かないって選択肢はないの?」


「何言ってんの」


 とニッコリ笑いながら言ってきた。


 女子こえぇ~。


「私のほうが年上なんだから、普通、言うことは聞くべきじゃない?」


「たった1歳差だけど」


「今年で9歳になるから、2歳差!間違えないでっ!!」


 今年で7歳になった俺、ティカは今年で9歳になるらしい。

 実際はまだ1歳差だが、今年で9歳になるから2歳差であることは間違ってはいない。

 だが正直、そこまで差はないし、1年も2年も変わらないと思うが、ティカにとってはとても重要らしい。


 だが、まあわからんでもない。

 年下に威張りたい気持ち、前世の俺もそういう時期はあったし。


「ちゃんとお姉ちゃんって敬って」


「いや僕、一応、師匠なんだけど」


「それはここだけの話でしょ。それに下手に師匠呼びになれちゃうとお父さんやお母さん、カルネおばあちゃんにばれちゃうでしょ」


「…………まあ、それはたしかにそうだな」


 俺がティカに魔術を教えていることはティカの親、カルネおばあちゃん、そしてお母さんにも教えていない。


 俺としては別に言ってもいいと思うのだが、ティカの親が厳しいらしく、知られたら何をされるかわからないらしい。

 結局、こうして会う時、ティカは俺と遊ぶことを理由にしている。


「いや待て、なら別に敬う必要ないんじゃ」


「なに?」


「いえ、なんでもありません」


 魔術を教えるときとは真逆の立場。

 だが、こういう会話をしていると少しずつではあるが心の距離が縮まっているような気がしている。

 それがうれしくてつい笑みがこぼれる。


「やっぱり、キモイ」


「おいっ!思っても口にするなよ」


 俺が求めていた”友達”という関係ではないにしろ、こうして、年が近くある程度、素を見せられる。

 この関係が俺の心を埋めているのはたしかで、毎日がより充実になっていくのを感じている。

 前世とは違う、後悔しかない人生とは真逆の人生。

 俺は今、最高に人生が楽しくて、幸せなんだ。


「と に か く、行かないって選択肢はないし、そもそもカノンに拒否権はないの」


「え〜」


「もう時間もないし、行くよ」


 ティカは手を差し伸べる。


「本当に拒否権はないわけね」


 ティカはうんうんとうなづいた。


 黙っていれば、普通の女の子なのにな。

 そう思いながら、差し伸ばされた手を軽く握った。


「わかったよ、行けばいいんだろ」


「よろしい」


 俺は結局、ティカに押し負け、行くことに決めた。

 そうしてティカに引っ張られなが俺はティカの家へと向かうのだった。


□■□


 ティカはネムット村の村長の孫娘で、言ってしまえばこの村でかなり高い地位に立つお嬢様だ。

 だからこそ、家も何となく想像がつく。


「やっぱり、一番デカいな」


 上を見上げなければ、全体を見えないほどの大きな家。

 周りの小さな家とは格が違う。

 これこそ、村長の家って感じだ。


「おじいちゃんが大きい家がいいって言って建てたみたい。本当はこんなに大きくなくていいのに」


「ティカのおじいさんは心が広い人なんだな」


「え、どうしてそう思ったの?」


「なんとなく?」


「なにそれ」


 ティカは何を言っているのかよくわからなさそうな表情を浮かべた。

 だが実際に俺は思ったし、理由も何となく、というか勘だから、問い詰めれても困る。


「おやおや、思ったより早いじゃないか。俺の予想はもう少し遅いかと思ったのだがっ!」


 と言いながらティカの脇に手を通し、持ち上げた。


「ちょっと、お父さん!やめてよっ!!」


「はははっ!ティカはまだまだ軽いな」


「いいから、降ろしてっ!」


 ティカは体を捻ってお父さんの魔の手から逃げ出した。


「初めまして、カノンくん。俺はアットレイ・クライス。娘のティカの父であり、現村長のブラド・クライスの息子だ。娘がお世話になっているみたいだね、ありがとう」


「あ、いえいえ、そんな」


 あれ、思ったより怖くないぞ。


「どうして、私がカノンのお世話になっていることになってるの!?」


「ティカ、お友達を外に待たせるのはどうかと思うぞ。さぁ、カノンくん、ここではなんだし、家に上がってくれ。お茶とスイーツを用意しよう」


「スイーツ!?」


 初めて、この世界でスイーツという単語を聞いた。


 スイーツ、まさか、この世界に甘いスイーツが存在するのか!?


「スイーツだけだと素っ気ないから果物も用意しよう」


 スイーツに続いて果物という単語を聞いた俺は脳内がそれで埋め尽くされ、サッとティカの手を両手で握った。


「ティカ、早く家に案内してくれ」


「え? えぇ?」


 俺の豹変っぷりにティカはついていけておらず、頭上が”?”で埋まっていた。

 が、仕方がないのだ。

 この世界に転生して7年、甘党派の俺だが未だに甘いスイーツ、果物を口にしていない。

 この意味が分かるか?きっと甘党派ならわかるはずだ。


 つまり、甘いスイーツ、果物を食べたくてしょうがない、ということだ。


「カノン、頭でもぶつけた?」


「何を言ってるんだ、ティカ。僕はいつだって正常だよ。なんなら、ここで()()()()()って言ってあげようか?今なら心の底から言える、それどころか何度だって言えるっ!!」


「本当に頭がおかしくなったんじゃないの?」


「ひどいことを言うな~、正常だっていうのに。まあそんなことはいい。早くスイー、じゃなくて家を案内してくれ」


「ま、まあいいけど」


 ティカにはすでにお見通しだった。

 カノンの目は完全に上の空で、スイーツと果物のことしか考えていないことを。


「まだ準備には時間がかかる。ティカ、しっかりと丁寧に、そして村長の孫娘として恥じないよう案内をするんだぞ」


「お父さんに言われなくてもわかってる。でも、この顔が気に入らないっ!!」


 力強くティカは俺の頬を捻った。


「いてて、痛いっ!痛いですっ!ティカさんっ!!」


「これで少しは目が覚めたでしょ。さぁ、行くよ」


「あ、ああ、うん」


 俺はティカに手を引っ張られながら初めてのほかの人の家に足を踏み入れた。


 クライス家に入って最初に驚いたのは迎えてくれた執事とメイドがいたことだ。

 礼儀や作法、言葉遣い、どこかの貴族の家に来たのではないとかと錯覚するほど、別世界だった。

 さらには家の中も広く、無数の部屋があり、道中には何百金貨もする鏡や壺などが置いてあって、歩くのも怖かった。


「どうしたの?」


「いや、何というか、ティカの家ってお金持ちなんだな~って」


「まあ、周りに比べたらそうでしょうけど、外に出ればごまんといるし、そんな身構えなくていいよ?」


「ご、ごまんと!?」


 もしかしてこの世界、人口全体的にお金持ちが多いのか?

 と思いつつ、家を回った。


 そして、準備が整ったのか、アットレイさんが迎えに来て、客室に向かった。


「ま、マジですか」


 客室には大きなテーブルが中央にあり、人数分のスイーツと果物が置かれていた。


「さぁ、座ってくれ、カノンくん」


「はいっ!」


 俺はサッと椅子に座る。

 目の前に並んでいるタルトケーキとバナナのような形をした真っ赤な果物、その他にも見たことがない果物が並んでおりみずみずしく、美味しそうだ。


(これはタルトケーキか。中身があれだが、見た目からしてそうだな。でも…………)


 最初はスイーツだっ!と心を躍らせたが、冷静に見ていくと、どの果物も色が悪い。


「食べないのか、カノンくん」


「あ、いえ頂きます」


 俺はホークを片手にタルトケーキと思われるスイーツを口に運ぶ。


(だ、大丈夫だよな?)


 パクッと食べると。


「ん、こ、これは…………美味しい」


「当たり前、お母さんが作ったケーキなんだから」


「いや、本当にうまい。こんなにうまいケーキ、初めて食べたよ」


「そ、そう、よかったね」


 想像と違う反応だったからか、ティカは戸惑いながら、ケーキを食べた。


 しばらくして、アットレイさんが話を切り出した。


「最近、ティカと遊んでくれていると聞いている。改めて、ありがとう、カノンくん」


「まぁ~、友達として当然ですよ」


 別に遊んでたわけじゃなくて、ただ魔術を教えてただけなんですけどね。


 そう思いながら果物を口にする。


(このリンゴみたい果物。甘くてシャキシャキしておいしい。というか見た目を除いたら完全にリンゴだな)



「さて、カノンくん。今日、わざわざ娘を通して誘ったのは少し手伝ってほしいことがあってのことなんだ」


 アットレイさんの雰囲気がガラリと変わった。

 これが次期村長として貫禄なのか、手から冷や汗をかいた。


「クライス家は代々ネムット村の村長としてこの村を守っている。村長の務め、命をかけてこの村を守ること。守るためにそれ相応の力がいる。そこで、クライス家に生まれた者たちには村長から試練を与えているんだ。それは9歳、15歳、20歳を迎えるときに行われている」


「なるほど…………」


 クライス家にもそれなりの事情があるってことだな。

 でも、どうしてそんなことを俺なんかに?全くもって関係ないと思うんだけど。

 …………なんか、嫌な予感がしてきた。


「そこでだ。もうすぐ9歳を迎えるティカのためどうか、その手伝いをしてもらいたい」


「ちょっと、その話聞いてないっ!!」


「今さっき話したからな。それで、カノンくん、どうかな?」


「う~ん」


 腕を組みながら俺は少しばかり考えた。

 別に手伝いをする分にはいい。なにせ、俺はティカの師匠、面倒を見るのは義務だといえる。

 だが、これはクライス家にとって重要な行事のはずだ。

 さっきの家訓もそうだし、この行事には何かしら大切な意味があるはず。

 そんな大切な行事を赤の他人が介入していいのだろうか。


「もちろん、ただでとは言わない。 この件、手伝ってくれるのなら、娘をやろう」


「…………はぃ!?」


「アットレイさん、さすがに冗談がきついです」


「ははははっ!さすがに冗談が過ぎたか」


「ちょっ、え?え?」


 ティカは見たことがない困惑した表情を浮かべた。


「だが、この経験はカノンくんに素晴らしいものを与えてくれると俺は思っている。それに出たことがないんだろう?このネムット村の外に」


 ネムット村の外、それはつまり、この村の出入り口の先のことを示しているのだろう。


(アットレイさん、なかなかに腹黒いというか、なんというか、全部が罠って感じがする)


 俺の心を見透かして、しっかりとお互いにメリットがある状況だと理解させての提案。

 そのやり口は大人がよくすることだ。


(さて、どうしたものか)


 アットレイさんの提案を受け入れれば、ちゃんとした理由で外に出ることができる。

 でも、この試練はティカのために行われるものだ。そこに第三者が介入していいのだろうか。

 それこそ、試練の目的から外れえている気がする。


「お父さん、勝手に決めないで。私は一人でもやれる、やって見せる。私はクライス家の長女なんだから」


 真剣な表情を浮かべるティカは今までの様子とはガラッと変わる。


(ティカってこんな顔をするんだな)


 しかし、アットレイは一切表情を崩さない。


「ティカ、この試練は危険なんだ。特に父上の試練は歴代の試練とはわけが違う。俺は心配なんだ」


「だったら、なおさら私一人で乗り切って見せるっ! それぐらいできなきゃ、私はっ!!」


 何か言いたげなところっで口を固く閉じた。

 言いたくても言えない、そんな雰囲気をカノンは感じ取る。

 

(どちらを味方するのか、その答えはとっくに出ている。なら俺が投げかける言葉も決まってるよな)


「アットレイさんっ!」


「何かな、カノンくん」


「ティカとはまだ1か月ぐらいの仲ですけど、気が強くて、でも真面目で真っ直ぐですごく努力家で決めたことは諦めずにやり遂げる。そんな強い女の子なんです。 たかが1か月、わかっている気になるのは少し変ですけど、ティカは助けがなくてもやり切れると思うので、この件、断らさせていただきます」


 その返答にアットレイは目を見開きながら驚いていた。


「そうか、残念だ」


「すいません」


「いや、いいんだ。カノンくんが謝ることじゃない。ただ、そうか、君にはティカがそう見えているのか、なるほど…………ふふ」


 アットレイさんはしみじみとしながら腕を組み、うなずいた。

 

「…………どうした、ティカ?固まって」


「あ、いや…………なんというかちゃんと見ててキモイなって」


「おいおい、素直に言ってキモイはないだろ。というか僕に対してキモイが口癖になってない?」


「なってないっ!と思う」


 ティカは相変わらず、よくわからない。

 それもそうか、見た目は子供だけど精神年齢だけ見れば俺は大人だ。

 子供の気持ちを理解するのが難しいのは当たり前なのだ。


□■□


 夕方、俺とティカは転移魔術陣に向かうために一緒に横に並びながら歩いていた。


「別についてこなくても」


「しょうがないでしょ。お父さんが”送ってあげなさい”って言うんだから」


 だから仕方がない、そう呟きながら転移魔術陣へと向かう。


「ねぇ、カノン」


「ん?」


「どうして、私が魔術を学びたいのか、話したことあるっけ?」


「あ~、聞いたことはないけど、魔術師になりたいからじゃないのか?」


 そう答えると、ティカはふふんっと笑いながら、こちらを見つめる。


「な、なんですか」


「たしかに魔術師になりたいっていうのもあってるけど、正確には賢者のような魔術師にになりたいから、でした」


「いや、一緒じゃん。結局は魔術師になりたいってことじゃん」


「違うよ。ただの魔術師と賢者のような魔術師は。だって剣士になりたいと剣聖になりたい、とじゃ全然違うでしょ?」


「その例え方うまい、採用」


「何が採用なの、カノンの理解度が足りないだけでしょ」


「うぅ…………」


 その言葉に押し黙ってしまうカノン。

 同時に、ティカのなりたい、理想の魔術師について、考えた。

 賢者、それはたしか数千年前にいた魔術師の称号だ。

 だが詳しくは知らない。


「私ね、伝説の魔術師、賢者ルドラに憧れたの。物語に出てくる賢者ルドラは巧みな魔術で人々を救い、魔王と戦い、勝利するの。 それってすごくかっこいいと思わない?」


 魔術師に対してかっこいいを求めるものなのだろうか。


「私は賢者ルドラみたいな魔術師になりたいの」


「その賢者ルドラに関しては知らないけど、たしかにかっこいいかもな、うん。名前とか、賢者とか」


「別に名前とかにかっこいいを感じているわけじゃって、え、もしかして、知らないの?」


「聞いてことはある。でも詳しくは知らないんだよね~、ほら僕って基本、魔術ばっかだから」


「なら、今度、教えてあげるっ!!」


 カノンは目を輝かせながら、顔を近づけてくる。


「いや、別に」


「遠慮しないでっ!魔術師なら気になるのも当然だし、私がじっくり、たっぷりと教えてあげる!!」


「あ、うん」


 あまりの押しの強さにうなづいてしまった。

 別に賢者ルドラのことなんて知りたくもないのに。


「そ、そういえば、もうすぐ9歳になるんだっけ?いつ誕生日なんだ?」


「10日後だよ」


「ふ~ん、10日後ね」


 思ったより、時間がないな。


「期待はしてないけど、楽しみにしてる」


「まだ何も言ってないんだが」


「誕生日プレゼント、用意してくれる話でしょ。どう考えても」


 そうだ。

 いきなり、誕生日がいつなのか、聞いた理由はティカの言う通り、誕生日プレゼントを考えていたから。

 だって俺はティカの師匠なわけだし、メンツのためにも誕生日を把握し、ティカにふさわしい誕生日プレゼントを用意する。

 師匠として当然のことだ。


「でも渡すなら前日にしてね。誕生日当日から私、試練でいないから」


「朝からなのか」


「うん、朝から指定された魔物を討伐して、その証拠を持ち帰る。それができるまで家に帰ることができないの」


 思ったよりも厳しい条件だ。

 しかも、まだ9歳の女の子に対して。

 まあ、さすがに何かあった時の対処はしていると思うがって今回の試練が危険だと思ったから手伝ってほしい、と頼んできたんだっけ。

 でもさすがに相手は孫娘だし、大丈夫だ、きっと。


「まあ、期待しててくれ」


「うん」


 そうして、無事に転移魔術陣に到着した俺はまた明日、とティカに言って家に帰るのであった。

1週間ぶりの投稿です。

誤字・脱字はご了承ください。

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